Shimoyama laboratory, Department. of Clinical Psychology, Graduate School of Education, The University of Tokyo, Japan

砂川芽吹 博士論文要旨(2017年)

女性の自閉症スペクトラム障害の特徴に関する臨床心理学的研究


第1部 問題と目的

第1部では,まず自閉症スペクトラム障害(以下,ASD)の定義や特徴,ASDの大人に関する研究の必要性を説明した上で,本研究で特に自閉症スペクトラム(以下,AS)を持つ女性に焦点を当てる理由について示した。

ASDの女性については,有病率の少なさと,女性のASDの見えにくさから,ASDの性差についての研究や成人のASDの研究において,ほとんど焦点が当たってこなかった。そしてそのために,ASDの臨床像についての理解や支援は,圧倒的に数の多い男性をベースとしたものであり,それをそのまま女性にも当てはめている状況である。しかしながら,ASDの女性は,女性であることの社会的な期待を求められる場で日々の生活を営んでおり,女性という文脈の中でどのような主観的な苦痛や困難を抱いているのかという観点も考慮に入れながら,包括的な理解と支援の方法を考えていくことが必要である。よって,本研究ではASDを含めて広くスペクトラムの視点から,ASの女性に焦点を当てて,その理解と支援についての知見を得ることを目的とした。なお,本研究では,ASDの女性と男性では,共通するASD特徴を持ちつつも,女性に特有のASDの特徴と考えられる部分が多くあるために,男性例をもとにした既存のASDの特徴理解では女性を十分に捉えることができない,という仮説のもと研究を行った。研究全体の構成は,以下の図1の通りである。本研究では質的な研究を通してASDの女性の主観的な経験を描き出すこと,そして量的な研究を通して,女性のASの特徴に感度の高い尺度を開発することを目的した。

第2部 ASDの女性が経験する困難と対処に関する質的研究(研究1~研究3)

第2部では,ASDの女性が経験する困難と支援ニーズの把握のために,質的研究を行った。まず,ASD者の診断や支援に関わる専門家に対する予備調査を経て,以下の2つのリサーチ・クエスチョン(RQ)を設定した。すなわち,(1)ASDの女性を見えにくくする要因は何か,(2)ASDの女性は診断に至るまでにどのように適応して生きてきたのか,である。

研究1では,予備調査で得た2つのRQを明らかにするために,大人になって初めてASDの診断を受けた女性12名を対象としたインタビューを行い,GTAによって質的に分析した。その結果,【「大人しさ」のベール】,【就労状況のベール】,【家庭のベール】という周囲からASDの女性を見えにくくする社会環境的な要因(ベール)が見出された。さらに,ベールを超えて医療機関につながったとしても,【精神症状のベール】という,さらに上位のベールによって,ASDに関しては気付かれることがなく再びベールの中に押し戻されることとが示された。また,これらのベールの下で,ASDの女性が適応の【努力と失敗の繰り返し】から【社会適応のスキルを学習】することもまた,周囲がASDの女性を認識し難くなる要因となっていることが示唆された。一方で,ASDの女性の社会適応の過程において,あらゆる失敗経験を<自分に原因帰属>するために,【自尊心の低下】が起きていた。そのため,ASDの女性は表面的な社会スキルによってASDであることが周囲から見えにくくなっているが,自尊心が低く,支援が必要な状態だと考えられた。

研究2では,研究1の結果を受けてASDの女性の内面に注目し,ASDの女性の診断をめぐる心理過程を明らかにすることを目的とした。研究1で得たインタビューデータについて,GTAを用いて再分析を行った。その結果,ASDの女性における診断前の違和感に関する心理過程が明らかとなり,診断に至るまでには,【何者か分からない自分】という認識を持ち,自己イメージの混乱が起きている可能性があることが示唆された。また,ASDの女性にとって診断は,【診断による安心感】という大きな意味を持つものの,診断後も不自由感が残り,自他評価の差から葛藤を抱き得るということが示された。

研究3では,ASDの男性の経験を明らかにし,その上で男女の共通点と相違点を検討することを目的として,成人期に初めてASDの診断を受けた男性当事者15名に対してインタビューを行い,GTAを用いて分析を行った。その結果,ASDの男性が診断に至るまでの困難と対処に関する過程が明らかとなった。そして,ASDの男性と女性について,共通点と相違点が見出され,ASDの女性は“女性”として生きる上で,高い社会的スキルを求められる環境に生きているために,(ASDの男性と比べて)表面的なスキルを獲得し,結果的に成人期のASDの男女では臨床像が異なる可能性が高いと考えられた。

