Shimoyama laboratory, Department. of Clinical Psychology, Graduate School of Education, The University of Tokyo, Japan

野中舞子 博士論文要旨(2014年)

児童・思春期における強迫スペクトラムへの支援の検討

トゥレット症候群を中心として


第1部 問題と目的

強迫スペクトラム障害とは,ある考えや衝動へのとらわれと反復行動に特徴づけられる強迫性障害をはじめとした複数の精神疾患の連続性を想定して提唱された概念である。その発展に大きく寄与してきたのはトゥレット症候群をはじめとしたチック障害と強迫性障害の遺伝的・生物学的な関連の強さを指摘する先行研究の蓄積である。こうした連続性を想定した概念が提唱されたことで,カテゴリカルな診断にとらわれず,近縁の疾患の特徴を加味した支援が可能になると考えられ,今後ますます重要となるだろう。

支援という観点で,強迫スペクトラム障害の中で研究の蓄積が求められるのは,チック障害をはじめとした認知的プロセスの関与を欠いた運動性の一群(以下,Motoric強迫スペクトラム障害)だと考えられる。なぜなら,複雑な認知過程をあまり伴わず,こだわりや自我親和性の高い反復行動で特徴づけられるため,通常の強迫性障害への治療と同一の支援が第一選択となりにくいからである(第1章)。

こうした自我違和感の低い強迫スペクトラム障害は特に早期発症の強迫性障害との関連が深いと考えられている。強迫性障害のうち半数以上が,児童・思春期の間に発症し,その後慢性化する者も少なくないことを考えると,児童・思春期におけるMotoric強迫スペクトラム障害への支援が発展することは,その後の重症化の予防のためにも重要だと考えられる(第2章)。

そこで,本研究では,児童・思春期におけるMotoric強迫スペクトラム障害への支援の発展を目指すこととした。そのために,まず,はじめに,我が国の児童・思春期における強迫スペクトラム障害全体の特徴をつかむために,強迫性障害を対象とした支援を中心とした検討を行うこととした。その上で,Motoric強迫スペクトラム障害の中でも,特に強迫性障害との関連の深さが示されているトゥレット症候群を中心としたチック障害を対象として,心理―社会的な側面に注目した研究を行うこととした(第3章)。

第2部 児童・思春期の強迫性障害への支援の検討

はじめに,我が国の児童・思春期の強迫性障害の支援において求められている研究を明らかにするために,文献による検討を行った(第4章)。その結果,児童・思春期においては特に,曝露反応妨害法を中心とした認知行動療法による支援が求められているものの,我が国における支援の検討は限定されており,援助者の提供も追いついていない現状が示された。その結果を受けて,第2部では認知行動療法による支援の発展を目指した研究,及び強迫症状を有する来談者の特徴の分析を行うこととした。

研究1(第5章)では,曝露反応妨害法を中心とした認知行動療法プログラムの効果と介入効果に影響する要因の検討を行った(n=36)。研究1の結果,プログラムの前後で強迫症状の有意な改善が確認された。また,曝露反応妨害法に家族調整を併用している者が多く,環境の調整の重要性が示された。加えて,広汎性発達障害の特徴を有するものは独特の経過をたどる可能性が示された。

研究2(第6章)では,強迫症状を主訴に来談した者を対象に特徴の分析を行った(n=49)。その結果,症状ディメンジョンによって来談者の特徴が異なることが示された。また,併発症ごとに特徴の差異を検討すると,広汎性発達障害を有している者は,汚染や洗浄の症状を有する者が多く,チック障害を有している者は反復行動の症状を有する者が多かった。具体的な経過を交えて検討した結果,併発症ごとに呈する症状の状態が異なるため,症状ごとの対応が求められることが明らかとなった。第2部の結果から,児童・思春期に強迫症状を主訴として来談する者には広汎性発達障害やチック障害に強迫症状を伴う者がしばしばいるため,そうした対象への支援の工夫が求められることが示された。

第3部 チック障害への支援の検討

第2部の結果を受けて,第3部では,チック障害,その中でも衝動性・強迫性を共に特徴として有するトゥレット症候群を対象として,併発する強迫症状の影響に焦点を当てた支援に寄与する研究を行うこととした。

はじめに,チック障害への支援についての先行研究を概観した(第7章)。その結果,近年行動療法の有効性に注目が集まっていること,有効な行動療法の中でもハビット・リバーサルの効果は特に高いと考えられること,個人を対象としたハビット・リバーサルだけではなく,症状の文脈や環境に注目した研究が近年増えていることが示唆された。

