修士論文のテーマ

修士論文・卒業論文の形式などは、他のコースととくに異なるところはない。論文の内容は、特定の思想家をとりあげたもの、教育史研究の結果をまとめたもの、現在の教育問題ととりくんだものなどがある。

修士論文は200枚程度、卒業論文は50 ~ 100枚(400字詰原稿用紙換算)程度が、標準となっている。

近年の論文題目一覧

2025(令和7)年度

  • マイケル・スロートにおけるケアの倫理と教育
  • 青少年向け居場所施設における「場所」の経験
    ―文京区青少年プラザb-labの現象学的分析―
  • 埼玉県川口市立青木中学校における保健・健康
    ―1950-60年代の教育実践に焦点をあてて―
  • 学生弁論の意義
    ―シティズンシップ教育とケアの視点から―
  • 情報化社会に関する情動(affect)論的な検討
    ―新しい情報リテラシーの構築に向けた試論―
  • 「支援」を逸脱する援助実践の現象学的考察
    ―路上生活者との関わりに根ざして―
  • ジル・ドゥルーズ『差異と反復』における思考の発生
    ―「道徳性の学習」から「思考の愚かさ」へ―
  • 1960年代から1980年代における母親たちの障害児教育をめぐる思い
    ―日本母親大会における議論に着目して―
  • アーティストの創作動機を反映した東日本大震災の記憶継承
    ―瀬尾夏美《二重のまち》を対象に―
  • ある場面緘黙者との関わりに関する現象学的考察
    ―M. メルロ=ポンティの思索を導きとして―
  • 救済と複数性の平和教育の方へ
    ─ジュディス・バトラーの『分かれ道』を手がかりに─

2024(令和6)年度

  • 「居心地の悪さの教育学」序説
    —批判的教育学とフェミニズム教育学の間で—
  • アルトゥーロ・エスコバルの「自治=自立的デザイン」の教育論
    —「他者と共に思考する」ことの可能性—
  • ジャック・ランシエールにおける〈教えること〉の再考
    —詩的教育における政治的主体化の可能性—
  • 障害者の自立生活における「闘い」の検討
    —「かたつむりの会」の実践に着目して—
  • 「交流」を通した共生保育の展開
    —1970・80年代における障害児通園施設「ひまわり教室」に焦点を当てて―
  • ジュディス・バトラーにおける〈政治〉と〈倫理〉
    ―〈あやうさ Precariousness〉概念に着目して―
  • テオドール・アドルノの教師教育論
    ―「介入」概念に着目して―
  • 有用性に従属しない教育の可能性
    ―バタイユの贈与論を手がかりに―

2023(令和5)年度

  • M. フーコーにおける主体形成の問題
  • ジョルジョ・アガンベンにおけるメシア的時間とリズム的時間
    ―何者かであり何者でもない者の教育を考えるために―
  • 江戸後期から明治初期の中南信地域における学資金の調達
  • 戦争トラウマの「世代間伝達」
    ―ポストメモリーの観点からみた平和教育の課題―
  • ダンカン・キャメロンのミュージアム理論再考
    ―「神殿」と「フォーラム」の関係を中心に―
  • 価値多元的社会における徳の教育の基礎理論の再構築
    ―アリストテレスの徳倫理学からバーナード・ウィリアムズの倫理思想へ―
  • 1950年代後半から60年代前半の中学校における池上正道の進路指導実践

2022(令和4)年度

  • 言葉による自己表現
    ―外国人児童生徒の自己形成の問題に注目して―
  • ヘヴィメタル的な主体化の地平
    ―カルチュラル・スタディーズと批判的教育学のあとに来るもの―
  • 1950年代の大田堯の地域教育計画と教育調査
    ―大田の地域観に着目して―
  • G.ドゥルーズにおける他者をめぐる思想
    ―「変身」を導く存在をてがかりに―
  • ジョルジョ・アガンベンにおける思考の潜勢力、あるいは潜勢力の思考
  • 「晩年性」の人間形成
    ―進歩的時間から遅延する思想をめぐって―
  • 教師によるケアとはなにか
    ―ヴァン=マーネンの教育的タクト概念を手掛かりに―
  • 中学校国語科教科書における戦争平和関連作品の位置付けの変遷
    ―単元編成と学習の手引きに着目して―

