Shimoyama laboratory, Department. of Clinical Psychology, Graduate School of Education, The University of Tokyo, Japan

中野美奈 博士論文要旨(2014年)

企業における「新型うつ」の多面的理解


第1部 研究の展望

企業においてうつ病は社員の健康および企業の生産性に大きな影響を及ぼす。メンタルヘルスケアに取り組んでいる事業所の割合が増加しているにも関わらず、メンタルヘルス問題,特に働き盛りの年代におけるうつ病は依然として大きな問題であり、その多くは対人関係問題が絡んだものである。本研究ではその背景として、近年社会的注目を集めている「新型うつ」の増加に注目した。

「新型うつ」の正式な診断基準は定められておらず、本研究ではその概念的定義を「気分反応性を有し,職場など場面限定的なうつ症状を呈すること」とした。「新型うつ」に関する先行研究のほとんどは医学的な議論であり、企業という現場における実態にはあまり焦点が当てられていない。本研究では、「新型うつ」を上司、医療職、心理職などの視点をとおして多面的に理解し、その実態を把握し適切な介入法を検討することを目的とした。

第2部では「新型うつ」の部下に対する上司の関わり方を、従来型うつとの対比を通して検討した。次に第3部で、より客観的に状況を俯瞰し把握するために、本人とその周囲の社員から中立的な立場で話を聴く保健師・看護師を対象に質的研究を行った。第4部では、先行研究および研究1~4で示された「新型うつ」の特徴をもとに、「新型うつ」傾向を本人および他者の立場から測定する尺度の作成を試みた。

さらに第5部では「新型うつ」への適切な介入法を検討するために、心理職を対象に「新型うつ」事例を扱った経験について聞き取りを行った。また架空の事例を用いて心理職が望ましいと思う「新型うつ」への介入を探る質的研究も行った。最後に第6部において研究結果を総合し、「新型うつ」発現のしくみや企業としての対応、多職種での連携などについて論じた。

第2部 「新型うつ」の特徴を有する部下に対する上司の関わり方

研究1では,「新型うつ」の部下が異動あるいは復帰してきた際の上司の対応傾向に焦点を当て,それに対する部下の反応や,職場における仕事ぶりや対人関係など状態の変化の傾向を明らかにすることを目的とした。

まず先行研究や書籍に基づき,他者から見た「新型うつ」の特徴をKJ法により抽出し5項目にまとめた。その後4社の協力を得て,上司13名を対象にインタビューを行いM-GTAを用いて分析した。本研究の結果,「うつ病」の診断書は絶大な影響力を発揮し,上司の腫れ物に触るかのような対応を導く傾向にあること,上司が「引き出し行為」や「背中押し行為」など成長支援を行った場合,当該部下の状態が改善する傾向にあることが示された。

研究2では,研究1と同様の調査を従来型うつ病の部下を持った経験のある上司9名を対象に行い、研究1の結果と比較した。従来型のうつ病の場合,社内教育で学んだ対応方法を順守することが部下の状態の改善へとつながることが示唆された。しかし当該部下に回復への焦りが生じることも多く、その結果状態の悪化や,症状の足踏みに陥ることも多々あることが示された。そういった部下の状態悪化を早めに気づくこと、具体的には積極的なコミュニケーションと日頃の目配りが重要であることが示唆された。

研究3では,「新型うつ」の特徴を有する社員,あるいは従来型のうつ病を患う社員が異動あるいは復職して来た際に生じる,上司の心情や物理的・精神的負担を比較しつつ明らかにすることを目的とした。分析対象データは,研究2の調査対象者9名分のデータに研究1の調査対象者13名分のデータを追加した。

研究1および研究2と同様,データ分析にはM-GTAを採択した。研究3の結果,上司は「新型うつ」への対処法について迷いがちであること,また,うつ病を意識しすぎない上司が,「引き出し行為」や「背中押し行為」などの成長支援を行う傾向にあり,それが「新型うつ」の状態改善へと導く可能性が示唆された。

第3部 本人視点を含めた,より多面的な「新型うつ」の理解

研究4では,「新型うつ」の社員が職場での「うつ状態」に至るプロセスと,発症後の特徴を明らかにすることを目的とし,中立的な立場で職場関係者から話を聴いた保健師や看護師10名を研究対象とした。得られた言語データはGTAを用いて分析した。

研究4により,社員が「新型うつ」の特徴を有するプロセスにおいて,当該社員には元々コミュニケーションが不得手な傾向にあることが示された。この未熟な対人能力と,学力や学歴などによるプライドの高さも要因となって,社内において様々な問題やトラブルが生じるたびに,「打たれ弱さ」「評価への過敏さ」「柔軟性不足」「自己愛」といった特徴が目立つようになり,それら特性ゆえに小さな傷つき体験が蓄積されていくと考えられる。

