
「社会モデル」は学校にどう浸透していくのか? 〜現場のリアルと立ちはだかる壁〜
2026年4月26日、「インクルーシブな学校づくり研究会」(2025年度)の実践報告会が開催されました。
この研究会は東京大学バリアフリー教育開発研究センターが主催するもので、「障害の社会モデル」の考え方を学校全体に広め、日常に潜むさまざまなバリアをなくしていく学校づくりを支援しています。
学校現場で「社会モデル」がどのように受け入れられ、またどのような壁にぶつかっているのか。報告会で共有された現場の実践をもとにレポートします。
1. はじめに:学校における「社会モデル」のいま ―― 視点を変えれば、学校が変わる
今回の報告会を通して見えてきたのは、学校現場において「社会モデル」が、いまだに新しい概念として受け止められているという実態です。
そもそも「社会モデル」とは何でしょうか。それは、子どもが直面する困難や不利益の原因を「その子の心身の特性や能力」に求めるのではなく、「多数派(マジョリティ)を前提に作られた仕組みや構造」の側にあると捉える考え方です。
例えば、医療系専門学校での実践報告では、学生たちから「障害は障害者自身の中にあるわけではない、という視点がとても刺さった」という感想が紹介されました。
また、推進校である東京都渋谷区立西原小学校の実践報告でも、教員が社会モデルの視点に触れてハッとする場面があったといいます。そうした気づきが、子どもを厳しく叱って適応させるのではなく、環境の側を変えようとする姿勢へと変わっていくきっかけとなったことが語られました。 これらの反応は裏を返せば、教育現場の多くで「困難の原因は個人にあり、努力や訓練で解決すべきだ」とする「個人モデル」の思考がいかに根強く、私たちの無意識の前提になっていたかを物語っています。
2. 浸透を阻む「見えない壁」その1 ―― なぜ「当たり前」を変えるのが難しいのか
「社会モデル」の考え方は、理屈では理解できても、実際の現場に定着させるのは容易ではないという課題が共有されました。報告会では、その浸透を阻んでいる「学校特有の文化」という大きな壁が浮き彫りになりました。
「みんな同じ」が平等、という思い込み
推進校である大阪府吹田市立千里第三小学校の実践報告では、学校には「全員で同じことをするのが当たり前であり、それが平等だ」という意識が根強いという指摘がありました。他の参加者からの報告でも、この「形式的な平等」を重んじる文化の中では、一人ひとりの困難に合わせた調整や変更が、「特定の子だけズルい」「わがままだ」「集団の規律を乱す」と否定的に捉えられがちであるという現場の葛藤が語られました。
「普通であるべき」という目に見えない圧力
同じく、千里第三小学校からは、「マジョリティ(多数派)に合わせることが正しい」という無意識の同調圧力も大きな課題として挙げられました。これが、多様なルーツや障害のある子どもたちに対する目に見えないバリアを生み出していると指摘されました。
大人の側にある「管理への不安」
吹田市の別の小学校に勤務する教員の実践報告では、社会モデルに基づき一律のルールを見直そうとすると、「一斉指導ができなくなる」「全体がまとめにくくなる」といった教員側の不安が強く現れるという実態も共有されました。これは、学校運営において「管理のしやすさ」を優先する文化が、新しい取り組みを阻む心理的な障壁となっていることを示しています。
3. 浸透を阻む「見えない壁」その2 ―― 仕組みの中に潜む障壁
文化的な思い込みの背景には、学校の仕組みそのものが抱える構造的な課題もあります。
「分離」という根深い問題
ある校長から、以前勤めていた学校で「特別支援教室の窓が、外から中が見えないように紙で塞がれていた」というエピソードが語られました。これは、「特別なニーズがある子は、特別な場所で、専門家だけが対応すればいい」というこれまでの制度運用を象徴しています。また、この校長は、こうした分断された仕組みが一般の教職員から「バリアを自分たちの問題として捉える機会」を奪ってきたことも指摘しました。「一部の担当者だけに負担を強いるのではなく、全員で向き合わなければインクルーシブ教育は形にならない」——この言葉に、仕組みそのものを問い直すべきだという危機感が込められていました。
先生たちの「多忙さ」と、対話の不足
「社会モデル」という新しい視点を学校全体で共有するには、教員同士で学び合ったり語り合ったりする時間が欠かせません。しかし、目の前の業務に追われる現場では「そんな時間はない」「授業が遅れてしまう」といった切実な声が上がりやすく、ある参加者の報告でも、対話の機会を確保すること自体の難しさが語られました。時間や人手という構造的なリソース不足が、新しい取り組みを阻む大きな壁となっているのです。
4. 壁を乗り越えるヒント ―― 推進校が挑む「当たり前」のアップデート
こうした障壁を前にしながらも、着実に「社会モデル」を学校に浸透させている推進校からは、組織全体を動かすための具体的な取り組みが報告されました。
大学と連携し、社会モデルを共通言語にする
推進校では、東京大学バリアフリー教育開発研究センターのメンバーが、全教職員を対象に、「個人モデルと社会モデルの違い」を学んだり、社会モデルを体感したりする研修を実施しています。推進校からは、「社会モデルを共通言語にできたことで、教員の戸惑いが解消され、前向きな実践へとつながった」との報告がありました。
地域や学校の特色を活かした多様なアプローチ
吹田市の推進校では、教職員の人権感覚のアップデートを担う「人権健康委員会」という既存の組織を活用し、そのメンバーが中心となって教員同士のミニ研修を企画・実施するなど、現場主導の意識改革を図っています。一方、渋谷区の推進校では、校長が「全クラスで理解教育を行う」「教員の言葉遣いを直す」といった明確なビジョンを打ち出しています。現場からのボトムアップと、管理職によるトップダウン。アプローチは異なりますが、どちらのスタイルからも組織全体を動かしていくことができるという、多様な実践の形が示されました。
5. おわりに:大人の「当たり前」をアップデートしよう
本報告会の議論から見えてきた重要な結論は、社会モデルの浸透を阻む要因が「子ども」ではなく、教員や保護者といった大人の「価値観の硬直化」にあるということです。吹田市立教育センターの担当者が指摘した「子どもはすでに多様性を受け入れる力を持っているのに、大人がむしろそれを止めてしまっていないか」という言葉が、その本質を突いています。
学校現場に社会モデルを真に浸透させるためには、制度を整えるだけでなく、教員自身が長年「当たり前」としてきた「規律」「平等」「普通」という概念をアンラーン(学びほぐし)し、感覚をアップデートし続けられるような組織風土づくりが不可欠であるという認識が、報告会全体を通じて共有されました。
おしらせ
2026年度「インクルーシブな学校づくり」研究会ガイダンスのお知らせ
2026年5月14日(木)16:00〜17:30に、本研究会のガイダンスを開催いたします(参加無料)。
ガイダンスへの参加をご希望の方は、指定のフォームよりお申し込みください。
https://forms.gle/VvVYXfLFoKgsnkQQ6
参加者募集のページもご確認ください。 こちら >>>