研究1から研究3より,ASDの女性の特徴を適切に把握することが課題となったため,量的研究によって女性のAS傾向を測定するアセスメントツールを作成することとした。

第3部 女性のAS傾向を測定する尺度開発

第3部では研究4として,研究1~3で得られた知見をもとに,女性のASの特徴を測定する尺度(FAQ)を開発し,分析1~4を通して,尺度の妥当性の検証と女性のASの特徴に関する示唆を得ることを目的として,量的研究を行った。第2部で得たインタビューデータをもとに,2つの予備調査(予備調査1,予備調査2)を経て項目を作成し,本調査ではASDの当事者と大学生を対象に調査を実施した。予備調査1では,作成された尺度の精緻化を目的として大学生に対して質問紙調査を行った。続く予備調査2では,作成した尺度の因子構造の確認,および項目の統計的特性の確認を行うために,大学生を対象にWeb調査を行った。以上の予備調査を経て尺度を作成し,本調査では,ASDの当事者82名(男性36名,女性46名)と,一般群として大学生1000名(男性500名,女性500名)に対して調査を行った。

分析1と分析2ではFAQの妥当性の検証を行った。分析1では,FAQのカットオフ値を設定し,既存のASDのアセスメントツールであるAQとSRSとの比較より,本尺度は従来の尺度ではカットオフ値を下回り,ASを持つことを見逃されてしまう女性を捉えることが可能であることが示された。分析2では,FAQとAQおよびSRSとの関連から,併存的妥当性を確認した。

分析3では,質的研究で得られた結果を受けて,FAQと自己肯定感および生活の質(QOL)との関連を検討した。その結果,ASDの女性は,FAQの得点が高いほど,自己肯定感が低い傾向にあった。また,AS傾向の程度と,QOLに関連は認められなかった。ここから,FAQは女性の自己肯定感に関連するAS傾向を測定することが可能であること,また女性のQOLを上げるためには,男性と異なる支援が必要であることなどが示唆された。

分析4では,まずFAQについて男女別にASD群と一般群の比較を行った。その結果,ASDの女性は一般の女性と全く異なり,ASの症状を強く示した。また,一般群でFAQおよびAQのカットオフ値を超えた者をグレーゾーン群として,ASDの女性との比較を行ったところ,グレーゾーンの女性は,「社会性」と「こだわり/イマジネーション」の症状を強く示すことが分かった。加えて,グレーゾーン群の女性は一般群に比べて精神的健康度が有意に低くなることから,診断が無いものの支援が必要である可能性が高いと考えられた。続いて,ASDの判別に影響を与える要因について,男女の共通点と相違点を検討するために判別分析を行った。その結果,男女とも「注意・集中」の症状が,ASDの判別に強く影響していることが示された。また男女別に,判別に影響する異なる特徴(項目)が見出された。

第4部 総合考察

第4部では,総合考察として本研究で得られた研究成果について,女性のASDの特徴に関する仮説をもとに総合的に考察し,ASを持つ女性の支援について検討し,本研究の意義および課題と展望について論じた。

本研究の結果から,量的研究においてはASDの男性と女性で特徴の差が認められなかったが,質的研究の結果からは,現在のASDの理解には当てはまらない女性が多くいる可能性が高いことが示唆された。このような結果の不一致が生じた理由について考察した上で,本研究の目的においては,ASDの女性の特徴について,男性と特徴が重なりつつも,女性特有の部分も多くあるという理解が適当であると考えられた。さらに,このような理解にもとづくと,既にASDの診断がある女性だけではなく,現在はASを持つことを気付かれていないようなグレーゾーンの女性こそ支援が必要であり,彼らはASDの診断がある者と同程度にASの特徴を示すことから,日常生活で困難を抱え得るものの,現段階では何の支援も理解も得ていない可能性が高いと考えられた。以上のような女性のASの特徴に関する示唆を踏まえて,女性に求められる支援について検討した。

最後に,本研究の意義について,まずASDの女性に焦点を当てて,女性ならではの困難を明らかにし,支援に役立てるための妥当性の高い知見を得たことがある。また,女性のASの特徴を反映した新たな尺度を開発したことであり,スクリーニングツールとして,支援を必要とするASを持つ女性を発見することができると考えられる。また,専門家によるASの女性に関する理解を促すだけではなく,ASを持つ当事者が自己理解を深めるためにも活用できると考えられる。加えて,本研究では,質的研究法をもとに量的研究によって尺度を作成し,両方の結果を合わせてASを持つ女性の支援について検討しており,臨床心理学研究における方法論的な意義があると考えられる。