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私学・塾
学習塾のアンケート調査
授業時間の「公私の差」拡大
新学習指導要領に対する私学の態度
新学習指導要領に対する塾の態度
私学と塾のつながり
対応から見える「学力」観

学習塾のアンケート調査

2002年4月に、神戸新聞が学習塾アンケートを行いました。対象は、兵庫県内の3つ以上の市区町にまたがって教室を展開する34の学習塾でした(ただし、個人経営の小規模塾は対象外)。34の塾のうち、19塾から回答が寄せられました。


新しい学習指導要領が実施され、学習内容が3割削減されることについて、学力低下の懸念は53%が「強く思う」と回答し、「思う」を合わせると95%に及びました。新要領の実施に伴う公私の格差については、95%が「私立校への期待が高まる」とし、「公立校への期待が高まる」と回答した塾は1つもありませんでした。新要領の実施に伴って生じる問題点としては、「学ぶ力は向上しない」、「生徒指導上の問題が増える」、「テレビ、ゲームなどの時間が増える」といった見方が多く出されました。


新要領実施後の塾のカリキュラムは、「新要領に合わせ一部だけ削減する」は21%、「新要領に従い削減する」は5%に過ぎず、「従来と変わらない」が58%、逆に「内容を増やす」も5%ありました。「中学・高校入試が新要領に合わせて変化すると思うか」という質問に「思う」と答えたのは42%にとどまりました。さらに、塾の土曜授業については、37%が「土曜コースの新設」、11%が「土曜利用で授業時間増」と回答し、「土曜授業の中止」の5%をはるかに上回る結果となりました。


2002年1月の「学びのすすめ」遠山文部科学大臣アピールに関しては、「賛同」32%、「やむを得ない」37%と、肯定的な見方が69%に達しました。総合的な学習の時間に対する期待なども寄せられてはいますが、全体としては批判的で、「塾に通って私立校へ」の流れをより助長する意識が見られます。


授業時間の「公私の差」拡大

2001年7月から12月にかけて、森上教育研究所が首都圏の1都3県にある私立中学校270校にアンケート調査を行いました。授業数について193校の回答をまとめた結果、授業時間の差が拡大することが明らかになりました。


授業時間の格差
教科 新指導要領(公立校) 私立校
英語 5.7
数学 4.7
国語 3.3 4.9
社会 2.8 3.6
理科 2.8 3.6

公立校は原則として新指導要領に従い、授業時間が減少することになりますが、私立校は従来どおりでほとんど減らすことはありません。その結果、もともと私立校が公立校の1.2〜1.3倍であった授業時間の格差が、さらに広がることになりました(右表をご参照ください)。


新学習指導要領に対する私学の態度

私立校は、基本的には新指導要領には反対しているところが多数のようです。新指導要領に従って授業時間を減らしたり土曜日を休みにしたりする措置をとらない学校は少なくありません。さらに、そのことをむしろ学校の売りとして取り上げていることを考えると、新指導要領とは対立的な立場であるといえます。


たとえば、埼玉県内の私立の中高一貫校は、新聞広告で「ゆとり教育はしない」と堂々と宣言しています。この学校のホームページには、学校生活やカリキュラムのほかに、卒業生の進学実績が卒業生のメッセージ入りで紹介されています。新聞広告とこのホームページをつなげて考えると、やはりこの学校は新指導要領には従わず、従来どおりのカリキュラムを守っていくことが売りになっているようです。


このような私立校は多いものの、全てが反対をしているというわけではありません。東大に毎年100人以上合格させるような「難関校」では、総合的な学習に近い教育実践に以前から取り組んでいる学校もあれば、受験には直接関係しない専門的な内容(たとえば化学の実験)にまで踏み込んでいる学校もあります。国立の「エリート校」も含めて、そのような学校は決して少なくありません。私立校でも、一枚岩ではないのです。どの学校も土曜日に授業を行っているわけではありません。


ただ、そう言った事実はあまり注目されていないのが現実で、実際、受験を考えている保護者が注目するのはその学校の進学実績であり、学校が子どもにどれだけ確実に学力をつけてくれるか、という数字の部分にあることが多いのではないでしょうか。少子化で生徒集めは難しくなってきています。公立とは違って、私立校は生徒を獲得できるかどうかが存亡に関わります。そのような現状の解決策として、「学力低下」に注目が集まっている今、それを強調する立場に立つことはやむを得ない部分があるのでしょう。


