3.日本の学校建築



従来の学校



〜「南側教室北側廊下」の定型から始まる「画一化」

今日の学校施設の定型「南側教室北側廊下」は明治中期に端を発しているといえる。それ以後、この建築様式の改革を試みる機会というものは幾度も訪れたが、この「南側教室北側廊下」建築の主流はほぼ影響を受けることなく今日までその伝統は続いてきた。

そして、このおよそ100年という学校建築の歴史の中で、その一貫した特徴としていえるのは
「画一化」であろう。



〜歴史的要因〜 


しかし、これには
大きな歴史的要因が密接に絡んでいる。これまでの学校建築の歴史の中で、学校の整備を必須の課題としていた時期というのは、(以下の記載を見ても一目瞭然だが)決まって経済・社会の情勢が不安定かつ困窮している時であった。

明治5年:学制発布=明治政府の経済基盤が定まっていない内憂外患の時代
明治40年:義務教育の延長実施=日露戦争直後
大正7年:高等教育機関の創設・拡張の大計画=第一次世界大戦講和の直後
昭和22年:学制改革=終戦直後

こうした教育をしようにも
教室自体が不足しているという状況下で、かつ社会・経済の悪条件の中で、膨大な量の学校施設を、限られた時間内で整備しなければならないという時代の要請を受け続けた学校建築は、その「画一化」を必然の流れとして受け入れざるをえなかったのである。



〜戦後の学校建築(画一化の進行)とその原因〜
 

戦後は前述にもあるように量的整備が進む中で、「鉄筋コンクリート」の校舎が次々と作られ、画一化の更なる進行を促進した。これは主に2つの原因があると考えられる。

T)時代の要請への早急な対応
   
義務教育の延長、ベビーブームに伴う子供・生徒の増加、校舎所有面積の増大、校舎の不燃堅固化の促進といった時代の流れの中で生まれた要請に早急に対応する必要があった。こうした状況下で、
各学校の建設の質について見当する時間的・経済的余裕がなかったのである。


U)学校建設に対する関心の低さと固定観念
   
教師や学校関係者の学校施設に対する関心が低かった上に、彼らの学校建築に対する意見が十分に反映されなかったという現実がある。さらに大きな原因として当時の学校教育・学校運営が画一化された学校建築を前提として進められていた事があげられる。教師や学校関係者さらには学校建築を進める政府が画一化された伝統的学校建築というイメージ・固定観念を脱却できなかった(というよりは自然なものとして受け入れていた)のである。



〜従来型の学校建築のよさ〜
 

従来の「南側教室北側廊下の鉄筋コンクリート校舎」は非常に活動的な子供達の生活する学校という空間に一定の秩序と全体性をもたせるという点では非常に大きな意味を持っていた。均質的なクラスをベースとし一斉的な授業を行い、全体的なまとまりを形成することは、一見各子供の個性に対する抑圧のように思えるが、一人の人間として社会性を身につけさせるという点では非常に効果的である。さらに子供・生徒を災害・火災等から守るという点に関しても十分な成果を上げてきた。



〜従来型の学校建築の弊害〜


初期に建設された学校の老朽化が進んでいることA少子化に伴う生徒の減少で空教室ができている事B従来の校舎が多様化する教育方法に対応しきれない事C画一化された閉鎖的な空間が子供の成長過程における豊かなで健やかな人間性の形成を妨げるおそれがある事などである。











これからの学校



〜これからの学校が持つ課題〜
 

こうした従来の学校の歴史をふまえた上で、今後どういった学校づくりを進めていけばよいのでしょうか。この課題に関して大きく3つの指針が上げられます。



T)教育の多様化に対応する事のできる学校施設


   
これからの学校教育は、従来の一斉指導型教育に加えて、さらに生徒一人一人の個性が十分に伸ばされ、かつ、個人差が補完されるよう学習指導・学習形態・教授組織の
多様化が求められる。これに柔軟に対応できる学校施設が必須課題となる。
 
さらに、情報化の急速な進展による高度情報社会の現在にあって、学校施設におけるコンピューター環境の整備・管理は生徒の教育に大きく影響を及ぼしてくる。こうした、
コンピューター環境の充実も不可欠な条件であろう。


