自閉症スペクトラム障害児者の家族支援に関する研究
―支援ニーズに即した家族支援の在り方の検討―
第1部 背景および目的
第1章 先行研究の概観
自閉症スペクトラム障害とは,主に社会性の障害を中心とする発達障害のことである。自閉症スペクトラム障害に関しては,家族が心理的困難を抱えていること,家族の育児負担感が高いことが指摘されている。そのため,本人に加えて,家族も含めた支援を行うことが重要である。自閉症スペクトラム障害児の支援では,家族に対して一方向的に支援を提供するのではなく,家族が主体的に生活を営めるように,家族と協働して支援を進めて行くというエンパワーメント視点に基づく支援を行うことが重要であるが,家族支援を受けることについての家族の認識は十分に明らかになっていない。また良い支援が準備されていたとしても,そこにつながるまでの家族の状況についても分かっていないのが現状である。
第2章 本研究の目的と構成
本研究では,自閉症スペクトラム障害児の家族を対象として,家族支援の現状を明らかにし,今後の支援の指針となる知見を得ることを目的とする。そのために,下記の2点について検討を行う。
- 家族支援の現状を家族・支援者双方の視点から明らかにすること。
- 家族が相談機関へと足を運ぶまでのプロセスを明らかにすること。
本論文では,1番目の目的について第2部で,2番目の目的について第3部で,それぞれ検討を行っていく。
第2部 家族支援に関する現状の把握
第2部においては,自閉症スペクトラム障害児の家族支援の現状について,家族の視点(第3章・第6章)および支援者の視点(第4章・第5章)から検討を行った。
第3章 家族支援に関する母親の認識(研究1)
第3章では,自閉症スペクトラム障害児の母親を対象として,家族支援に関する認識を明らかにすることを目的とした。家族支援尺度(家族版)を作成し,調査を行った。その結果,家族支援の要素としては,「子どもに関する情報提供」「ストレングスへの注目」「支援ニーズの把握とエンパワーメント」「スタッフによる連携」が重要であること,家族支援を受けているという認識は,子どもの年齢により違いがあること,エンパワーメントモデルに基づく家族支援を多く受けている家族は,支援に対する満足度を媒介して,生活に対する満足度にも影響を与えている可能性が示された。
第4章 家族支援に関する支援者の認識(研究2)
第4章では,自閉症スペクトラム障害児の支援者を対象として,家族支援の内容が,勤務形態,性別,職種および機関により異なるかについて検討することを目的とした。第3章で,自閉症スペクトラム障害児の母親を対象として作成した家族支援尺度(家族版)の語尾を変えて,家族支援尺度(支援者版)を作成し,調査を行った。その結果,どのような支援を多く行っているかについては,職種および所属機関,勤務形態,性別により差がある可能性が示された。
第5章 エンパワーメントモデルに基づく家族支援を行っている支援者の特徴(研究3)
第5章では,エンパワーメントモデルに基づく家族支援を多く行っている支援者の特徴を明らかにすることを目的とした。第4章で作成した家族支援尺度(支援者版)に加えて,第5章において,自閉症スペクトラム障害児およびその家族の支援に関わる支援者が,日頃の臨床の中で困難に感じる出来事に関してどの程度対応できると感じているかを測定するための自閉症スペクトラム障害児に関する対応効力感尺度を作成し,調査を行った。その結果,対応効力感尺度は,「自閉症スペクトラム障害児の特性行動への対応効力感」「家族支援に関する対応効力感」「家族との関係構築に関する対応効力感」「自閉症スペクトラム障害児とのコミュニケーションに関する対応効力感」で構成されていることが示された。そして,エンパワーメントモデルに基づく家族支援を行っている支援者は,職務満足感が高いこと,家族の心理的な面のサポートを重視した対応効力感が高いこと,エンパワーメントモデルに基づく家族支援が対応効力感と職務満足度に影響を与えていることが明らかになり,エンパワーメントモデルに基づく支援を行う事は支援者の精神的健康にも寄与する可能性が示唆された。
第6章 自閉症スペクトラム障害児の母親のストレングスに関する認識(研究4)
