バリア・スタディーズ
人々は、社会生活をおくるにあたって様々な困難に遭遇する。中でも、障害者を含めて社会の中で周縁的な位置に置かれているマイノリティの人々にとって、建築物や社会制度や文化価値それ自体が、構造的なバリアを構成していることが多い。バリア研究は、こうした物理的・社会的・文化的バリアを抽出し、記述し、知識を集積することで、そうしたバリアを乗り越える方策を探るものである。本講義は、幅広い専門性を持つ教員による講義を通じて、バリアについて多角的に把握するための視点と道具を提供することを目的とする。
バリアフリー総論
歩道にひいてある黄色い点字ブロックのデコボコが不便だと感じたことはありませんか?満員の通勤電車に電動車いす利用者が乗って来たら少し迷惑だと感じますか?
近年、わたしたちの周りでは、「バリアフリー化」と呼ばれる環境整備が様々な場面で進められており、多くの場合、それは障害者にとって「やさしい」ことだと肯定的に受け止められています。ところが、ある障害者にとって「やさしい」環境を整備しようとしたところ、それが別の障害者や障害をもたない人たちにとって「やさしくない」環境を生み出してしまう、という事態も起きています。このように考えると、バリアフリーとは、一方で問題を解決しつつも、他方で別の問題を新たに生み出してしまうという二重性を内在した営みだと言うことができます。
本講義では、バリアフリー化によって生み出される新たな問題と、その問題をめぐって人びとの間に引き起こされる衝突・対立を「バリアフリー・コンフリクト」というキーワードで捉えます。本講義を通じて、多様化、複雑化が進む現代社会において生じている様々なコンフリクトと向き合い、解決していくための技法について一緒に考えていきましょう。
ダイバーシティと社会
近年「ダイバーシティ(多様性)」という言葉が、社会や組織の目指すべき目標と関連づけられて語られるようになっています。そこでは性別や年齢、性的指向や性自認、障害等にもとづく差異が、社会全体の「活力」や企業の「生産性」向上に直結するものであるかのように捉えられがちです。しかし、私たちの間にある差異は平板なものとしてではなく、権力関係を含んだものとして存在しています。それゆえ、さまざまな摩擦や衝突を生み出すものでもあります。
この授業の目的は、私たちの間の差異の編成のされ方やそこに働く権力関係に目を向けることで、ダイバーシティを社会的公正の観点から捉え直すことにあります。その際、フェミニズム研究やクィア研究、ディスアビリティ研究等の知見を参照することで、ダイバーシティについて学際的かつ多領域的に学んでいきます。
フェミニズム理論
フェミニズム理論は、1960年代後半に登場した第二波フェミニズム(女性解放運動)の運動と思想をもとに発展してきた知識の枠組です。当初は、女性学(Women’s Studies)と呼ばれる学問領域の中で、主に男女間の不平等や格差の検証に焦点をあて、伝統的な学問分野の男性中心性が明らかにし、説明するための道具立てとして用いられてきました。その後1980年代になると、男性や男性性の経験に焦点をあてた研究も行われるようになり、男性学(Men’s Studies)という専門領域の登場にも寄与します。
ところが、女性学とそれに続く男性学がアカデミックな探求の専門領域として確立された1980年代後半、ポストモダニズムやポスト構造主義などの理論が進行した結果、「女性」や「男性」を別々の一元的なカテゴリーとして捉える考え方に疑問が突きつけられることになります。これにより、「女性学」や「男性学」という用語は論争の的となり、それらの存在理由が大きく揺さぶられることになりました。「女性学」や「男性学」に代わるものとして、「ジェンダー論」という名称が好まれるようになった理由の一端はここにあります。
こうした経緯を経て、現在フェミニズム理論は、男女間だけではなく女性間・男性間に存在するさまざまな不平等や格差を捉える認識枠組みとして展開されています。本授業では、フェミニズム理論が登場・発展した歴史的背景に加え、現代社会において生じているさまざまな不平等や格差を批判的に捉える際に有用な概念や議論を紹介します。