Shimoyama laboratory, Department. of Clinical Psychology, Graduate School of Education, The University of Tokyo, Japan

河合輝久 博士論文要旨(2018年)

大学生における身近な友人の抑うつへのファーストエイドに関する研究


第1部 背景

大学生においてうつ病や抑うつは稀ではなく,罹患した当人の心理社会的影響は甚大であり,周囲にも悪影響を及ぼすことから,その早期発見と対応は極めて重要である。しかし,うつ病や抑うつを呈する大学生は,専門的な治療や援助を提供する専門職よりも身近な周囲の友人に援助を求めやすい。つまり,うつ病や抑うつを呈し始めた大学生の身近な周囲の大学生はうつ病の早期発見と対応の援助資源になりうる。身近な周囲の大学生が援助資源として機能するためには,うつ病や抑うつを呈する大学生を適切に認知し援助すること,すなわち,適切なファーストエイドを提供できることが重要である。しかし,わが国の大学生の身近な友人のうつ病や抑うつへの認知やファーストエイドに関する研究は発展途上であり研究知見を蓄積する必要がある。また,先行研究では,うつ病や抑うつに直面した者の視点から,うつ病や抑うつ者に対する認知・評価過程や推奨・非推奨ファーストエイドの実行と回避の意思決定過程は明らかにされておらず,介入によって変容可能なファーストエイドの実行と回避の関連要因を見出すまでに至っていない。

以上から,本研究では,わが国の大学生の抑うつの早期発見と対応の援助資源として身近な周囲の友人を機能させる上での示唆を得ることを最終的な目標に以下の目的を設定した。

1. わが国の大学生においても,従来の推奨ファーストエイド方略が有用であり,かつ実行できる方略であるかを確認し,それが実行あるいは意図されているかを明らかにする(→第2部)

2. 推奨・非推奨ファーストエイド方略の実行と回避の生起過程とその関連要因を明らかにする(→第3部)

3. 抑うつを呈する身近な友人への推奨・非推奨ファーストエイド方略の実行と回避の意図とそれらの関連要因との関連を実証的に検討する(→第4部,第5部)

第2部 大学生の抑うつに対するファーストエイドの実態把握

第2部では,抑うつを呈する大学生に有用で,その身近な友人の大学生が実行可能なファーストエイド方略を明らかにし,それらが従来推奨されている方略に相当するかを確認した上でその実態把握を目的とした。

第3章では,抑うつを呈する大学生に有用で,その身近な周囲の友人である大学生が実行できるファーストエイド方略を明らかにし,従来推奨されている方略に相当するかを確認するため,抑うつ経験者,その友人,学生相談機関に従事する臨床心理士を対象にデルファイ法を用いて探索的に検討した。3者間で合意形成を行った結果,42方略が抽出され,「うつ病を知る・認識する」,「開かれた態度を示す」,「友人の立場にたって友人の考えや気持ちを理解する」,「共感的・受容的に接する」,「友人の意志を最大限尊重する」,「本来の友人像にも目を向ける」,「友人の心理的負担になる言葉がけは控える」,「専門的治療・援助の利用を勧める」,「自殺願望の理由を知り,専門的治療・援助に繋げる」,「自分自身を大切にする」の10個のカテゴリーに分類された。これらは従来推奨されている方略に相当する内容であることが示唆された。

第4章では,わが国の大学生の既存の推奨・非推奨ファーストエイド方略の実行意図を把握し抑うつに対する認知との関連性を検討した。大学生1500名を対象に抑うつ事例を提示し,事例に対する認知や実際のファーストエイド方略あるいはその意図を尋ねた。その結果,調査協力者の26.14%しか抑うつを正しく認知できていなかった。また,実際に実行あるいは意図されていた方略の多くが傾聴に関する方略であり,専門家の利用勧奨に関する方略を実行あるいは意図していた者は少なかった。さらに,「判断,批判せずに友人の話を聴く」,「友人自身でできる対処法を勧める」という方略を除き,抑うつを認知できる者ほど,推奨ファーストエイド方略を実行しようとしており,非推奨ファーストエイド方略を実行しようとしていなかった。

第3部 大学生の抑うつへのファーストエイドの実行回避プロセスに関する質的検討

第3部では,わが国の大学生における身近な友人の抑うつに対する認知やファーストエイドの意思決定過程について,学生生活にて身近な仲のよい友人が抑うつに陥ったことのある大学生の視点から探索的に検討した。

第5章では,身近な友人が抑うつを呈し始めた際,非専門家である大学生はそれをどのように過小評価するかについて,大学在学時に抑うつを呈する友人がいた大学生12名を対象に半構造化面接を行い,得られたデータについてGTAを援用し分析した。その結果,非専門家である大学生は,抑うつを呈し始めた友人の状態を過小評価する過程には,原因帰属過程やそれに基づく予後の評価過程があり,うつ病に関する知識不足に加え,情緒的巻き込まれの恐れ等が関連しているという仮説的知見が生成された。

