Shimoyama laboratory, Department. of Clinical Psychology, Graduate School of Education, The University of Tokyo, Japan

一柳貴博 博士論文要旨(2020年)

発達障害傾向のある児童の関係支援の研究
―周囲の児童に着目して―


第1部 問題と目的

 第1部では,本論文の問題と目的について記述した。
 第1章では,本論文の問題意識について記述した。インクルーシブ教育の推進およ び共生社会の形成に向けて,小学校の通常の学級に在籍する発達障害児と周囲の児 童 (以下,周囲児と表記) の関係形成に向けた支援は重要な支援の一つとなると考え られる。発達障害児と周囲児の関係形成に向けては,発達障害児のみならず,「周囲 児」の関わりが重要な要因となっていると考えられるが,「周囲児」に焦点をあてた 研究・実践については十分に蓄積されているとは言い難い。これらの点から,本論 文では「周囲児」に焦点を当てて,小学校における発達障害児の関係支援を検討し ていくこととした。
 第2章では,「周囲児」に焦点をあてた先行研究の概観を行った。まず,発達障害 児・者に対する周囲の態度に関する先行研究を概観し,発達障害児・者に対する態 度と接触経験との関連について詳細な検討を行う必要があることを述べた。さらに その上で,周囲児の「認識」と「行動」に焦点をあてた先行研究を概観した。その 結果,発達障害児との関わりの背景にあると考えられる周囲児の「認識」について, その認識プロセスおよび要因が明らかとなっていないことが示された。さらに,周 囲児の「行動」に焦点をあてた研究は特に少なく,発達障害児に対する周囲児の行 動メカニズムが明らかとなっていないことが示された。一方で,周囲児に着目して 発達障害児と周囲児の関わりを促す介入を行った研究は複数みられ,周囲児に焦点 をあてた介入や周囲児も含めた介入は両者の関わりを促進する有効な介入となると 考えられるが,これらの介入はいずれも多くの手続きや時間を要する。学校現場で は日常的に取り組みやすい働きかけが求められていることから,「周囲児」に焦点を あてた知見を蓄積し,それらの知見を踏まえた学校現場での活用可能性の高い支援 を検討することが必要であると考えられる。
 第3章では,第1章と第2章を踏まえ,まず「周囲児」に焦点をあてた基礎的知見 を見出すこと,さらにはそれらの知見を踏まえて,学校現場での活用可能性の高い, 「周囲児」に着目した発達障害児の関係支援モデルを検討・提案することを本論文 の目的として設定し,本論文の構成を示した。

第2部 周囲児の関わりの解明

 第2部では,「周囲児」に焦点をあてた3つの基礎研究を行い,「周囲児」に着目し た関係支援の基盤となる知見が見出された。
 第4章 (研究1) では,発達障害児・者に対する態度と,発達障害傾向児・者との接 触経験の時期・頻度・内容との関連の検討を行った。主に教育分野に関わる学部や 研究科等に所属する学生および院生316名を調査協力者とした質問紙調査を実施し た。その結果,小学校時代に発達障害傾向児・者との主体的な関わりが増え,接触 頻度が一定の閾値を超えることで「関わりへの志向性」が相互作用的に高まる可能 性が示された一方で,接触頻度が一定の閾値未満の場合には,発達障害傾向児・者 との関わりが受け身的なものにとどまり,接触頻度と「関わりへの志向性」が向上 しにくい可能性も示唆された。これらの結果を受け,次章以降の研究では小学校時 代の両者の関わりに焦点を当て,周囲児の「認識」と「行動」を検討していくこと 2 とした。
 第5章 (研究2) では,発達障害傾向児との関わりの背景にあると考えられる周囲児 の「認識」に焦点をあてて,小学校時代における発達障害傾向児に対する周囲児の 認識プロセスおよびその要因についての検討を行った。特別支援教育およびその近 接領域を専攻する学生20名を調査協力者としたインタビュー調査を行った。その結 果,認識の形成過程では発達障害傾向児の行動に反応する形で周囲児の認識が形成 されるが,発達障害傾向児との関わりを通して,周囲児が発達障害傾向児の人柄や 発達の特性に対する理解を得て,肯定的・友好的な認識の変容に至ることが示唆さ れた。特に,発達障害傾向児の人柄を理解することは,周囲児の肯定感・友好的な 認識のための重要な要因の一つであることが示唆された。
 第6章 (研究3) では,発達障害児傾向児に対する周囲児の「行動」に焦点をあて て,小学校の通常の学級に在籍するASD特性児 (自閉スペクトラム症が疑われる児 童) に対する「周囲児」の行動メカニズムの検討を行った。小学校教諭を調査協力者 として,周囲児の要支援行動・代替行動の内容および状況について尋ねる質問紙調 査を実施した。その結果,周囲児の要支援行動については,<ASD特性児が周囲と ずれた行動や発言をする時>に,【からかい・悪口】【行き過ぎた注意】【除け者・回 避】が生じ,【不快体験の生起・維持】や【楽しさを得る】という結果に至っている ことが示された。代替行動については,ASD特性児と周囲児の間で「共有」できる ものがある時に【友好的な関わり】が生じるというメカニズムと,各々が自分のこ とに取り組めるような環境がある時に【ASD特性児に対して何もしない】という代 替行動が生起するというメカニズムが示された。これらの結果を踏まえ,周囲児の 代替行動を増やす支援として,ASD特性児と周囲児が「共有」できる場を増やすこ と,各々のことに集中して取り組めるような環境を整えること,休み時間の両者の 関わりに着目すること,周囲児自身の話を丁寧に聞くことの四点が提案された。
 第2部を通して,「認識」と「行動」の双方を踏まえた包括的な周囲児理解につな がる知見が見出された。第2部で得られた知見を基盤として,「周囲児」に着目した, 学校現場での活用可能性の高い具体的な関係支援を検討していくことが必要である と考えられる。

