読み聞かせの影響



想像力や言語能力が高まり、感情豊かになるなどその効果が期待されている読み聞かせ。


でも本当に効果があるのでしょうか?
読み聞かせには、子どもにとってどんな意味があるのでしょうか?

このページでは、親子間での読み聞かせに特に注目し、読み聞かせが子どもや親に与える影響について、発達・教育心理学的な側面から見ていきたいと思います。


「クシュラの奇跡」を知っていますか?


 クシュラは、複雑な障害をもって生まれたニュージーランドの女の子で、複数の医師から精神的にも身体的にも遅れていると言われていました。

 染色体異常で脾臓・腎臓・口腔に障害があり、筋肉麻痺であったため2時間以上寝られず、3歳になるまで物も握れず、自分の指先より遠いものはよく見えませんでした。


 しかし、生後4ヶ月から両親が一日
14冊の本を読み聞かせることを実行したところ、5歳になる頃には彼女の知性は平均よりはるかに高く、本が読めるようになっていました。


 『クシュラの奇跡』(ドロシー・バトラー、1984)という本には、このように、クシュラという一人の障害を抱えた女の子が、周囲の大人の愛情と読み聞かせによって成長していく姿が記録されています。

 クシュラが重度の障害にも関わらず水準以上の発達を遂げることのできたのは、愛情と援助が一貫して与えられた環境で、“言葉と絵の宝庫”である絵本に触れたことによるものという推測があります(内田、
1996)。





人間の声は、最も強力な道具          

 様々な心理学的研究が、読み聞かせが子どもの創造力を育くみ、言語能力を高め、人間関係を豊かにすることを報告しています。
 アメリカでベストセラーとなった『読み聞かせハンドブック』(The Read-Aloud Handbook)を著したトレリースは、読み聞かせは子どもの興味、情緒的発達、想像力、言語能力を刺激するとし、人間の声は、親が子どもの精神状態を落ち着かせるための最も強力な道具であるとしています。
 また、読み聞かせは聞き手である子どもにとってだけでなく、読み手である大人にも様々な影響をもたらします。
 絵本の読み聞かせは、大人と子どもの親密な人間関係を基盤として、大人が文章を朗読し、子どもが絵を見ながら大人の音読を聞く、という独特のコミュニケーションスタイルを持っています。
 親と子が共に居て、そのひと時の時間と空間の中に、絵本という歓びの世界があり、読み手と聞き手とがその歓びをわかちあい、共有することに絵本の第一の意味がある、と言っている人もいます(松居、2002
 読み聞かせは聞き手である子どもだけでなく、読み手である大人にも影響を与える、相互作用を持ったコミュニケーションと言えるでしょう。

 コミュニケーションである以上、うまくいくときもあれば、うまくいかないときもあります。それでは、絵本の読み聞かせというコミュニケーションは、どんな要素から成り立っているのでしょうか?

読み聞かせの7変数

      (今井・中村、1993;中村、1991を参考に独自に作成)

 読み聞かせには以下の7つの変数があるとされています(今井・中村、1993;中村、1991
@絵本による変数
物語のテーマ、内容、文章表現、挿絵、絵本の形や大きさなど
A読み手に関する変数
読み聞かせの技術としての発声、表現力、本の提示の仕方、絵本についての読み手自身の内容把握の程度、子どもの発達や興味への理解など
B聞き手に関する変数
年齢、性、知識、理解力、読み聞かせ場面における興味や集中度など

C絵本と読み手の両方に関わる変数

読み手が予め物語の主題について情報を提示したかどうか、またそのことが聞き手の物語理解にどのように影響したか、など
D読み手と聞き手の両方に関わる変数
読み聞かせの途中に質問する質問など
E絵本と聞き手の両方に関わる変数
異なる種類の絵本を読み聞かせ、子どもの年齢によって理解度がどのように異なるかをみるときに問題となる
F絵本・読み手・聞き手の三者に関わる変数
絵本の提示方法、読み聞かせ方、聞き手の年齢などの相互関係

⇒読み聞かせという場、時間はこの7つの変数が相互に影響し合いながら進んでいくものと考えられています。


 では、読み聞かせのときに、親子の脳の中ではいったい何が起こっているのでしょうか?