2021(令和3)年度

  • ランニングへの好意的態度形成過程に関するライフストーリー研究
    ―W氏のランニング活動を通じた自己変容の分析―
  • ミシェル・アンリの生の思想を通した「主体」概念の再検討
  • 探求の共同体における教師の役割
    ―子どものための哲学(P4/wC)に関する近年の議論に着目して―
  • 平和教育における歴史認識の複数性に向けて
    ―ハイデガーとベンヤミンの思想に着目して―
  • 高坂正顕における民族哲学の両義性
    ―世界史的立場から世界公民へ―
  • 明治・大正期の中学校における「校外監督」と「校外取締」を巡る教育史
  • 日中国交正常化後の中華学校における民族教育の特徴
    ―神戸中華同文学校を事例として―

2020(令和2)年度

  • 田中耕太郎の「教育権の独立」理論の発展
    ―「司法権の独立」理論との関係に注目して―
  • 東井義雄の学力観の展開
    ―校長期の実践に焦点をあてて―
  • ジョルジョ・アガンベンにおけるインファンティアの哲学
  • シラーの美的教育における仮象
    ―美と啓蒙のジレンマを超えて―
  • 生徒会活動の成立過程に関する歴史的研究
    ―20世紀前半アメリカと占領期日本を対象として―
  • 『ガルガンチュワとパンタグリュエル』における対話
    ―「グロテスク・リアリズム」に基づいたラブレーの教育思想―
  • 大阪市西成区における子どもの貧困対策の形成と展開
    ―自立型支援から依存型支援への転換―
  • J.デューイの「依存」概念の探求
    ―いかにして弱さは力になるのか―
  • 戦後海外子女教育の前史
    ―バンコク日本人学校を手がかりに―
  • ジュディス・バトラーにおけるレヴィナスの「顔」
  • 精神分析のコンフィギュレーション
    ―エリク.H.エリクソンの初期思想研究―
  • 1950年代における教育研究サークルの展開
    ―山形県児童文化研究会に焦点を当てて―
  • 議論教育における二項対立批判再考
  • 後期近代における多文化共生教育の諸問題
    ―ジグムント・バウマンの社会理論に着目して―
  • 忘れられたデューイ
    ―中国におけるデューイ思想の受容―

2019(令和元)年度

  • VUCAの時代における「想定外の未来をつくる」学び
    ―PBLによる発達論から生成論への転換―
  • 1960年代後半の学生運動と漫画
  • 政治教育において目指される市民像の再検討
    ―ガート・ビースタ,ジャック・ランシエールの思想に着目して―
  • 集団づくりの成立過程
    ―生活指導の転換―
  • ウィル・キムリッカの「自律」と「平等」概念
    ―文化的少数派への教育政策についての示唆―
  • 再認する生命の時間的様相と歴史の問題
    ―ベルクソンにおける生命・機械・習慣―
  • 生活と生命
    ―及川平治における測定の問題―
  • 西多摩小学校における地域教育計画の開発
  • ゲーム化する社会における倫理
  • 子どもの貧困対策における学習支援の再検討

2018(平成30)年度

  • 科学教育研究運動としての仮説実験授業
  • 「情念」による政治教育の組み替えに向けて
    ―シャンタル・ムフの闘技民主主義論の視点から―
  • 教育における決定論に基づく自己責任論批判
    ―ホンデリックの「態度」からケアの「態度」の方へ―
  • 重度知的障害児施設「止揚学園」における子どもたちの普通学校就学・通学運動
    ―施設職員による語りを中心にして―
  • アダム・スミスの道徳哲学における想像力と道徳の一般的規則
  • ハンナ・アレントにおける「始まり」概念の教育学的考察
    ―全体主義批判を起点として―
  • 中国農村部における「教育」の位置価
    ―農村部と都市部の格差を背景に―

