国際化する大学に求められる留学生支援とは何か?
多様性に対応するサービスの構築
加速するグローバル化の波の中で,新たな時代を生き抜く人材の育成に社会的な注目が集まっている。高度人材としての留学生に対して産業界からの関心も高まっており,留学生受け入れの拡大が国主導で進められている。こうした中,多くの大学は,留学生の受け入れを通じた大学の国際化に積極的な姿勢を示している。
留学生数の増加に伴い,キャンパスにおいては,学生の文化的言語的多様性を前提として仕組を構築していくことが必要となっている。本研究においては,大学の抱える国際化にむけた様々な対応課題の中でも,学生支援の側面に焦点を置き,留学生のニーズに適合した学生支援サービスの形を問い,またその実現に向けた道筋を示すことに取り組んだ。
まず第I部第1章においては,我が国における留学生受け入れ理念と留学生支援に関する取り組みの変遷について整理し,戦後長らく国際親善・国際貢献を中心的な理念としてきた留学生の受け入れが,自国への貢献可能性を重視したものへと急速に転換している現状を示した。さらに国策主導で進められてきた留学生支援の体制整備は,留学生政策の力点の置き方に影響を受けやすく,近年の留学生受け入れ理念の変化によって,取り組みが停滞している可能性を指摘した。
高等教育のユニバーサル化によって学生層の多様化が進む中,学生支援に求められる役割は変化している。また留学生受け入れにおいて生じている課題は,グローバル化に伴う社会全体の対応課題でもある。留学生支援の問題を,留学生と援助者の二者間の次元でのみ論じるのではなく,今日の社会的状況の中に位置づけ,多様なニーズに応じることが出来るサービスの構築という視点で捉えていくことが必要とされている。
第2章においては,こうした課題状況を踏まえ,相応しい研究アプローチについて論じ,研究全体の構成と方法論的特徴とを示した
第II部と第III部では,サービスを提供するホスト側の視点から,留学生支援の実態と課題を検討した。まず第II部第3章において,多文化に対応した心理援助について,援助要請行動と多文化カウンセリングの概念を中心に,主に北米における研究の知見を整理した。文化的に適切な心理援助を実現するためには,想定される利用者と社会のニーズを明らかにし,それらに合致した方策を用いてサービスを構築していく必要があることを示した。第4章においては,日本国内で在住外国人支援に従事した経験を持つ心理援助の専門家にインタビュー調査を行い,多文化に対応した心理援助サービスの国内の実態と課題の把握を行った。組織・地域への働きかけや,カウンセリングに馴染みのない対象者に対する援助など,在住外国人の多様なニーズに応じたサービスの実現が課題となっており,専門家が職能を発揮し,多文化に対応した実践を発展させていくためには,周囲の理解,関係者との協働のしやすさ,多文化対応の職能育成機会など,実践を支える仕組みが必要とされていることを明らかにした。
続く第III部では,大学という場において,留学生という特定の対象に対して行われるサービスに焦点を置いた。まず第5章で,留学生の学生支援サービスの利用に関する国内外の先行研究から得られた知見を整理した。また援助サービスのありかたを問う視点や,留学生集団内の多様性を踏まえた視点が先行研究においては不足していることを指摘した。続く第6章・7章においては,国内の大学の学生相談機関を対象に質問紙調査を行い,留学生を対象とした学生支援サービスの現状を,組織的・システム的側面と専門家の意識の側面から明らかにした。その結果,国内の大学においては,留学生支援を通常の学生相談の枠組みの中で統合的に担う体制と,分業あるいは分離した形で担う体制とがみられたが,留学生にどのようにサービスを提供するのか,方針が明確ではない場合が多かった。さらに学生相談に従事する専門家の半数以上が,言語や文化の差異を理由に,留学生対応に対して不安や戸惑いを表明していた。
