運動生理学 - 学問の概要と魅力

山本義春(東京大学大学院教育学研究科)

June 6, 1998

学問の概要

私たち人間は、いうまでもなく「動物」で ある。植物との違いは、四六時中あちこちと 動きまわっていること。運動生理学というの は、動物が運動するときの状態を系統的に研 究分析し、その法則性を明らかにするもので ある。随分と固い書き出しであるが、これは 別に私の見解ではなく、わが国における運動 生理学の先達、故猪飼道夫氏の名著「身体運 動の生理学」の書き出しである。

運動生理学とはどのような学問であるか、 もう少し具体的に述べる代わりに、氏の著書 の書き出しに習って、黎明期における二人の (運動)生理学者A.V.ヒル博士(イギリス、 1920年ノーベル生理学医学賞受賞)およびA. クロー博士(デンマーク、1922年同賞受賞) の仕事を現代的な文脈で振り返ってみる。

私たちが歩いたり走ったりするのを自動車 に例えるとすれば、筋肉がエンジンにあたる。 エンジンの構造はどのようになっているか、 そこでどのような物理化学的現象が起きて いるか、こういったことをヒル博士は精力的 に研究した。このような研究は、現在に至る まで、運動生理学の主流であるといってよい。

ヒトのからだと自動車の大きな違いの一つ は、自動車の場合せいぜい新車を買うくらい しかできないが、私たちは、筋肉の構造や機 能をみずから作り変えることができる。スポ ーツ選手のからだを一目みれば明らかである。 筋肉だけでなく、内臓、神経などあらゆる器 官において、このような「適応現象」が観察 される。あなたが定期的に運動を行えば、あ なたのからだは、知らず知らずのうちに別物 になるのである。なぜこのようなことが起き るか、器官を構成する分子レベルでの検討か ら適応過程の数理モデルまで、現在でも盛ん に研究が行われている。

一方、自動車が走り続けるためには、ガソ リンやその燃焼に必要な酸素を間断なく供給 しておく必要がある。筋肉への酸素の輸送に 関して一貫して研究を行ったのが、クロー博 士である。輸送という現象は、肺・心臓・( 毛細)血管など異なった器官どうしの連携を 必要とするので、概して神経系が大きな役割 を果たす。言い換えれば「調節」の問題であ り、神経生理学の問題でもある。ちなみに、 自動車のハンドルがどのように調節されてい るかというのも、ヒトの場合(運動)神経調 節の問題である。

運動生理学において、このような「調節」 の問題は、ヒル博士の研究ほどは一般的には ならなかった。何しろクロー博士は、脳波の 発見(1929年)以前から、この調節の一部が 脳で行われていることを「中枢性」というこ とばを用いて予見していたくらいであるから、 時期尚早ということだったのかも知れない。 もちろん現在では、脳・神経科学や制御理論 の発展により、運動中のからだの調節機構の 問題は、立派に市民権を得ている。

現在の関心テーマ

運動生理学をやっていることになっている が、実は最近あまり運動中のからだについて 調べたことがない。運動中のからだのはたら きを理解するためには、まずヒトのからだの 動的性質に関する基本が理解されねばならな いと思ってのことである。

現在の関心テーマとしては、

  1. ヒトのからだにおける「ゆらぎ」の研究; たとえあなたが安静にしていても、呼吸、 脈拍、脳波などは絶えずゆらいでいる。この ようなゆらぎが調節系にとってどのような意 味をもっているのかに興味がある。絶えず変 化しながらも一定性を保つ、という現象を記 述したい。多少数学的。
  2. ヒトのからだの適応過程; 例えば、定期的に運動を行った場合のから だの適応過程について、数理モデルを用いて 検討している。一定にみえながらも絶えず変 化している、という現象を記述したい。これ も数学的。同様な観点から、この30年ほどの 間にわが国の青少年のからだに起こった変化 についての研究も始めた。そういえば確かに 最近脚が長くなった。
  3. こころとからだ; クロー博士の「中枢性」という概念を押し 進めていけば、当然ここに行き着くのだろう。 精神作業がからだに与える影響、睡眠中のか らだの変化、生体リズムと時間知覚の関係な どについて研究を行っている。

(アエラムック「スポーツ学のみかた」より抜粋)

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1998年06月06日 (土) 14時23分27秒 JST