〜多様な教育形態に対応する多目的スペース・オープンスペース〜
 

 前述にもあるように、各生徒の個別化・個性化を目指す以上、教育形態の多様化は必須の課題と言える。そうすると次に、この多様な教育形態に柔軟に対応する学校施設が必要となってくるが、従来の学校施設ではこの新しい教育形態を十分に実現させことは困難である。今後益々多様化していくと思われる教育形態に柔軟に対応するには、「連続性を持つ空間」「広がりのある空間」が不可欠である。そこで考案されるのが、多目的スペースオープンスペースである。


・空間の連続性と広がり 


空間の連続性と広がりは生徒の行動様式・活動範囲に大きく影響してくる。別の学習スペースでの活動の様子や雰囲気が常に居ながらにして伝わってくるような状況が存在していたり、図書、ドリル、VTRソフトその他各種教材といった学習メディアやパソコンが手に届くような非常に近い距離で開放的な状態で提示されていたら、学習者の
自発的活動への刺激を与え、学習意欲を活性化させるという点で非常に効果的であろう。さらにその意欲に基づく活動が外へ外へと向けられた時、そこに障害があってはならない。その活動の広がりを自然に思考の赴くままに展開していくためには、空間の連続性が絶対条件になる。そういった意味で、その連続性は多目的スペース・オープンスペースと各教室の連続性にとどまらず、さらに外へとつながる校舎内外の連続性も含み持っていなければならない。
 

・協力授業方式(ティームティーチング) 


生徒の個生化・個別化をはかる学習形態の代表的なものとして「協力授業方式(ティームティーチング)」がある。これは複数の学級を解体し学級とは異なった編成の集団を作り出して、複数の教師がそれぞれの役割分担にしたがって指導に当たるものであるが、これは個性や能力、興味や関心に対応した学習集団を編成することによって個々の生徒がそれぞれの適した集団において学習活動を進める事が出来るという点で非常に効果的である。
 
こうしたティームティーチングなどの授業では、従来どおりの「椅子に座っての一斉授業」がある反面、「大きな机を使ってのグループ学習」「座面に座ってのグループ学習」といった協同学習や「大きな机を使った資料まとめ」といった個人学習もある。時には通常のクラス集団をこえた多数の集団で行われる授業もある。こうした
多様な展開に柔軟に対応するための学習スペース構成が必要となってくる。


・多目的スペースとオープンスペース 
 

こうした学習の展開に、従来型の廊下に沿って教室が並列するような構成は対応しきれない部分が多い。多様な学習の展開に必要とされてくるのは、通常の教室群とそれに連動するかたちで一体的に構成される「多目的スペースとオープンスペース」である。 
(オープンスペースは本町小学校を例に後述する)


〜コンピューター環境の充実〜

 
情報化が急速に進行している今日にあって、教育環境におけるコンピューター環境の整備というのは急務である。コンピューターは今後ますます進行するであろう情報化社会で生きていく人間として最低限身に付けておかなければならない技能であるだけでなく、「
学習に対する生徒の自発性の誘発」「個性化・個人化教育における個人に応じた学習の展開」といった面で多大な貢献が期待される。そのためコンピューターは、生徒の目に付き、生徒が手近に扱えるように、「分散的に配置」される必要がある。但し、コンピューターを用いた一斉学習に対応するコンピュータールームも最低限必要ではあるが。さらに今後のコンピューターのハイスペック化に対応できうるような設備の柔軟性も同時に兼ね備えておかなければならない。



U)豊かな環境としての学校施設
  

 

豊かな教育環境は生徒の豊かな人格形成・健やかな体作りに大きな影響を与える。思春期において、生徒は同世代や異世代との様々な人間関係を通してその社会(礼儀・公共心・自律性等)や価値観・倫理観といったパーソナリティを形成する。その意味で、学校生活でのびのびと生活し(一方で適度な緊張感も持つ)事が人間性を育む上で非常に重要となる。
 


