東京大学|大学院教育学研究科・教育学部 東京大学|大学院教育学研究科・教育学部

【プレスリリース】不確実な視覚誤差情報に基づき運動指令修正を行う神経活動正規化メカニズム

2023年12月22日
発表のポイント
  • 身体動作時に視覚誤差が生じたとき、その誤差情報がDivisive normalizationと呼ばれる計算様式によって処理され、後の運動指令の修正に活用されることを明らかにしました。
  • 視覚誤差統計量の算出が必要な従来モデルとは異なり、脳神経回路に普遍的にみられる情報処理様式を仮定するだけで、不確実性な視覚誤差情報に応じて変化する運動指令修正応答パターンを再現することができました。
  • 視覚誤差情報を操作することにより運動学習効果を自在に促進・低下させる実践的な指導方法の開発につながる可能性があります。

発表内容

 東京大学大学院教育学研究科の牧野勇登大学院生と野崎大地教授らによる研究グループは、視覚誤差情報に基づいた運動指令の修正が、脳神経回路に普遍的に観察されるDivisive normalization(神経活動正規化:注1)と呼ばれる計算様式に基づいて行われるという新しい運動学習モデルを提案し、実験結果がモデルの予測に良く合致することを明らかにしました。
 狙った場所にボールを投げられなかったなど、身体動作に伴って誤差が生じた場合、脳は次に同じ動作を行う際には誤差を減少させるように運動指令を修正します。この運動指令修正プロセス(運動学習プロセス)において、脳が受け取る視覚誤差情報には、眼球・頭部や身体のランダムな動き、神経回路由来のノイズなどの不確実性が含まれています。脳が不確実な視覚情報をどのように処理し、適切な運動学習に結びつけているのかは、身体運動制御・学習研究分野において精力的に研究されている重要なテーマの1つです。先行研究によって、視覚誤差情報の不確実性を人為的に増大させると、運動学習度合いが低下する現象が報告されています。また、この現象を説明するために、不確実な視覚誤差情報を脳が統計的に処理し視覚誤差の推定精度を高めているというアイデアも提案されています。しかし、視覚情報の統計量(例えば分散)が神経回路において どのように計算されているのかなど不明な点も多いのが現状です。
本研究では、被験者はロボットアーム(図1)のハンドルを操作し、標的に向かってカーソルを動かす腕到達運動を対象とした実験を行いました。腕到達運動中に、誤差を加えたカーソル(視覚情報)を複数個同時に提示させたとき、次の試行で生じる運動指令修正量を調べました(図2A)。このとき、ロボットアームによってハンドルの動きを擬似的な直線上の「壁」に拘束し、この壁を押す力を測定することにより運動指令修正量を定量化しました(図2B)。
 まず、2つもしくは3つのカーソルを同時に呈示した際の運動指令修正量を調べたところ、その誤差の組み合わせに複雑に依存した変化パターンを示しました(図3A)。統計量に基づいて視覚誤差を推定する従来のモデルでは、この複雑なパターンを説明することはできませんでした。しかし、複数のカーソルそれぞれによって伝達される視覚誤差情報がDivisive normalization則によって統合され運動指令修正量が定まる数理モデルを構築したところ、その複雑なパターンを忠実に再現できることが明らかになりました(図3B)。さらに、正規分布に基づいて生成された視覚誤差を5つのカーソルで与えた場合、運動指令修正量が誤差情報の平均値と分散値にどのように依存するかを我々の新しいモデルによって予測しました。運動指令修正量が誤差情報の分散の増大とともに低下するという従来よく知られた現象を予測するばかりでなく、この低下の度合いが誤差情報の平均値に依存するという予測が得られ、実験結果ともよく合致しました(図4)。




 スポーツや日常生活動作の獲得・恒常性の維持には、不確実な視覚情報に基づいて最適に運動指令を修正するメカニズムが不可欠です。本研究は、運動学習システムが不確実な感覚情報をどのように活用して運動指令を修正するかという問題に対して新たな計算モデルを提案した点で高い重要性を持ちます。この知見は、実践的身体運動のスキルを学習する際に、感覚情報の不確実性を操作して効率的な学習を促すなどの練習法の開発への応用が期待されます。

発表者・研究者等情報

東京大学大学院教育学研究科
 牧野 勇登 博士課程
 林 拓志  助教
 野崎 大地 教授

論文情報

雑誌名:Communications Biology
題 名:Divisively normalized neuronal processing of uncertain visual feedback for visuomotor learning
著者名:Yuto Makino, Takuji Hayashi, Daichi Nozaki
DOI: 10.1038/s42003-023-05578-4

研究助成

本研究は、科研費「基盤研究A(課題番号:21G04869)」、「特別研究員奨励費(課題番号:22KJ0992)」の支援により実施されました。

用語解説

(注1)Divisive normalization(神経活動正規化)
神経細胞の活動が、周囲の神経細胞集団全体の活動総和によって正規化されるという計算様式。1990年初期に視覚野の神経細胞活動の活動パターンを説明するモデルとして提案された。その後、聴覚情報処理や多感覚情報の統合などにも関与していることが示されるなど、脳神経回路における普遍的な計算様式とみなされている。

問合せ先

(研究内容については発表者にお問合せください)

東京大学大学院教育学研究科
教授 野崎 大地 (のざき だいち)
Tel:03-5841-3983 E-mail:nozaki@p.u-tokyo.ac.jp

東京大学大学院教育学研究科 広報室
Tel:03-5841-3904 E-mail:edushomu@p.u-tokyo.ac.jp

プレスリリース全文(PDF: 602KB)



ページトップへ