2017(平成29)年度

  • マーサ・ヌスバウムの「人間性の涵養」の教育論
  • 1970〜1990年代における養護教諭の「専門性」に関する検討
  • 言語活動としての言論と沈黙
    ―アーレントとハイデガーにおけるロゴス概念の比較研究―
  • 「働くこと」の問い直しにおけるハンナ・アレントの意義
    ―人工知能とベーシックインカムが投げかける諸問題を手がかりとして―
  • 大正期における青年期自己形成の歴史的研究
    ―天野藤男の「青年団・処女会論」を手がかりに―
  • 教育における「包摂」概念の捉え直し
    ―エルネスト・ラクラウの〈普遍性〉概念に着目して―
  • 17世紀イギリス革命期における学校改革論
    ―ジョン・デュリーの教育思想を手がかりに―
  • 村田栄一による教育批判の展開
    ―1970年の教育実践論の提起に焦点を当てて―

2016(平成28)年度

  • 最晩期ウィトゲンシュタインの教育学的考察
    ―『確実性の問題』における世界像に着目して―
  • 保育における関わりの質
    ―ノディングスの「儚さ・弱さ」に着目して―
  • 羽仁もと子の教育における「自由」の問題
    ―「自由」と「宗教心」の関係に着目して―
  • チャールズ・テイラーの世俗論再考
    ―共同体観の諸相に着目して―
  • ジョン・ロールズにおける反省的均衡の構造
    ―シティズンシップ教育における自律対寛容論争を超えて―
  • 教育権独立論の法理論的考察
    ―田中耕太郎とカール・シュミットの理論を手がかりに―
  • ナチ・ドイツにおける教養市民と教養理念
    ―教養市民としての図書館専門職の教養理念解読の試み―

2015(平成27)年度

  • なぜ成長しつつあらねばならないのか
    ―J・デューイにおける自然・変化・出来事―
  • 学習とコンテクスト
    ―ベイトソンの学習理論を手がかりに―
  • 若狭蔵之助における「生活」と「教育」
  • ヴィルヘルム・フォン・フンボルトの教育論と比較人類学
  • ジョン・デューイにおける美的経験としての教育
    ―可謬主義の政治哲学―
  • 「教員の地位に関する勧告」の受容過程
  • エーリッヒ・フロムの自己実現論
    ―「技」の概念に注目して―

2014(平成26)年度

  • 受験マニュアルの誕生
    ―雑誌『螢雪時代』から見る受験勉強の変化―
  • 19世紀半ばから20世紀初頭アメリカにおける乳幼児栄養と子ども期に関する社会史研究
  • H・アレントにおける「見捨てられている」ということの意味
    ―『全体主義の起源』に着目して―
  • 「能力主義」批判の教育実践史研究
    ―遠藤豊の「点数のない教育」に着目して―
  • ジョン・デューイの教育思想における信仰論の研究
    ―「宗教的であること」概念に着目して―
  • アイデンティティの「複数性」から「自由な選択」へ
    ―アマルティア・センのケイパビリティ・アプローチを手がかりに―
  • 倉橋惣三の保育思想に関する研究
    ―「情緒主義」をめぐって―
  • 教育の公共性の問題と市場
    ―ハイエク社会理論に着目して―
  • 問題解決学習に関する一考察
    ―デューイの「反省的思考」概念を手がかりに―

2013(平成25)年度

  • 教育評価の思想を問うために
    ―ウィギンズの真正の評価論に着目して―
  • ジル・ドゥルーズの哲学における学び概念の教育思想史的研究
  • ノディングズの「ケアリング」
    ―「倫理的なケアリング」概念を中心に―
  • 『監獄の誕生』における法と規律
    ―三つの権力モデルの検討を通して―
  • C・ライト・ミルズの教養教育論
    ―大衆社会論からシティズンシップ教育へ―
  • イヴァン・イリイチの教育思想再考
    ―教育否定の隘路を越えて―
  • 教育的関係における非対称性の検討
    ―M・ブーバーの教育論における「包容」概念の検討を通じて―
  • 『レ・ミゼラブル』を教育学的視点から読み直す
    ―「純粋贈与」と「関係性」を手掛かりに―
  • ハイデガーにおける「なぜ」の問い
    ―存在の見捨てと思考について―

