職場復帰支援の実践的研究
―休業中の心理プロセスに着目した支援プログラムの開発―
第1部 問題設定
平成24年厚労省の労働者健康状況調査によると, 過去1年間に心の健康問題により1ヶ月以上休業または退職した労働者がいる事業場は, 300人以上の規模の事業場で65.2%, 500人以上の事業場で77.0%, 1000人以上の事業場では92.2%にのぼる。休業者への支援の代表的な取り組みとして, リワークプログラム (職場復帰援助プログラム)が近年注目を集めている。リワークプログラムは, 職場復帰と再発防止を目的とした支援であり, 各都道府県の独立行政法人障害者職業センター, EAP(従業員支援プログラムEmployee Assistance Program), 医療機関で実施されている。リワークプログラムの研究では, 一定の効果を示す知見が挙げられる一方で, 疾患の特異性や個人の内的要因に起因すると考えられる困難事例の報告も増えてきており, それら評価をもとに, より一層の発展を目指し, 内容や方法の検討を進めていくことが期待されている。
勤労者にとって休業という体験は, 多くの場合「失敗」と認識され, 自尊感情, 他者評価, 自己評価, そしてキャリアにおいて, 様々な傷つきを伴う体験となり得る。職場復帰支援は, 身体症状や業務遂行能力の回復だけでなく, 休業という困難を乗り越えるための支援であり, 傷つきから立ち直り, 今後の社会生活をよりよいものにするための重要な転機ともいえる。現在実施されているリワークプログラムでは, カリキュラムの内容や実施方法などが具体的に示されているが, 働き方の再考に伴う不安や困難感といった心理的側面に対する支援については言及が少ない。そのため,現在実施されているプログラムの課題点とその効果を詳細に検討し, 職場復帰を経験した者がどのような体験をし,どのような困難を乗り越え復帰していくのか,という当事者の視点から, 職場復帰支援の更なる発展を目指すことが必要である。
そこで本研究では, メンタルヘルス不調による休業から職場復帰へ向かう休業者の心理プロセスを明らかにしたうえで,それらの特徴に基づいた新たな職場復帰支援プログラムを作成し, 実施および評価を行うことを目的とする。
休業者の休業期間中の心理プロセスに関する質的研究
第2部では, うつ状態により実際に休業した勤労者の体験を調査し, 現行のリワークプログラムの効果と課題点を考察する。プログラムの内容だけでなく, スタッフとの個別のやりとりやメンバー同士の関わり, 参加者個人の内的な変容といった質的データを検討することで, リワークプログラムをより効果的に活用していくための知見を得ることを目的とする。
研究1「うつによる休業者が体験した援助専門家との関わりに関する質的研究」では, うつ状態により休業し, 職場復帰のための援助を受けた休業者が, 職場復帰支援にどのようにつながり, 援助専門家とどのような関わりを持ったかを明らかにすることを目的とした。休業を経験した勤労者12名に半構造化面接を行い, 得られた言語データを質的研究法のひとつであるグラウンデッド・セオリー・アプローチ (以下, GTA) を用いて分析した。分析の結果, いくつかのカテゴリーが生成され, それらの関連を図式化したところ, [症状改善に向けた関わりの段階], [今後に向けた意思決定段階], [職場復帰に向けた関わりの段階]の三段階モデルが生成された。段階によって援助専門家と関わる目的やニーズが異なること, うつ症状軽快後に職場復帰への迷いの段階が存在することが明らかになった。
研究2「うつ病休業者の職場復帰プロセスに関する検討―休業時からリワークプログラム参加への準備期に焦点を当てて―」では, うつ状態により休業した人が, どのように復職準備をはじめる段階へと移行していくのかを明らかにすることを目的とした。リワークプログラムへの参加を, 復職準備をはじめる活動とみなし, 休業を経験した勤労者15名にリワークプログラム参加までのプロセスについて半構造化面接を行った。GTAによる分析の結果, リワークプログラム参加前に, 自分一人で復職準備を行うことの限界を感じつつも, 職場復帰への迷いや不安, 恐れとの葛藤が生じ, リワークプログラム参加へ踏み切れない状態が続く可能性が示された。