新学習指導要領に対する塾の態度

基本的に、塾(特に進学塾)は新学習指導要領の実施には反対していました。大手の進学塾は、そろって新要領の実施の延期や撤回を訴えましたが、その訴えは退けられ、指導要領は予定通り実施されました。しかし、中学受験は新指導要領への保護者の不安などから全く衰えを見せず、むしろ首都圏を中心に過熱化の様相を見せています。


新指導要領に反対する立場からは、新指導要領に対する厳しい批判が社会に向けて出されました。たとえば、「円周率が"約3"になる」ということが、新指導要領の実施による教科学習の変化の象徴的な例として大きく取り上げられました。また、「3割削減」などのセンセーショナルな表現も広く用いられました。こうした立場の一角であった塾は、私立中の受験、またそのための準備としての塾の必要性を訴えました。塾が、教育機関の1つとして彼らなりの危機感を持っていたことは、様々な場所でのアピールを見る限り間違いないと思われます。一方で、営業上の宣伝としての誇張や、そのための「都合のいい情報の取捨選択」もあったと考えられます。


進学塾のホームページには、「ゆとりがゆるみに」、「世界を視野に入れて考えれば、むしろ学力は強化しなければならない」など、「学力低下」の不安を保護者に惹起させるメッセージが多く見られます。また、進学塾が発行する「進学情報誌」で、「なぜ中学受験をしたほうがいいのか」という内容の特集が組まれることがあります。その理由には、「公立校における学習内容の削減」が必ず挙げられます。そのだいたいの論旨は、以下のとおりです。


「学ぶ内容は公立の学校では減ってしまう。しかし、当面の目標である大学受験においては、出題範囲が減るわけではなく、むしろ出題科目は増加する傾向にある。特に不況の抜け道が見えない現在、浪人は避けたいし、できれば学費の安い国立大学に行ってほしいのは、数多くの保護者が考えるところだろう。そのために、小学生のうちから準備をして、進学実績のある中高一貫の学校に入るのが確実である。そのためには、進学塾に通うことが近道である・・・」


新指導要領は、進学塾業界においては主に都合のいい宣伝材料となってしまっている一面は否めません。それなりの危機感はあるとしても、少子化の影響で、私学と同様に生徒の獲得が塾の生き残りを賭ける競争になってしまう時代では、塾自身の目先の利益が優先されてしまうことも無理のないことかもしれません。


私学と塾のつながり

私学が「新学習指導要領は問題があるから、カリキュラムに自由の利く私学へ」と訴えれば、塾は当然、「そのためには、まず塾へ」と訴えます。また、塾の存在が非常に大きくなり、地域による差はあっても塾を経て私学を受験することがほとんど常識のようになってしまっている現在、私学にとっては、塾に「この学校はよい」と宣伝してもらうことも、生徒獲得のための重要な手段の1つになっていることは間違いありません。このようにして、私学と塾がつながることになります。


上でも述べたように、少子化と不況は、教育産業である私学と塾に深刻な影響を与えていました。これを乗り越えるには、両者の連携が双方にとって必要だったのでしょう。その結果、前述の塾発行の「進学情報誌」では毎月様々な私学の特長が紹介され、子どもが受験する学校を選ぶ保護者はそれを情報源として利用しています。ここには、塾と私学の教育理念だけに留まらないつながりがあります。極端な言い方をすれば、「学力低下は塾と私学によって作られた1つのブームである」といえる側面もあるように思われます。


「学力」の低下は数々のデータによって示されていて、基礎的な学力が低下していることは否定できません。しかし、そのことから「だから私学へ」となる文脈には、私学や塾にとって都合のよい方向に偏った視点による論理の飛躍があるのではないでしょうか。保護者は、「自分の子どもにはいい教育といい人生を」と考えます。その思いを利用するという経営戦略が私学と塾とで一致した結果、今のようなキャンペーンにつながっているということもできるでしょう。


対応から見える「学力」観

多くの私学、そして塾の対応は、文部科学省が進める「ゆとり教育」を否定するものです。その対応は、「学力」を「基礎学力」と捉える「学力」観に立っているといえます。


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