研究3(第8章)では,ハビット・リバーサルを中心とした包括的なチックへの介入プログラムの我が国での効果を検討し,そのプロセスを分析した。トゥレット症候群患者(n=7)を対象に介入した結果,チック症状やチックに伴う社会機能の障害の有意な改善が確認された。それとともに,チックに対する主観的な苦痛も改善することが示された。一方で,汚言症に伴うチックへの主観的な苦痛が下がりにくいことが示唆された。

研究4(第9章)では,研究3から,①汚言症を有するものは,その症状の性質から強迫症状をより有しやすいという仮説,②チックの症状自体よりも,本人のチックへの主観的な困り感が不安や抑うつのような二次的な心理的困難に影響を与えるという仮説が得られたため,その検討を行った。トゥレット症候群患者に対する質問紙調査の結果(n=44),汚言症を有している者のほうが有していない者よりも強迫症状が有意に高いという結果が得られた。また,不安症状と抑うつ症状を予測する臨床症状について検討した結果,不安症状は本人のチックへの捉え方と強迫症状によって,抑うつ症状は運動チックの重症度と強迫症状によって予測されることが示唆された。

第3部の結果を受けて,チック症状に対する本人の捉え方の重要性が示唆され,その捉え方には周囲との関係が影響している可能性が示された。そのため,第4部において,児童・思春期における重要な環境である,家族と学校に注目してチックに対する認識やチック症状によって周囲に生じる影響を検討した。

第4部 社会の中でのチック障害

研究5(第10章)では,トゥレット症候群の子どもを持つ母親(n=5)を対象として,トゥレット症候群を有する子どもの保護者の心理過程について質的研究により明らかにした。その結果,母親の心理過程として,【違和感を抱く】【症状に戸惑う】【症状と向き合う】【見守る】という4つの時期の存在が明らかとなり,その時期ごとに求められる臨床心理学的な支援について考察することができた。

研究6(第11章)では,研究5で示したような心理過程が,保護者の精神的健康にどのように影響しているのか,また本人とどのような心理的相互作用が生じやすいのかを質問紙調査によって検討した(n=61)。重回帰分析の結果から,年齢と社会からの孤立感が保護者の精神的健康を予測することが示唆された。また,本人と保護者の相互作用に着目すると,本人のチックへの対処満足度と保護者のチックに対する動揺と社会からの孤立感が,子どものチックに対する捉え方には保護者の社会からの孤立感が,それぞれ中程度の相関を示していた。以上から,保護者の社会からの孤立感を軽減することは,母子ともに支援することにつながるため,特に必要だと考えられた。

研究7(第12章)では教員を対象とした調査研究を行った。チックやトゥレット症候群がどの程度認知され,どのように認識されているのかを検討した予備調査の結果からは,学校現場ではチックについての理解は広くなされているが,トゥレット症候群という言葉を知っていると回答した教員の割合は通常学級では2割を下回ることが示された。

また,トゥレット症候群について知っていると回答した者の割合が高かった通級指導教室の教員でも,対応方法について知りたいと回答する者の割合が高いことが示された。対応方法へのニーズに対応するために行われた本調査では,音声チックを呈する児童を対象とした場面提示法で対応について調査した。その結果,チックについては触れないという対応が広く浸透していること,対応が必要な場面ではまずは保護者に相談する教員が多いこと,本人の意思を尊重しながら対応する教員の多さが示された。

第5部 総合考察

第3部と第4部の研究結果から,チックに対する支援モデルを提示した。素因として,感覚現象と強迫性を想定しながらも,チック症状を発症したことにより,本人・保護者・教員にそれぞれどのような影響が生じるかを明らかにし,包括的な支援について論じた。特に,本人のチックに対する主観的な困り感は,保護者が社会的な孤立感を抱いているときに高まることが示され,そうした保護者の孤立感を軽減する支援は優先されると考えられた。

また,強迫性をひとつの発達特性として捉え直す必要性について述べ,その結果として,強迫症状を治すことに強迫的になりすぎないことの重要性と予防的な介入への可能性を提示した。最後に,強迫スペクトラム障害は,器質的な要因が想定される疾患であるからこそ,周囲の人々に及ぼす影響,身近な環境にいる人の視点やニーズを明らかにしていくことで,結果的に子どもへの支援の発展につながることについて論じた。