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地域に漂う「当たり前」に風穴を開けながら(旭川市 平田江津子)

旭川市 平田江津子

高校合格! 「おめでとう、カズ!」友だちとハイタッチ

一.息子・カズキの歩み

Ⅰ.運命を変えた、地域の幼稚園

 息子・カズキは、二歳六か月の時に「自閉性障害」と診断され、医師や行政のアドバイスのもと、すぐに早期療育を受け、障害児幼稚園に通わせた。

 就学先は特別支援学校と決めていたが、そんな私たち夫婦の気持ちに変化をもたらしたのは、小学校入学前に一年間併用した地域の幼稚園での経験だった。

 周りの子どもたちは自然に互いの違いを受け止め、カズキとの付き合い方を身に付けていった。カズキも、障害児幼稚園を拒否し、「地域の幼稚園に行きたい」と、初めて自分の意思を絵カードで表現した。

 私たちは、障害を持つ子も持たない子もみんないっしょにいることが“当たり前”になる社会に価値を感じ始めたちょうどその時期に、障害者権利条約から成る「インクルーシブ教育」の理念やその教育を推進している方たちとの出会いがあった。「これだ!」と思った私たち夫婦は、カズキを地域の小学校に行かせたいと思った。なんとか入学はできたものの、反対する医者や専門家たち、市教委との話し合いに時間的制約が生じ、夫婦ともに疲労困憊した。

Ⅱ.特別支援学級に在籍した小学校時代

 支援学級籍のカズキに、さらに支援員がつく体制だったために、私たち夫婦は自立や社会性、生きる力を育むために——そしてその先には共に生きる社会をつくるためという願いも込めて、カズキの学び過ごす場所について、私たち夫婦は「普通学級でみんなと共に過ごすことでこそ育まれるもの」という思いを伝え続けた。しかし学校側は「別室においての個別指導でカズキの力を伸ばしたい」という。学校が用意している環境は「今の社会が“その子”に求める将来的な価値」である。結局、両者の話し合いは6年間平行線をたどった。

 子どもの頃から障害の有無で学ぶ場を分けてしまうと、「心の壁」が厚くなっていくことも気になった。このままでは、カズキが地域社会で生きていくための素地が形成されないと実感し、中学校から思い切って「普通学級」への転籍を決めた。

 中学校入学前に、校長のもとを訪れた。校長から言われたのは「やってみましょう。何かあったらその都度話し合いましょう」という、小学校時代には誰からも言われたことがない、私がずっと求めていた言葉だった。

 カズキを安心して中学校に任せようと思った。

二.目の前で展開されていった、インクルーシブ教育

Ⅰ.衝撃的な出会い! カズキの担任・曽我部昌広先生

 中学校入学当初、カズキは初めての制服に違和感があったのか、ブレザーを脱ぎ、ネクタイを外し、Yシャツをズボンの中に入れるのを嫌がった。「さらに教室を飛び出すし、自分の気持ちも言わない。まるで昔の不良みたいだ。(笑)でも、どんな不良でもしっかり関われば分かり合えた。だからカズキも大丈夫。」——“カズキも同じ生徒”。そんなふうに教員から扱われたのは“初めて”だった。

 間もなくカズキは制服をしっかり身に付け、授業中立ち歩くこともなくなった。周りの動きを見て、次は何を用意してどこに行くのかを把握し、移動教室など一人で悠々と行動できるようになるまでにそんなに時間はかからなかった。

 女子にくっついて歩くカズキを見た曽我部先生は「今の男子は草食系だから、あの行動を見習わないと!」とクラスのみんなに真剣に話す。交通安全教室でのクラッシュ映像場面で、カズキが「キャー!」と叫んだことに対して「効果音を出してくれました。誰よりも一生懸命観ていました。」と私に報告する。「カズキはどんなに偉い人や怖い先生の前でも態度を変えたり媚びたりしない。なかなかできないことだ!」と、尊敬を込めてみんなに話す。今までは、「困った」行為とされてきたカズキの障害特性も、曽我部先生が語ると「おもしろい、楽しい、スゴイ奴」に変換されていく。

 生徒たちを信じて口を出さずに見守る。何か問題が起きた時は、どうしたらよいかをみんなで考える。そこで自然に生まれたのはクラスの「固い絆と一体感」、そして「合理的配慮」だった。カズキの表情は年々明るくなっていった。

 「教員として今まで大切にしてきたことをカズキにも同じく取り組んだだけで、特別なことは何もしていない。」という曽我部先生。私にとっては新鮮な驚きと感銘を受ける連続の日々だった。

年々表情がイキイキと変わっていったカズキ

Ⅱ.子どもたちとカズキとの間に“友情”までも!?

