心理援助専門職の初学者の学習と発展に関する研究
第1部 研究の背景
第1章 問題提起と本研究の構成
第1章では,心理援助職の初学者の専門性向上が急務であるわが国において,初学者の学習の在り様に個人差が生じている現状を課題として取り上げた。そして,提供される教育・訓練と初学者の学習状況のズレが最小化され,“学ぶ人は学び,躓く人は躓く”という課題が克服されることの必要性を指摘した。
第2章 先行研究の概観
第2章では,まずは臨床心理学の学問的特徴について整理したうえで,心理援助職の学習に関する先行研究を概観した。その結果,心理援助職の学習とは,欧米においても日本においてもあまり省みられないできたテーマであること,それ故に,“初学者はどのように学びの実感を得て,どのように難しさを実感しているのか”といった初学者の「学習プロセス」や,その「個人差」に関する議論の蓄積が不十分であることが課題として挙げられた。
こうした課題を踏まえ,心理援助職の初学者の専門性向上に際しては,まずは初学者の「学習プロセス」の「個人差」をボトムアップ的に捉えることが重要であることを指摘し,本研究の導入とした。
第3章 本研究の目的と方法論
第3章では,第1章,第2章の知見を踏まえ,次の2点を本研究の目的として位置付けた。
- 初学者の学習プロセスの個人差を捉えること
- 個々の初学者のニーズに応じた教育・訓練のポイントを具体的に提案すること
また,これらの目的に適した研究方法として,本研究では質的研究法を採用した。
第2部 心理援助職の学習の在り様の多角的検討
第4章 分析の透明性と信頼性の確保のための事例研究
第4章では,分析の透明性と信頼性の確保のため,著者自身の学びを対象に事例研究を行い,心理援助職の学習において,“著者としては,個々人が,「自分なりに咀嚼してきたものを,自分なりの選択に基づいて心理援助に活かせること」が重要だと感じている”という立場を明示した。そして,『初学者一人ひとりが,自らの個性を良い形で心理援助に活かせるようになるための道筋を模索すること』を本研究の一貫したテーマとして位置付けた。
第5章 大学生のボランティア経験がもたらす学び
第5章では,心理援助職を含む“援助職”の学習のベースラインを捉えることを目的に,大学生のボランティア経験がもたらす学びについて検討した。その結果,大学生が子どもたちと自身の関わりを振り返る際の立ち位置(ポジション)が,「当時者ポジション」,「観察者ポジション」,「客観的ポジション」,「俯瞰的ポジション」の4つの段階を移行すること,それに伴い実践を捉える視点が多様化することが示された。
得られた知見は,大学生のボランティア活動であっても,心理援助職養成において重視される体験に繋がり得る“芽”が獲得されることを実証するものであると考えられた。一方,実践を捉える視点が多様化する程度には個人差が存在することが確認され,こうした個人差が,ボランティア活動による学びの限界であると考えられた。
第6章 臨床心理士指定大学院における教育・訓練がもたらす学び
第6章では,『専門的な教育・訓練を通して得られる学びは,大学生のボランティア活動で得られる学びとどのように異なるのか』というリサーチ・クエスチョンを基に,臨床心理士指定大学院修了後3カ月以内の初学者を対象に研究を実施した。その結果,『初学者の学習プロセス』は,『知識や助言に依拠する学び』と『自身の感覚や判断に依拠する学び』を両輪として,【1捉えどころの分からなさ】,【2「専門家としての未熟な自分」の感覚や判断の信頼できなさ】,【3「現時点での自分」の感覚や判断の信頼と活用】,【4個々の気づきや学びの「つなぎの視点」の獲得】,の4つの段階を行きつ戻りつしながら進行することが示された。
また,この『初学者の学習プロセス』には5つの分岐点(個人差)が存在し,それに応じて初学者は4つのグループに大別されることが確認された。本章では,これらの分岐点を基に,「個々の初学者のニーズに応じた教育・訓練のポイント」について検討し,(1)自分で感じ考えることをサポートすること,(2)“揺れ戻りの経路”の多様性に応じた教育・訓練を心掛けること,(3)主体的な試行錯誤を支えること,(4)学習の選択と限定化に注意すること,(5)多様な知識や助言を獲得できる教育・訓練環境を整えること,(6)自身の癖や至らなさの自覚と修正を促すこと,の6点を提示した。
その後,得られた知見を第5章で得られた知見と比較したところ,「専門的な教育・訓練」は,実践が“自己流”になることを予防できるという利点と,主体的な試行錯誤が妨げられうるという欠点があることが確認された。こうした特徴を踏まえ,(7)初学者がじっくりと試行錯誤できるための時間的,気持ち的なゆとりを確保できるようサポートすること,を7点目の教育・訓練のポイントに追加した。