第6章では,大学生の抑うつに対するファーストエイドの意思決定過程と実際の方略について,前章同様の調査協力者に対して半構造化面接を行い,得られた結果についてGTAを用いて分析を行った。その結果,「抑うつを呈し始めた友人を援助する利益,援助しないリスクを意識すると,当該友人に援助的なファーストエイド方略を提供する」,「抑うつを呈し始めた友人を援助するリスク,援助しない利益を意識すると,当該友人に援助的なファーストエイド方略を提供せず,距離を置いたり過度に配慮したりする」,「専門的治療・援助の必要性を意識し勧めようとしても,専門的治療・援助の利用勧奨や専門的治療・援助の利用リスクを意識したり,適切な専門的治療・援助機関を知らなかったりする場合,専門的治療・援助の利用を勧めない」など8つの仮説的知見が生成された。

第4部 身近な友人の抑うつへの認識・評価過程における情緒的巻き込まれの恐れ

第4部では,第3部第5章の仮説的知見の一部を実証するために,尺度を作成し関連変数との関連性を検討した。

第7章では,大学生1000名(有効回答者数866名)を対象にweb上で場面想定法を用いた質問紙調査を実施した。その結果,抑うつを認知できるか否かに関わらず,身近な友人の抑うつへの情緒的巻き込まれの恐れは「直面化回避志向」と「共鳴懸念」の2因子構造から成ることが確認された。このうち,「直面化回避志向」は,抑うつを呈する友人への楽観的見通し,深刻度評価,専門家への援助要請の必要性と有意な負の関連を示し,「共鳴懸念」は,抑うつを認知できるか否かに関わらず,当該友人に対する深刻度評価と有意な正の関連を示した。

第5部 大学生の抑うつに対するファーストエイドの実行回避における利益リスク予期

第5部では,第3部第6章の仮説的知見の一部を実証するために,尺度を作成し関連変数との関連性を検討した。

第8章では,調査1にて,抑うつを呈する身近な友人への援助の実行と回避に伴う利益リスク予期尺度を作成し,大学生200名(有効回答者数196名)を対象に質問紙調査を行った。因子分析の結果,「援助による回復」,「援助に対する否定的反応・影響」,「援助による負担」,「非援助による過干渉回避」,「非援助による重篤化」,「非援助による信頼喪失」の6因子が抽出された。調査2にて,本尺度の因子構造が抑うつ認知の可否に関わらず同一であることが確認された。また,下位尺度の標準得点に基づくクラスタ分析から,「援助実行利益・援助回避リスク高群」,「援助実行リスク・援助回避利益高群」を得,両者の各ファーストエイド方略の差を検討した。その結果,抑うつ認知の可否に関わらず,援助実行利益・援助回避リスク高群は,援助実行リスク・援助回避利益群に比べて,推奨ファーストエイド方略の実行意図得点が大きく,非推奨ファーストエイド方略の実行意図得点が小さかった。

第9章では,調査1にて,大学生の抑うつを呈する身近な友人への学生相談機関の利用勧奨に関する利益リスク予期を把握する尺度を作成し,大学生200名(有効回答者数195名)を対象に質問紙調査を行った。因子分析の結果,「回復解決への有益性」,「否定的反応・解釈」,「友人の自主性尊重」,「負担回避」,「専門家からの援助機会の喪失」の5因子が抽出された。調査2にて,本尺度の因子構造が抑うつ認知の可否に関わらず同一であることが確認された。重回帰分析の結果,抑うつ認知の可否に関わらず,「回復解決への有益性」は利用勧奨意図と正の関連が,認知群のみ「負担回避」は利用勧奨意図と負の関連が,未認知群のみ「専門家からの援助機会の喪失」は利用勧奨意図と正の関連が認められた。

第6部 総括

第6部では,第2部から第5部までの研究知見が臨床心理学の実践活動・研究活動・専門活動にどのように寄与するかを考察した。

実践活動のうち,特に学生相談領域における心理教育,コンサルテーション,サポートネットワークの形成に着目し,各介入における抑うつを呈する身近な友人のファーストエイドへの支援内容を具体的に示した。また,研究活動への寄与として,社会心理学の援助行動の生起過程モデルの拡張可能性を示し,抑うつをはじめとする精神的健康の対処行動に関するモデルからの解釈可能性などを挙げた。さらに,専門活動として,わが国の大学生を対象とした身近な抑うつへのファーストエイドの介入プログラムを提案し,既存の学生支援・学生相談のモデルにおける非専門家を抑うつの早期発見と対応の援助資源として活用するあり方を提言した。

今後の課題と展望として,縦断研究による検討,その他の大学キャンパス成員のファーストエイドの検討,介入研究による効果検討,本研究にて扱わなかったスティグマや友人関係スタイルを組み込んだ検討を示した。