読み聞かせの効果の科学的実証      

 2008年5月6日のインターネット上の産経ニュースの記事によれば、読み聞かせ中の脳の働きを調べる実験が日本大学大学院総合科学研究科の泰羅雅登教授を中心とする研究チームによって行われ、この実験によって、初めて読み聞かせの効果が科学的に実証されました。

 この実験の結果、読み聞かせ中に読み手である母親の脳では前頭前野が活発に働き、聞き手である子どもの脳では大脳辺縁系が活発に働いていることがわかりました。

 前頭前野は、思考や創造力、コミュニケーション、感情のコントロールといった機能を司り、大脳辺縁系は喜怒哀楽を生み出し、その感情に基づいて基本的な行動を決めている部分です。

 泰羅教授は大脳辺縁系を「心の脳」と呼び、「健やかに育っていくためには大脳辺縁系がよい働きかけを受け、情動が豊かになることが大切」と述べ、「子どもは読み聞かせを通じて、豊かな感情、情動がわき上がっているのだろう。脳は使うことで発達する。読み聞かせは、結果として子どもの豊かな感情を養い、『心の脳』が育つために役立っているのだろう」と分析しています。

 一方、母親は一人で音読をしているときよりも子どもを相手に読んでいるときの方が前頭前野の活動がより活発で、特にコミュニケーションをとっているときによく活動する部分が働いていることが分かりました。泰羅教授は、「子どもも大人も、ともに楽しめることが読み聞かせの良さ。親が子どもの表情を見ながら、そして気持ちを考えながら話す言葉には、大きな力があるのだと思う。読み聞かせは親子の絆をつくる良い機会となるでしょう」とアドバイスしています。


 読み聞かせを考えていく上では、子どもの発達という視点が欠かせません。子どもの発達によって、読み聞かせというコミュニケーション自体が発達していくからです。
 では、その発達的変化はどのようなものなのか、見ていきましょう。

読み聞かせの発達      

  ☆ 1〜2歳の時期の読み聞かせ     

 赤ちゃん向けの絵本は、子どもの日常生活や、子どもにとって興味のあるあそびや出来事を描いたものが多いです。話の筋自体も単純で繰り返しの構造を持つものが多く、子どもにとって馴染みやすいのが特徴です。

 この時期には、「注意を喚起する呼びかけ⇒質問⇒命名⇒応答」という単純な繰り返しの対話パターン(フォーマットとも呼ばれます)により、会話が成立します。

 母親が事物を指差しながら「ほら。これは何?」と子どもに尋ね、「そう、ウサギさんね。」などと事物の名称に焦点を当てた模倣と理解を繰り返すフォーマットは、子どもが事物の名前を学習するのに有効に働くといえます。

 特に二歳頃は、語彙爆発とよばれる急激な語彙獲得の時期にあたり、読み聞かせが話し言葉を豊かにする一つの促進要因となります。

 この対話は最初は親主導で行われますが、次第に親子両方で交代しながら対話ができるようになったり、子どもから「これ、なに?」などと質問できたりするようになります。

 このように、一見すると単純に見えるこの会話の中にも、親の援助を受けて次第に子どもが読み聞かせ固有の会話パターンを覚え、能動的に参加するようになっていくという発達的変化があります。

 また読み聞かせ初期の会話に特徴的なのは、絵本の内容だけでなく、会話を通して本の扱い方や性質など、本に関する決まり事、本文化への参加のルールを親が教え、子どもが学んでいくということです。

 ページをめくるという本を読むための当たり前の行為も実は、子どもは身体技法の一つとして無意識的に身につけていくわけです。

☆ 幼児期前半(2〜3歳)の読み聞かせ

 幼児期前半には、身体を使って絵本に関わる行動が多くなります。

 言葉だけでなく、身体を通して、発声や視線、表情、身振り、指差し、姿勢などさまざまな表現の仕方で関わり、子どもは身体まるごと絵本の世界に関わろうとしていきます。

 本という道具を媒介にして、物語の世界と向き合い、自分が登場人物とつながっているように感じます。登場人物と同じ動作や口調を真似たり、身体を動かしたりして読み聞かせに参加します。