第7章 臨床心理士としての実務経験がもたらす学び
第7章では,『臨床心理士としての実務経験を積むことによる学びは,専門的な教育・訓練を通して得られる学びとどのように異なるのか』というリサーチ・クエスチョンを基に,臨床心理士資格取得後5年未満の初学者を対象に研究を実施した。その結果,第7章の『初学者の学習プロセス』は,『知識や助言に依拠する学び』と『自身の感覚や判断に依拠する学び』を両輪として進行し,【19理論や領域を限定化した上での専門性の深化と戸惑い】を到達点とするグループと,【4個々の気づきや学びの「つなぎの視点」の獲得】を到達点とするグループの2つのグループに分岐することが示された。
本知見を第6章の知見と比較・検討したところ,第7章で得られた2つのグループは,第6章で得られた4つのグループの発展形に位置するものと考えられた。そして,第6章で見出された“『初学者の学習プロセス』の分岐点”,及び,“個々の初学者のニーズに応じた教育・訓練のポイント”に関する知見は,ともに第7章においても適用可能であることが確認された。
一方,第7章にて,臨床心理士資格取得後5年未満の初学者が抱える【18大学院での学びが通用しない戸惑い】の具体的内容として「協働」が挙げられた。これは,現状の臨床心理士指定大学院の教育・訓練の課題を示唆するものと考えられた。初学者の専門性向上のためには,初学者が「学べていない」と感じているテーマに焦点を当てて検討を深めることも重要と判断し,第Ⅲ部では,「協働」を新たなテーマとして位置付けた。
第3部 心理援助職と他職種の協働の実際
第8章 心理援助職と他職種の協働の在り方に関する文献研究
第8章では,文献研究を通して,「協働に際して心理援助職に求められるもの」について検討した。そして,“自分も含めたその場に関わる人々の個別の事情や役割,関係性,さらには場の特質も踏まえて,全体の事情を多軸的に捉えること,その上で,状況に即して柔軟に対応すること”が「協働に際して心理援助職に求められるもの」である,という結論を提示した。
また,本章で得られた知見と第Ⅱ部で得られた知見の比較から,「協働に際して心理援助職に求められるもの」の根幹に位置する部分は,これまでの臨床心理士指定大学院における教育・訓練の中でも養われ得るものであることを確認した。そして,まずはこうした理解を共有し,初学者らが現状の教育・訓練の中から最大限の学びを得られるようサポートすることが,「協働の教育・訓練のポイント」となることを示した。
第9章 若手スクールカウンセラーによる協働の実践
第9章では,小学校における若手SCの「協働の実践」について検討し,若手SCの「協働の実践」の在り様を,教師,養護教諭,管理職の対象者別に整理した。そして,得られた知見を基に,若手SCによる「協働の実践」の特徴について検討し,そこから捉えられる「協働の教育・訓練のポイント」を整理した。
その結果,「協働の教育・訓練のポイント」は,第Ⅱ部にて見出された「個々の初学者のニーズに応じた教育・訓練のポイント」と重複することが示され,今ある教育・訓練から学び得るものをしっかりと習得できるようサポートすることが,「協働の教育・訓練のポイント」となることを指摘した。これは,第8章で得られた知見にも一致するものであった。
第4部 結論
第10章 本研究のまとめと今後の課題
第10章では,本研究の結論と臨床的示唆,及び,本研究の限界と今後の課題について整理した。はじめに,本研究の結論として,(1)心理援助職の初学者の「学習プロセス」,(2)心理援助職の初学者の学習プロセスの「個人差」,(3)個々の初学者のニーズに応じた教育・訓練のポイント,の3点について,各章で得られた知見を基に改めて整理して提示した。
続いて,本研究の臨床的示唆として,次の3点を提示した。
- 初学者の専門性向上のためには,“学習環境”や“学習内容”の在り方について議論することと同等に,もしくはそれ以上に,初学者の“主体性の持ち方”や“視点の持ち方”に現れる「個人差」について議論を深めることが重要である。
- 指導者側が「何を重点的に教えるか」を取捨選択したり,固定化したりしすぎることなく,「いつ,何を,どの程度重点的に教えるか」について,個々の初学者の状況も踏まえて,柔軟に選択・調整することが重要である。
- 本研究で得られた知見は,一人ひとりの初学者が自身の学習プロセスを相対化して捉えるうえで,さらには,主体的に自分らしく学びを進めていくうえで,有用な参照枠の一つとなり得る。最後に,本研究の限界として,研究方法,研究対象者の設定,研究者側の要因,の3点から検討し,本研究で得られた知見を基に更なる検討を重ねることを今後の課題とした。