第3章から第5章では,エンパワーメント視点に基づく家族支援は家族と支援者双方に肯定的影響を与えることが明らかになった。エンパワーメントを促進する要素の一つとして,ストレングスに焦点を当てた支援があげられる。第6章では,自閉症スペクトラム障害児の母親のストレングスに関する認識の検討を行った。その結果,ストレングス尺度は「親のゆとりに関する認識」「ストレングスへの焦点化」「子どものストレングスの活用」で構成されていることが示唆された。さらに,母親のストレングスに関する認識および育児負担感が生活の満足度に与える影響について検討を行った結果,「子どものストレングスの活用」「親のゆとりに関する認識」「社会的活動制限の認知」が影響を与えていることが示唆された。
第3部 支援を受けるまでの家族の体験
第2部では,現在支援を受けている家族を対象として,支援に対する認識について調査を行った。そして,エンパワーメントモデルに基づく家族支援は家族の生活満足度に影響与えること,母親のストレングス視点は,母親の育児負担感を軽減することが明らかになり,早期に適切な支援につながることが重要であると考えられた。しかし,現状では,支援につながるまでに時間がかかること,支援につながらない場合もある。そのため,第3部では,現在は支援を受けていない家族に対しても支援を提供するために,すでに支援機関につながった家族を対象として,支援につながるまでの心理的プロセスを明らかにすることを目的として調査を行った。
第7章 幼児期の自閉症スペクトラム障害児の母親が支援を受けるまでの心理的プロセス(研究5)
第2部の結果を踏まえて,本章では,幼児期の自閉症スペクトラム障害児の母親が相談機関に足を運ぶまでのプロセスについて質的分析を行ったところ,15のカテゴリーが得られた。分析の結果,母親が相談に行くには,不安や困惑など情緒的な面からニーズが高まった時,対応方法など明確なニーズを持った時があることが明らかになった。そして,相談後も母親は不安を持ち続け,対応の難しさは感じているが,親の会の仲間や療育機関での支援が支えとして機能している可能性が示された。
第8章 成人期の自閉症スペクトラム障害者の家族が支援を受けるまでの心理的プロセス(研究6)
第7章の結果を踏まえて,本章では,成人期になって診断された自閉症スペクトラム障害者を家族に持つインフォーマントから得られたデータについて質的分析を行ったところ,15のカテゴリーが抽出された。分析の結果,家族は子どもが幼少期の頃から生活の中で違和感を持っていたが,違和感を打ち消す行動を行っていた。しかし学齢期以降になると,不適応行動が出現して,本人の特性を認めざるをえなくなることなどが示された。さらに,支援につながるまでの家族は,家族内のサポートや親が社会とのつながりをもつことが心理的な支えとして機能している可能性が示唆された。
第4部 総合考察
第9章 本研究で得られた知見とその意義
第2部の研究結果から,エンパワーメントモデルに基づく家族支援についての家族の認識は,育児負担感を軽減し,生活の質の向上につながることが明らかになった。特に,家族が子どものストレングスに注目をし,それを活かして対応出来るようになることが重要であると考えられた。そして,エンパワーメントモデルに基づく家族支援を行うことは,支援者の精神的健康に寄与する可能性が明らかになり,より質の高い支援の提供のために,重要であると考えられた。
第3部では,相談機関に足を運ぶまでの家族の心理的プロセスについて検討した。1点目としては,母親の相談ニーズの背景には家族が抱える不安が背景にあり,その不安は相談につながった後も,子どもの年齢に応じて不安が存在することが明らかになった。そうした不安や困難を抱える母親の支えになるものとして親の会の存在や支援者による継続的かつ子どもの特性理解を促す支援が有効であると考えられた。2点目としては,相談に行くことにより,信頼できる相談者を見つけることができ,様々なサポートを得られる一方で,母親の生活様式が大きく変わり他の家族メンバーが影響を受ける可能性もあり,家族の生活に与える影響についても適切な評価が必要と考えられた。3点目としては,家族の中で状況を共有し話し合うことは生活の中で生じる困難への対処がしやすくなること,親が社会とのつながりをもつことで,生活の中で感じる負担感が軽減されることが示された。
第10章 今後の課題
今後の課題としては,親の特性や親子の相互作用にも焦点を当てること,患者本人の視点を取り入れて検討を行うこと,家族の体験に関する構造やプロセスについて,量的検討を加えたり,他の疾患や障害との比較を通してモデルを充実させていくことがあげられる。