 修学旅行のカズキの班員たちから「班で旅行の計画を練るにあたり、カズキのことを教えて欲しいので…」と、私は彼のライングループに招待された。簡単に連絡が取れるようになってすぐに、クラスメイトが続々と我が家に遊びに来るようになった。こんな日が来るなんて…!家族で感激した日は忘れない。

 家族の前では自分本位なカズキが、きちんと友達と折り合いをつけていっしょにいる姿に何度も驚かされた。十分に言葉が交わせなくても気持ちは伝わっている。友だちも、面倒を見ているという感じではなく、いっしょに楽しめる遊びを自然と考え、友だちとして遊んでいる姿がそこにあった。

 高校に入ってバラバラになった今でも、彼らは声を掛け合い、我が家や公園に集まって遊んでいる。カズキの誕生日には、部活を終えた数名の子たちが雪の中プレゼントを抱えて我が家に来てくれた。

 今でも変わらぬ関係が続いている友だちが、同じ地域に住んでいる——親としても、とても安心であり、こんなに嬉しいことはない。

友だちが毎日受験の面接練習に付き合ってくれました

三.地域に漂う「当たり前」に風穴を開けながら

Ⅰ.「北高、マル!」 

 全国的に、定員内であっても障害特性(特に重度知的)のある子どもたちが普通高校に不合格になり続けている状況下での、カズキの普通高校定時制「合格」という結果は正直驚いた。

 いくつもの高校をいっしょに回って下さり、カズキの学校生活DVDを作成して高校に配布してくれた曽我部先生。放課後、面接官・介助者役を担い、面接練習に付き合ってくれた生徒たち。カズキの受験時の配慮について、建設的対話を重ねてくれた高校。多くの市民や仲間の皆さんが、この高校受験を「一人の人権の問題」として捉え、カズキの「当たり前の暮らし」を応援してくださったことにより導き出された「合格」であると感じ、感謝してもしきれない思いだ。

 カズキは「北高、マル!」と言いながら、毎日イキイキと登校している。支援員が配置され、カズキに合った関わり方や授業の在り方、そして評価基準等について、先生たちは日々試行錯誤してくださっている。

 カズキを気にかけ見守るクラスメイト、廊下で声をかける先輩もいると聞いており、定時制全体の雰囲気として、カズキの存在は自然になっていると聞いている。

 この「合格」が、障害の有無で線引きせず、高等学校進学への「配慮」を表現しはじめた大切なスタートであってほしい。そして、カズキの合格を決め、学校生活において合理的配慮に努力するこの高校の実践が、この国が目指す「誰一人取り残さない」「持続可能な社会」に本質的に向かっていくためのひとつのお手本となっていくのではないかと思っている。

今年5月、近所の公園で。変わらずみんな仲良し!

Ⅱ.「共に生きる」まちづくりには、“教育”がカギを握る

 5年前に「障害児も地域の普通学級へ・道北ネット」という市民団体を仲間と共に設立した。あらゆる場面で「普通学級で共に学ぶ教育を」という思いを口にしたとき、「特別支援学校・学級での支援を望む保護者もいるので…」という言葉が度々返ってくる。はたしてそれは本当に本人・保護者の本心なのだろうか。ハード・ソフト両面でウエルカムな体制ではない学校。また“障害児はその子の住む地域やその地域の普通学級にいない”という慣習や制度によってつくられている世の中の“当たり前”の感覚・空気。その中で、「親が選択して出した答え=本人・保護者のニーズ」となっている現状があるではないか。今後、ここにストレートに向き合ってきたいという思いがある。

 今年3月、私たち市民団体と、旭川市長・教育長とが面談し、社会的マイノリティを持つ子どもたちも地域の子どもたちと共に学び過ごす教育を叶えるための継続的な話し合いの場を求めた。後日、市教委から「私たちは平田さんの思いやカズキくんの普通学級での経験をもっと知らないといけない。平田さんの投げかけは、“人権”とか“生きることそのもの”という深いもの。ぜひ継続的な話し合いの場をつくりましょう」という返答が返ってきた。カズキの今までの歩みが「風穴を開けた!」と思った。

 テーマは「共に生きる」。——これは旭川のまちづくりにもつながり、「教育」がカギを握ることも確認し合った。

 どんなに障害が重くても、本人が望む環境でのびのびと自分らしく生きていけるように。我が子の当たり前の暮らしのために、親が「頑張る」必要のない世の中になるように。

 カズキとともに、地域に漂う「当たり前」に風穴を少しずつ広げられるよう、今はもう少し「頑張る」親を続けていきたいと思う。



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