第3部 周囲児に着目した関係支援の検討

 第3部では,第2部で得られた基礎的知見を活かし,学校現場での活用可能性の高 い,「周囲児」に着目した発達障害傾向児の関係支援の検討を行った。
 第7章 (研究4) では,学校現場における支援の現状を明らかにするために,ASD 特性児に対する周囲児の要支援行動に対する小学校教諭の対応についての検討を行 った。小学校教諭を調査協力者とした質問紙調査を行った結果,要支援行動に対す る小学校教諭の対応として,【話を聞く】や【ASD特性児に対する関わり方を伝える】 という対応が多くなされてることが示唆された。さらに小学校教諭の対応の多くが, 周囲児の要支援行動そのものに対する対応であることが示唆され,こうした従来の 教諭の対応に加えて,応用行動分析の枠組みを参考にした支援を行うことで,より 有効な支援につながる可能性があることが示唆された。
 第8章 (研究5) では,学校教諭やSC等の学校教職員が周囲児の行動に対する支援 を検討できるICT支援アプリケーション「教員ナビ」の開発および「教員ナビを活 用した支援方法」の検討を行った。教員ナビは,「支援を見つける」「共有された支 援を見る」「情報共有」「お役立ち支援集」の4つの機能を有するアプリケーションと して開発され,教員ナビを活用した支援方法として,「支援を検討・実施する」「支 援を共有する」「支援を蓄積する」の3点が提案された。
 第9章 (研究6) では,「教員ナビ」および「教員ナビを活用した支援方法」につい て,学校教職員からフィードバックを得るワークショップを実施した。現役の学校 3 教諭,SC,大学教員計43名を調査協力者としたワークショップから,学校現場での 支援の実施に向けた課題や改善案,活用案などについてのフィードバックが得られ た。これらのフィードバックを踏まえて,学校現場の中に「教員ナビを活用した支 援」をどのように取り入れ,どのように有効な支援につなげていくかについて再度 検討を行い,「教員ナビ」を活用し,「周囲児」に着目した,学校現場での活用可能 性の高い発達障害傾向児の関係支援モデルの検討および提案がなされた。

第4部 総合考察

 第4部では,本論文の総合考察を行った。
 第10章では,本論文で得られた知見を総括し,「周囲児」に着目した発達障害傾 向児の関係支援の可能性について記述した。本論文で提案された関係支援は,各学 校現場で実際に生じている「周囲児」の日常的な行動に対して,応用行動分析の知 見とICTを活用して支援を検討していくものであり,かつ「周囲児」に関する基礎 的知見や学校教職員からのフィードバックを踏まえて提案されたものである。これ らの点から,本論文で提案された関係支援は「周囲児」に着目した活用可能性の高 い支援の一つとなると考えられる。
 第11章では,本論文の意義と今後の展望について記述した。「周囲児」に焦点をあ てた研究・実践が十分に蓄積されているとは言い難い中で,本論文は,「周囲児」に 焦点をあてた研究の発展につながる基礎的な知見を見出した学術的意義と,「周囲児」 に着目した支援の実施につながる具体的提案を行った臨床的意義を有すると考えら れる。また,本論文の課題として,「周囲児」に着目したより詳細な検討の必要性, 本論文で提案された関係支援を学校現場で実施していくことの必要性,発達障害傾 向児本人および周囲児本人の体験を反映することの必要性,多様な要因を含めた包 括的な支援の検討の必要性,「発達障害傾向児を含めた全ての子ども」にとってより 良い支援を考えていくことの必要性の5点が挙げられた。今後は,本論文で得られた 知見や提案された支援を基盤として,より有効で活用しやすい包括的な支援の検討 を進め,発達障害傾向児を含めた全ての一人ひとりの子どもにとって良い関係性の 形成に向けた支援を実施していくことが期待される。