〜豊かさと緊張感の共存する環境〜
   

学校という環境が生徒に及ぼす影響は様々な意味において非常に大きい。それは人間性を育むという観点から考えても同様である。それでは、豊かな人間形成のために学校はどういった空間を形成すべきなのだろうか?私の考える空間は「豊かさと緊張感の共存する空間」である。豊かさと同時に緊張感があってはじめて各生徒の中での「リズムある学校生活」の実現が可能となる。これからの学校は生徒各々の「多様性と創造性を最大限に伸ばす場」として「自由」でなければならない。しかし、学校のもつ本来的機能である「教育の場」という前提に立てば、そこには必然的に「秩序」の必要性が生まれてくる。このように考えるとき学校という場では「秩序ある自由」の展開が期待されることになる。
   
より具体性を帯びたかたちで説明するとすれば縦横両方向にのびるボリュ−ムある空間をもたせる事、同時に、生徒のスケールにあった小空間も設定する事、外との連続性をもたせる事(外気に触れやすい空間設定)、行事等の活動を効果的に演出できる場を設ける事、総じて学校生活を豊かにし、エネルギーやストレスを発散させ、程よい緊張感とリラックスを促す、異なった雰囲気のある空間を効果的に融合・配置することが望まれるといえよう。
   


 〜コミュニケーションを生み出す場〜
  

 豊かな人格形成のための重要な鍵となるのは「コミュニケーション」である。
生徒は同輩、先輩、後輩とのコミュニケーションを通して様々なことを学ぶ。これは当然のことながら授業という時間に限られた事ではない。休み時間、放課後、登校時、下校時など
様々な時間帯におけるコミュニケーションを通しての情報交換・相互交流は生徒各々の思考様式、価値観、倫理観などの人間性の形成に大きく関与してくるばかりでなく、生活体験の幅を広げ、しいては学校への帰属感も生み出す。(放課後、学校のどこかしらで友達とたむろし、時間を忘れて、無意識のうちに深い語りに没頭していた、といった思い出の場所をもっている人も少なくないのではないだろうか?)また教師―生徒のコミュニケーションもその重要性を無視できない。教師と生徒が何気ない話から真剣な話まで含めた多様なコミュニケーションを行うことでその距離を縮めていくことは両者にとって貴重な時間となる。
こうした
コミュニケーションを誘発するような場の提供が学校建築にあっては必須の課題であることは間違いありません。


〜自発的かつ自然な体作りを促す環境〜
  

 生徒が自発的かつ自然に健やかな体を育てるには、体育といった授業における活動場面への参加はもちろんのこと、生徒が授業以外の気軽な「遊び」を行うことが必要となってくる。その意味で学校にはその周辺の自然の地形・水・樹木等をいかした、冒険心をそそる魅力的な環境を用意することが期待される。ただし、ここで注意しておきたいのは、その自発的かつ自然な活動が「安全性」のもとに行われなければならないということである。そのために、先生、親等を含めた保護者による監視といったものが条件になってくる。



V)地域社会に開かれた学校施設
   

地域の人々・地域施設が学校教育に生かされる事は生徒の社会性育成という点で非常に望ましい。と同時に、豊かな教育環境の場は生涯教育の基盤として生徒及び地域の人々に活用されるべきものである。そのために学校は地域に開かれた、地域との相互交流可能な場として展開していかなければならない。
 


〜生涯学習体系充実に向けての施設の体系的整備と複合化〜
  

 生涯学習社会においては、学校施設を地域の学習資源として活用すると同時に、学校教育活性化のために地域社会の多様な物的・人的資源を有効に活用する視点がその前提となる。その意味で、学校と地域との連携は当然のことながら不可欠な要素となってくる。
   
こうした地域と社会との連携のかたちの一つとして
、学校施設と地域施設の体系的な整備が、その地域的特性を生かした上で行われる必要がある。これは例えば、施設未整備地域などにおける段階的な新増設計画や既存施設同士の配置の再検討・再編成によって実現のかたちを見ることが出来るであろう。(ただ、経済的問題がかなり大きく影響してくることは十分に予想されることではあるが、、、)
   
このような地域施設と学校施設の複合化は
施設利用の相乗効果を高めるのみならず、豊かな学習環境を作り出すのに大きく貢献することであろう。