2012(平成24)年度

  • 対面的相互行為における苦悩の問題
    ―ゴフマン社会学の道徳論的再構成に向けて―
  • カント『教育学』の再構成
    ―「批判」、「自由」、「人間学」を巡って―
  • 教育関係における不信の問題
    ―ルーマン信頼論を手がかりに―
  • 戦後の夜間中学に関する歴史的研究
    ―1960年代までの都市貧困層における不就学・長欠問題との関係に着目して―
  • 留岡幸助の感化思想と家庭学校の教育実践
  • 教育関係において「承認する」とはいかなることか
    ―A・ホネットの承認論からの考察―
  • L.シュトラウスとA.ブルームにおける「自然」と「哲学」
    ―リベラル・エデュケイション論のアポリアを見据えて―
  • 子どもを「世界」に導くとはいかなることか
    ―H.アレント教育論における「権威」と「過去への態度」に着目して―
  • E.レヴィナス『全体性と無限』における言語論
    ―「教え」と「弁明」をめぐって―
  • 分析哲学者と大学
    ―ジョン・サールによる文化左翼批判―
  • 教育の能率化における経験の変容
    ―1950~60年代前半の茨城県水海道市立水海道小学校の教育実践を中心に―
  • 『存在と時間』におけるロゴスの制作的側面
    ―「道具的存在性」と「語り」の分析を通して―
  • 子どもの言語経験に関する一考察
    ―メルロ・ポンティの言語論を手がかりに―

2011(平成23)年度

  • 後期ニーチェの教育者像
    ―〈真理への意志〉の批判をめぐって―
  • 近代パラグラフ理論の研究
  • ミシェル・フーコーの前期主体論
    ―言語の存在をめぐって―
  • 三木清の「個性」概念
    ―価値と形成の観点から―
  • 旧制中学校の音楽教育をめぐる葛藤と相克
    ―音楽部活動と音楽必修化に着目して―
  • 「承認をめぐる闘争」の諸相
    ―アクセル・ホネット社会理論の再検討を通して―
  • カントの道徳教育論
    ―「実例」から「信仰」へ―
  • M.ポランニーにおける「科学の自由」の概念に関する思想史的研究
    ―制度化された科学をめぐるJ.D.バナールとの論争を中心として―
  • H.アレントにおける思考・判断論の展開
    ―「公共的なもの」との連関から―

2010(平成22)年度

  • マックス・シェーラーにおける幸福の「恩寵的性格」について
    ―陶冶論の観点から―
  • 近代日本における「児童救済・保護」の教育社会史的考察
    ―石井十次と冨田象吉の大阪事業に着目して―
  • 特別な教育ニーズとステートメント制度の展開
    ―ケイパビリティ・アプローチをめぐって―
  • ローナ・ウィングの「自閉症スペクトラム」の射程
  • 戦後初期における梅根悟の生活教育論
    ―「生活者」として応じ答えてゆく教師へ―
  • 学校文化における「選手」の位置づけ
    ―長野県下の旧制中学校校友会運動部に着目して―
  • デューイ教育学の「環境」論的再構成にむけて
    ―知識観との関連を中心に―
  • 明治期の教育論における「訓練」観
    ―その理念と実践―
  • 文化・識字能力・イデオロギー
    ―ゲルナー理論のレンズを通した日本のナショナリズム形成―
  • V.ローウェンフェルドの美術教育論再考
    ―教育者と芸術家の狭間で―
  • J.バトラーにおける身体性と応答性

2009(平成21)年度

  • O.F.ボルノウ「教育的雰囲気」論における〈実践〉の問題
    ―治療教育(Heilpädagogik)の場面を手がかりに―
  • 「声」を傾聴するケアの倫理
    ―C.ギリガンの『もうひとつの声』を中心に―
  • 「値する」とはいかなることか
    ―ロールズのメリトクラシー批判から―
  • バタイユ時間思想の人間形成論的示唆
    ―「瞬間」概念を中心として―
  • エリクソンにおける人間形成と政治
    ―「擬似種化」「儀式化」「遊戯性」概念の再検討―
  • 対話における他者の根源性
    ―ヴァルデンフェルスによる異他経験の現象学―
  • B.バースティンの「補償教育」批判論の思想史的意義
    ―『教育黒書』を中心とする論争をめぐって―
  • ハインリヒ・ヴォルガストの読書教育論
    ―ドイツの世紀転換期における〈読書経験〉の模索―