踏み切れない状態から抜け出すきっかけとなっていたのは, 休業期限という時間的制約や経済的な問題, 事業場側の職場復帰可否判断の厳しさを知ることなどの現実的困難を認識することであった。限られた休業期間の中で復職を目的とした支援を行ううえでは, 現実的困難を認識し行動生起を促す支援もときには必要と考えられた。しかし, 踏み切れない段階が長期化し, 時間的制約や経済的制約によりやむを得ず復帰となる場合, 復職準備が不十分なために再発のリスクが高まることも考える。そのため, 休業者が抱える不安や恐れを受け止め, 理解するような, 寄り添う支援を行うことで, 無理のないかたちで復職準備段階へ移行するための支援もまた, 不可欠と考えられた。
研究3「リワークプログラム参加者はスタッフの支援をどのように復職に活かすのか―個別対応に着目して―」では, リワークプログラム参加者が, スタッフとの関わりの中でどのように復職準備性を高めていくのかを明らかにすることを目的とした。リワークプログラムは集団実施のプログラムであるが, 休業者の心理プロセスを理解し各々の状況に即した支援を実施するためには, 休業者の個別性を尊重したスタッフの対応やスタッフと休業者との人と人との関わり合いが重要と考え, リワークプログラムの中で起こる個別対応に着目し, リワークプログラムが職場復帰に向けてどのように活用されているのかを調査した。うつ状態にて休業し, 休業期間中にリワークプログラムを活用した13名 に半構造化面接を行い, GTAにより分析を行った。その結果, 『厳しさを乗り越えるプロセス』と『社会的営みを取り戻すプロセス』の2つのモデルが生成された。参加者は, リワークプログラムの中で様々な‟厳しさ”に直面し, それらを乗り越えることで自己理解や自信を獲得していた。参加者にとってスタッフは, 信頼できる援助者である一方で, 厳しさを与えてくれる存在でもあり, また, スタッフへの信頼感を糧にそれらの厳しさを乗り越えていた。さらに, スタッフとの関わりの中で, 相手の気持ちや都合を考慮し自身の行動を決定することや, 心身の状態を良好に保つことと周囲の人に気遣うことのバランスを推し量っていくことが実践され, 社会的営みを取り戻すプロセスが進んでいくことが示唆された。
第3部 個別面接とグループワークを組み合わせた職場復帰支援プログラムの作成と評価
第3部では, 第2部で得られた知見をもとに, 従来のリワークプログラムを発展させた新たな職場復帰支援の取り組みとして, 個別面接とグループワークを組み合わせた支援プログラムを作成し, その実施と評価を行う。
研究4「コンバインドリワークプログラムの実施と評価」では, 研究1~3で得られた知見をもとに, 個別面接とグループワークを組み合わせた新たな取り組みとなる職場復帰支援プログラムである「コンバインドリワークプログラム (以下, CRプログラム) 」を作成し, その実施と評価を行うことを目的とした。
CRプログラムは, 3期からなる。第1期:個別面接導入期では, 1~2週間に一度個別面接を行い, 現在の生活, 体調, 職場の状況など現在の環境について, および職場復帰に対するイメージをアセスメントし, 職場復帰準備と復帰までの道のりについて情報提供を行った。第1期でグループワーク導入の適切なタイミングをはかり, 第2期:グループワーク導入期へ移行する。ここでは, 個別面接を1~2週間に一度の頻度で継続しつつ, リワークプログラムの実施マニュアルをもとに作成したグループワークを週1回全12回実施した。そして, 第3期:フォローアップ期では, 個別面接の継続により職場復帰までの生活リズム維持と職場復帰後のフォローアップを行った。CRプログラムでは, ①復職への抵抗や不安, 恐れといった個人の内面や心理過程に寄り添い, 各々が答えを見つけることを支援するための視点と,②必要に応じて現実的な課題への直面化や行動を促すような励ましを行う視点という,両方を意識的に組み込んだ。
