Examining the Role of Expectancies and the Effect of Computer-delivered Interventions for Problem Drinking
(問題飲酒における期待の役割の解明とコンピュータ介入の効果検証)
第1部:背景と問題と目的
第1章では,先行研究のレビューを行った。過度な飲酒は,疾病,障害,怪我に最も繋がりやすい要因の一つであり,死亡の5.9%は飲酒が関与していると報告されている(World Health Organization, 2011)。日本国内においては,約13%の男性および約3%の女性の飲酒は,アルコール使用障害の罹患リスクを高める多量飲酒を行っていることが報告されており(Ishikawa et al., 2016),飲酒関連問題への取り組みは国内外で重要である。
問題飲酒を予測する心理的要因として,飲酒時に得られる結果または状態に関する信念を示す,飲酒効果期待(alcohol outcome expectancies)が挙げられる。気分の高揚およびストレスの対処など飲酒により望ましい状態に情動調節するポジティブな飲酒効果期待は,問題飲酒と正の関連が,身体的不調や心理的不調など飲酒により望ましくない状態になることに関する信念を示す,ネガティブな飲酒効果期待に関しては,負の関連が示唆されている(Goldman et al., 1999; Jones et al., 2001)。一方で,これらの関連は,年齢,性別,環境要因,測定方法・項目によって関連が左右されることが指摘されている(Jones et al., 2001; Monk & Heim, 2013)。
情動制御が問題飲酒と関連していることから,ネガティブ気分制御に関する期待(negative mood regulation expectancies)が問題飲酒と関連していることが考えられる。ネガティブ気分制御期待とは,ネガティブな気分を感じた際に,それを緩和できると思えるかを示す信念であり,抑うつ,不安,怒り,自傷行為などの精神症状と負の関連が示されている(Catanzaro & Mearns, 2016)。飲酒との関連においては,ネガティブ気分制御期待は,米国大学生の問題飲酒を予測する(Kassel et al., 2000)が,成人や日本人における問題飲酒や飲酒効果期待との関連は明らかでない。
問題飲酒を低減する手段として,対面での個人またはグループ介入が存在するが,低コストでより多くの人に効率的に提供できる点などでコンピュータ介入が近年注目されている。対面介入よりも問題飲酒低減の効果は小さく(Carey et al., 2012)効果の持続期間は6ヶ月以下に留まっている現状が報告されている(Dedert et al., 2015; Donogue et al., 2014)。本邦では,対面と電子メールの健康教育の比較(Araki et al., 2007)や動画を用いた心理教育の効果検証(Geshi et al., 2007)が行われたのみで,インターネットを用いた問題飲酒の低減を目的とした介入は実証的には示されていない。また,心理学理論を応用した介入研究の少なさも指摘されており (Tebb et al., 2016),問題飲酒を予測する飲酒効果期待の調整効果なども充分に検証されていない(Jones et al., 2001)。
第2章では以上の先行研究の知見と課題を踏まえ,日本人成人を対象に以下のリサーチ・クエスチョンを設定した。
- 飲酒効果および情動制御に関する期待は,お互いにそして問題飲酒とどのような関連があるのか。
- 問題飲酒の低減を目的としたインターネットを用いたコンピュータ介入はどれほど有効なのか。
- 飲酒効果期待は,コンピュータ介入が飲酒低減に及ぼす影響をどれほど調整するのか。
第2部:問題飲酒における情動と期待の役割
第3章(研究1)では,飲酒効果期待および飲酒量を説明変数として,飲酒関連問題および抑うつを症状との関連を検証した。日常的に飲酒を行う成人409名が調査に協力した。「ストレス対処」および「精神的落ち込み」に関する飲酒効果期待は小さく飲酒関連問題と正の関連が示唆された。性別をモデルに含めたところ,「ストレス対処」に関する飲酒効果期待は,飲酒関連問題と男性においては正の関連があり,女性においては負の関係が示唆された。ネガティブ気分制御期待は,ポジティブな飲酒効果期待と小さい正の関連が,ネガティブな飲酒効果期待とは中等度の負の関連が示唆された。
第4章(研究2)では,飲酒問題の基準に該当する成人2052名を対象に,飲酒効果期待,飲酒動機,ネガティブ気分制御期待と飲酒関連問題との関連を明らかにした。「精神的落ち込み」に関する飲酒効果期待は,飲酒関連問題と正の関連が示され男性は女性よりも高い説明率が確認された。ネガティブ気分制御においては,研究1では確認されなかった飲酒関連問題との負の関連か示唆され,飲酒効果期待とは研究1と一貫した結果が得られた。