 静かに黙って聞く時期ではないので、戸惑う親もいるかもしれません。

 けれど、子どもの様子をよく見てみると、読み聞かせられる場所が物語の舞台となり、自分も演じ手となり、本の世界に没入している様子が見てとれるでしょう。

 子どもは、登場人物と一体になって絵本の世界を楽しんでいます。
 またこうした行動は、ごっこあそびへの発展や劇化への発展の芽にもつながります。


☆ 幼児期後半の読み聞かせ       

 次第に、身体全体で表現するのではなく、視覚と聴覚で本と関わるようになります。読み聞かせる親の声を静かに黙って聞くことができるようになります。
 また、絵本の世界で何が起きているかを言葉で語る方向に変化し、さらに発達するとその言葉も語らず、聞き入るようになります。そして、心の中で感じたり考えたりするという行動へと変わっていきます。

 つまり、今まで親と子と本の三者関係の対話だったものが、親は本の文字を音声化し、むしろ著者の声の部分を担う役割となり、子どもと本との間の二者の対話、心の中での対話へと変わっていきます。 

 本と子どもの橋渡しとしての親の役目が減っていき、子どもが一人で本の世界へと関わっていける読み手になっていくとも言えるでしょう。

 また、絵と言葉への注目のひろがりも見られます。

 絵の中心に書かれた物に注目するだけでなく、だんだん細部まで注意を向けられるようになったり、一つの場面の絵に注目するだけではなく、流れとしてページを追って登場人物の表情変化などに気づくようになったりします。

                  
 子どもが一人で本を読めるようになると、読み聞かせをしなくなる親子も出てくるでしょう。

 しかし幼い頃親にしてもらった読み聞かせは、親と共有した場と時間とふれあいがあたたかく楽しいものであればあるほど、幼き日の思い出として大人になっても覚えているものです。

 以上見てきたような読み聞かせの発達は、もちろん個人差や家庭によっても差が出てきます。しかし、いずれにせよ、子どもの発達を見通しながら読み聞かせを行っていくことは重要といえるでしょう。


 ところで、読み聞かせをしていると、もう読んだはずの同じ本を子どもが何度も何度もせがんでくることがあります。これにはどういう意味があるのでしょうか?

繰り返し読み聞かせることの意味
   

 一度読んだ本に関しては、二度目以降の読み聞かせでは子どもの反応が多くなること、自分の驚きや思ったこと、発見した点などを、自ら声に出して語り合うことが増えることがわかっています。

 これは、子どもに自分で考える認知的な余裕ができたということを示しています。

 長期にわたり繰り返し読んだ絵本に対して、子どもが同じ対話パターンを繰り返すことを楽しむことがあります。

 その意味は、子どもなりにこだわりをもった場面について安定した対話パターンを楽しむことにあるといわれています。

 繰り返し読むことは、大人からみると一見無駄や冗長に思われるかもしれません。しかし、子どもの求めに応じて繰り返すことそれ自体が、安定感を生み出し、対話することの楽しさや、絵本のおもしろさを確認し味わうといった読み聞かせの楽しさの一因を作り出していると考えられます。

 また、日常の親子関係のあり方が、読み聞かせのスタイルにも自然に表れます。

 子どもの興味・関心、親との会話のあり方は、子どもと親それぞれの特性と絵本に対する考え方、家庭でその親子がそれまでに培ってきた関係性や選ぶ本、読み聞かせの時の場所や時間、雰囲気という状況や文脈によって違ってきます。


 以上、親子の間での読み聞かせを中心に、発達・教育心理学意義を考えるというややミクロな視点から述べてきました。

 読み聞かせを通じて本文化に参加できるようになることは、読書を楽しむことができるようになるという、社会文化的な意味でもとても重要なことといえるでしょう。 






 次に、再びマクロな視点に戻り、現在活発化している読み聞かせを通じた様々な読書コミュニティづくりについて述べていきたいと思います。