2013年3月~2015年4月に, 心療内科Zクリニックに通院中で, 職場復帰を考えている休業中の患者20名を対象にCRプログラムを実施した。その結果, 職場復帰した参加者が15名 (75%), 現在も休業中の参加者が3名, 退職を選択した休業者が2名であった。プログラムの中断事例は1名(5%)であった。職場復帰後3ヶ月以上経過している13名のうち, 3ヶ月以上就労継続している事例は10名 (78.5%) , 6ヶ月以上就労を継続している参加者は9名 (69.2%) であった。うつ尺度BDI-Ⅱの回答を得た15名において, グループワークの実施前後で有意な低下がみられた(t(14)=3.2, p ‹.01)。
グループワーク導入前に適切なアセスメントを行い, グループワーク導入のタイミングを見計らうこと, グループワークの実施方法や意義について具体的に説明することで, グループワーク参加における動機づけが高まると考えられた。本研究では中断事例が1名にとどまった。グループワークの中では, 厳しい現実に直面せざるをえない場面は多分に生じてくる。休業に至る経緯を振り返って自身の課題に直面することや, 同じ立場のメンバーとの比較によって落ち込むことは少なくない。CRプログラムでは, 中断する前に抱えている葛藤を話す機会が個別面接で設けられた。否定的な気持ちを受け止め, 理解し, 課題解決に向けて一緒に歩んでいくような心理面への支援は, 被受容感の獲得や, 参加者のモチベーション維持に寄与すると考えられた。
第4部 総合考察
本研究で作成したCRプログラムは, 研究1~3の3つの質的研究から得られた知見をもとに, より休業者当人の体験に沿った支援の在り方を考慮し作成した。休業を開始し, 職場復帰を現実的に考えはじめることや, 実際に職場復帰準備のために行動を起こすまでの過程において, どのような心理プロセスがあり, どのような困難が生じ得るのかを明らかにし, それらのプロセスに対応するプログラムを作成, 試行した。
個別面接, グループワークはともに寄り添う支援と行動を促す支援を実施する場となり得るが, 本プログラムで両者を併用した意義のひとつには, 援助者と休業者がともに2つの「場」を行き来することができる点にある。それは, アプローチの手法がひとつ増えるということ以上に意味のあることと考えられた。個別面接が葛藤や不安を受け止める受け皿のような「場」となり, さらに個別事例性に沿った職場復帰への筋道を示す「場」ともなる。一方で, グループワークでは様々なテーマを与えられ, 問題焦点的な「場」が設定される。さらに枠組みの中で自身の体験を振り返り, 様々な困難や課題に直面する「場」となる。グループのメンバーに理解してもらうことや共感することでグループが居場所としての「場」の機能も有する。そして, 個別面接がグループワークを眺める「場」となることで, より客観的な視点を獲得していく。このように, 2つの「場」が並行して進んでいくことで, いずれか一方の「場」の経過に呼応してもう一方の「場」が役割を変えることや, 互いの「場」がその役割を補完し合い, 様々な役割を担うと考えられた。このため, CRプログラムは従来のリワークプログラムよりも柔軟で多面的な支援を提供することができるといえるだろう。
リワークプログラムでは, 職場復帰を目標に取り組むことが前提となっている。本研究で実施したCRプログラムも同様であり, グループワークでは現在の職場に復帰した際の人間関係や職場環境を想定してワークに取り組んでいくことになるが, 現職へ復帰することの当人にとっての意味や影響を考えていくこともまた重要である。職場復帰するということは, 休業前まで就労していた環境に再び身を置くことを意味し, 時短勤務や配置換えなど環境調整の配慮があったとしても, いずれは時短勤務や残業制限も外れ, 通常勤務に戻る日が来るはずである。休業の要因として, 環境要因が挙げられる場合に, 当人の能力を十分に発揮できるような環境を整えることは必至であるが, そのうえで, 元の職場に復帰することが当人にとってどんな意味を持つのかをじっくりと考えることは不可欠な事項であり, 退職を考えている場合も同様である。本プログラムにおける第1期「個別面接導入期」において休業者がより客観的・多面的な視点を持って今後の働き方を選択できるよう支援することは, 職場復帰支援を行ううえで肝要であり, グループワークへの参加が開始された以降も継続的に考えていくべき重要なテーマであることを加えておく。