第5章(研究3)では,問題飲酒者に該当する成人477名を対象に,気分が飲酒効果期待へ及ぼす影響を検証した。音楽を用いた気分の誘導(ポジティブ気分とネガティブ)を独立変数に設定し,従属変数を飲酒効果期待とし,調整変数をネガティブ気分制御期待とした。ネガティブ気分に誘導された問題飲酒者は,「身体的不調」および「精神的落ち込み」に関する飲酒効果期待を高める事が明らかになった。また,ネガティブ気分制御期待は,気分操作が「精神的落ち込み」に関する飲酒効果期待への影響を調節した。ネガティブ気分を回復できるとより強く信じている人は,「精神的落ち込み」に関するネガティブな飲酒効果期待への気分の影響が低減されることが示唆された。
第3部:問題飲酒の低減を目的としたコンピュータ介入の効果検証
第3部では,コンピュータ介入の開発と効果検証を行い,第2部で飲酒関連問題との関連が確認された飲酒効果期待の調整効果を検証した。6章(研究4)では,問題飲酒の低減を目的とした簡易ウェブサイト介入を開発した。介入内容は,(1)属性,問題飲酒のアセスメント,(2)同性同年代の平均との飲酒パターンの比較 (3)心理教育(4)クイズの順で開発された。
第7章(研究5)では,研究4で開発したウェブサイト介入の効力を検証する事を目的とした。問題飲酒者に該当する成人584名を対象に,1重盲検ランダム比較試験を行った。介入群と待機群の2群に割り当てて,介入開始前,1ヶ月後,2ヶ月後,6ヶ月後に飲酒量,飲酒関連問題を測定した。飲酒量の低減効果は,介入開始前と比較して6ヶ月後まですべて有意であったが効果量は低度であった。また,「精神的落ち込み」に関する飲酒効果期待が高いほど,介入の飲酒量における効果がより高いことが示唆された。
第8章(研究6)では,認知行動療法のセルフモニタリングに基づいたスマートフォンアプリケーション(以下アプリ)介入の単独効果を検証した。中等度の精神ストレスを報告した常勤の成人557名にセルフモニタリングアプリ(じぶん記録)を1ヶ月利用してもらい,介入前後で,精神ストレスと飲酒量を測定した。アプリ利用群は,統制群と比べて,事後調査で抑うつをより高く評定した。また飲酒量を少なく報告した統制群に対して,アプリ利用群では低減は見られなかった。このような結果が得られた理由として,(1)アプリの利用が自身の状態をより正確に反映された,(2)自身の状況や状態を把握することで抑うつ・飲酒量が惹起された,の2点が挙げられた。
第9章(研究7)では,研究6の結果を踏まえて,じぶん記録アプリの改修を行った。臨床心理士4名,臨床心理学を専門とする大学院生4名,看護師1名,エンジニア1名を対象にアプリを利用してもらい,改善点について検討した。その結果,「入力の負担を減らすこと」「アプリ利用を継続させるためフィードバックを増やすこと」の重要性が挙げられた。
第10章(研究8)では,研究7で改修を行ったじぶん記録アプリの効果を検証した。問題飲酒者に該当する日本人成人277名を対象に,4週間減酒してもらうように教示し,改修版「じぶん記録」アプリのみ群,アプリの利用に加えフィードバックを受ける群,待機群の3群にランダムに割り当てた。統制群と比較して,アプリのみを利用した群は,低度の飲酒量・頻度の減少が確認された。また「ストレス対処」に関する飲酒効果期待が事前調査で高い人ほど介入の効果が高いことが示唆された。
第4部:総合考察
第11章では,本研究の総合考察を行った。日本人成人飲酒者において,飲酒は精神的不調をもたらすとより強く信じると,飲酒関連問題も同時に高いことが本研究の複数の研究で一貫して示唆された。この期待は日本人成人においても飲酒に関するアルコール使用障害の発見において重要な概念であることが示唆された。また飲酒効果期待と飲酒関連問題は性別によって関係の強度がことなることが確認された。アルコール使用障害の介入にあたり男女別で介入する重要性が挙げられており(Labbe & Maisto, 2011)本研究の結果はそれを支持していると考えられる。また日本人問題飲酒者において,ネガティブ気分を調節できるとより強く信じることは,飲酒関連問題をより低く説明したことから,情動制御の重要性を本研究で示唆された。
問題飲酒者において,ウェブサイトを用いた簡易介入は,低度ではあるが6ヶ月に及ぶ飲酒低減の効果の持続が示唆され,日本人成人におけるウェブサイトによる簡易的介入の有効性が示唆された。先行研究で示されるように,問題飲酒に気づきを与えるフィードバックは,飲酒量低減の持続に繋がったことが示唆された(Dotson et al., 2015)。アプリを改修した後では,アプリでのセルフ・モニタリングは飲酒量・頻度を低減する効果が示唆され,モバイル端末での介入の有用性を示唆した。本研究では,アプリの効果は4週間しか測定しなかったことから,アプリ介入の長期的効果の検証が今後の課題である。また,前述の飲酒効果期待は介入効果を調整することから,期待に対する介入も重要であると考えられる。
本研究の限界点として,インターネットを介して研究協力者を募ったことから,問題飲酒と該当する妥当性や母集団の偏りなどが挙げられた。今後の問題飲酒における心理的要因のメカニズムの解明およびコンピュータを用いた介入に関する研究の継続は,今後の問題飲酒の予防と問題飲酒者への支援に繋がると考えられる。