また「新型うつ」発現後は,「他罰傾向」と「問題からの回避」の二つが大きな特性となること,多くの場合「うつ」の症状は決して重症ではないことが明らかとなった。

第4部 「新型うつ」尺度の作成(本人用および他者用)

研究5の目的は自己記入式の「新型うつ」傾向評価尺度を作成し,信頼性・妥当性の一部を検討することであった。先行研究や一般書籍の「新型うつ」に関連する特徴をKJ法で整理し,臨床心理専門家10名および企業の管理職社員数名による精査を受け23項目が作成された。また「新型うつ」症状を想定する項目についても同様の手順を行い4項目が作成された。

本調査では大学生349名を対象に質問紙調査とデータの探索的因子分析を行った。その結果,「評価過敏傾向」因子,「他罰傾向」因子,「打たれ弱さ傾向」因子が見出された。確認的分析ではχ2=222.878,df=87,p ‹ .001,GFI=.920,AGFI=.890, RMSEA=.067と,ほぼ十分な適合度が示された。「新型うつ」傾向評価尺度の下位尺度は互いに有意な正の相関を示した。

自己愛的脆弱性尺度(NVS)との関係では,「他罰傾向」と「潜在的特権意識」が,NVSの下位尺度全てと「評価過敏」とが、比較的高い正の相関関係にあった。「新型うつ」傾向評価尺度と「新型うつ」症状を想定する項目との相関は,傾向評価尺度の下位尺度すべてが、場面限定的なうつ状態を表す項目と有意な正の相関関係にあった。また「評価過敏傾向」は、気分反応性を示す項目と有意な負の相関関係にあった。

研究6の目的は「新型うつ」の他者用尺度の作成を目的とした予備調査を行うことであった。他者の目で判別可能な「新型うつ」の項目群を作成し,臨床心理専門家7名および企業の管理職社員数名による内容の確認を受け,18の項目が作成された。「新型うつ」傾向を示す質問項目についても、同様の手順で4項目が作成された。

質問紙調査の対象者は,一般企業に就労している98名であった。探索的因子分析の結果、「不安が高く他罰的・傷つきにくい」と「ネガティブな努力家・傷つきやすい」の2因子構造が見出された。各下位尺度のα係数はα=.79とα=.73であり、傷つきやすさを示す項目のほとんどが「新型うつ」症状を想定する項目と正の相関関係にあった。

本研究結果から、「新型うつ」には傷つきやすさや打たれ弱さが大きく関わっていること,不安が高くても,他者の言動で傷つきにくく問題を他者に帰属する者は「新型うつ」になりにくい可能性が示唆された。また,問題解決のために前向きに努力しているように見えても,他者の言動にネガティブな認知を持ち些細な事で傷つきやすい者は場面限定的なうつ状態に陥りやすい可能性が示唆された。

第5部 「新型うつ」に対する心理職による介入(質的研究)

研究7では臨床心理士など心理職が「新型うつ」を担当した際,面接において何を感じ,どのような介入を行うのかなど,その体験および感想や気づきを明らかにすること,研究8では心理職が考える望ましい「新型うつ」介入を,架空の事例を用いて調査することを目的とした。調査対象は「新型うつ」を複数担当した経験を有する8名であった。得られたデータはGTAを用いて分析した。

研究7の結果,多くの心理職はクライエントのアンビバレンスや現実検討力の低さに強い印象を受けること,「新型うつ」に対して従来型とは異なる「腑に落ちない」感じを抱き,傾聴のみでは他罰傾向を強め「らちがあかない」と判断する傾向にあることが示唆された。

研究8の結果、「新型うつ」への介入としては「現実問題対処」で現実の問題解決策を検討するとともに,内的成長を促す気づきの支援が望ましいことが示唆された。現実問題対処が推奨される理由として,傾聴のみでは愚痴を聴くだけになりがちなこと,認知の歪みへの積極的介入が難しいことが考えられる。クライエントが自己の認知を考えたい,対人関係を改善させたいなどの要望を持たない場合,「現実問題対処」の介入だけでよいと考える心理職が多いことが示された。

第6部 総合考察

第6部では,研究結果を総じて、企業における「新型うつ」の実状について得られた知見を整理し、企業における望ましい対応方法や心理職としての役割および他職種との連携の必要性などを論じ、さらに「新型うつ」尺度の活用法などを提案した。

「新型うつ」発現と維持のしくみとしては、回避傾向をメインとする特徴と、その特徴ゆえに他者からの理解困難や対人関係問題が生じ、その結果職場での抑うつや身体化,行動化の頻発が生じる悪循環の流れを示した。企業での対応の提案としては、研修などを通しての多様な「うつ」についての情報提供や上司による部下の成長支援促進の必要性を主張した。

加えて、本研究で作成した尺度の活用方法について提案し、また、復職後の仕事復帰モデルを提示した。さらに「新型うつ」の他罰傾向や甘えの問題について得られた知見をもとに筆者の考えを論じたうえで、心理職としての望ましい介入や多職種との連携のありかたを提案した。