第IV部と第V部では,学生支援サービスに対するニーズを,留学生側の視点から検討した。まず第IV部では,留学生が来日後に援助を必要とする場合に,大学の学生支援サービスを含む,様々な援助資源をどのように使っているのかを明らかにした。第8章では,留学生が渡日後に体験した悩みや困難の程度と相談資源の利用頻度を質問紙調査によって明らかにし,滞在期間や日本語力といった要因よりも,学生の出身地域による影響が強く見られることを示した。異文化での生活適応に関する困難は,出身地域による差が明確ではなかったのに対して,個人的な問題や研究・進路,経済的問題は,いずれも東アジア出身者が他地域出身者よりも強く困難を認識していた。悩みや困難への対処には,教職員への相談や大学が提供するサービスの利用よりも,家族や友人などのインフォーマルな相談資源が利用される傾向が,いずれの地域出身者にも共通して示されたが,誰にも相談しない学生や相談できる資源の選択肢が限られる学生の存在も同時に明らかになった。第9章においては,来室型の留学生対象の相談室を事例として取り上げ,利用者データを分析することを通じて,留学生集団の多様なサービス利用形態を明らかにした。さらに留学生の特徴や留学生を取り巻く環境の変化に応じた働きかけを行っていくこと,心理的側面に限定されない,様々な側面から留学生を支える多機能性を有することにより,留学生にとって利用しやすいサービスが実現できる可能性を示した。
必要性が認識されても学生支援サービスの利用が抑制される傾向に対して,その利用抑制の仕組みを明らかにすることがサービスの改善に向けて必要であるため,続く第V部においては,学生支援サービス利用に対する学生側の認識を検討した。まず第10章では,留学生を対象とした質問紙調査を実施し,学生支援サービス利用の障壁要因とその出身地域による多様性を明らかにした。サービス利用の障壁には,スティグマへの心配,サービス内容の理解不足,文化的呼応性への懸念,援助関係形成への不安の側面があることが明らかとなった。また,サービスの内容を良く知らないことを利用の障壁と見なす傾向には出身地域による差がないのに対して,文化的呼応性への懸念や,援助関係形成に対する不安,スティグマへの心配の程度は,出身地域により異なっていた。さらに,援助資源の存在の認知や日本語力の程度によって,出身地域による影響に差が見られ,資源について知っていることや,日本語力が高いことが,学生支援サービス利用の障壁認知の軽減につながる集団と,つながらない集団がある可能性が示唆された。
こうした留学生集団内の多様性を踏まえ,サービス利用を促していくためには,懸念や不安が留学生個々人の中でどのように生じるのかを理解することが必要である。そのため続く第11章では,留学生はどのような視点からサービスを評価しているのか,その評価は何によって影響をうけ,最終的に学生支援サービスへのアクセスや利用の回避をもたらすのかを留学生に対するインタビュー調査によって検討,学生が相談資源にアクセスし,相手を信頼できる相談相手と見なし,心を開いて悩みを開示するまでのプロセスを「留学生の学生支援サービスの利用の二段階モデル」として提示した。相談資源の相応しさの定義や,相応しい資源であるかどうかを見極める基準が学生によって異なっており,中でも学生支援サービスの相応しさの評価においては,サービス提供者の専門性が重視される場合と,サービス提供者との関係性が重視される場合とがあった。さらに,専門的な心理援助サービスが母国社会でどの程度浸透しているのか,日本文化や日本人と日常的にどのような関わりを築いているのかといった要因が,見極めのプロセスには影響を及ぼしていた。またサービスへのアクセスがなされた後も,専門家の援助資源としての相応しさに対する確認作業が引き続き行われ,その結果相談が早期に中断される場合もあった。得られた仮説モデルを,学生相談領域における日本人学生を対象とした研究と比較しながら,留学生のサービス利用の特徴の独自性と共通性について考察するとともに,第12章においては,来室後に中断が生じた面接事例について仮説モデルを用いて検討し,仮説モデルが事例理解の深まりに役立つことを確認した。
第VI部においては,第I部から第V部までの結果を踏まえて,大学の国際化に伴い多様化する学生のニーズに対応するため, 実現すべき学生支援サービスの形について提案を行い,さらにサービス構築において,大学コミュニティの構成員が果たすべき役割を示した。さらに研究の意義について,実践的側面と理論的発展の側面から考察を加えたのち,研究の限界と今後の課題について述べた。
以上,本研究では,留学生支援を様々な次元・側面から捉え,さらに実践から得られたデータと調査によって得られたデータを統合し,既存の留学生支援の実態と課題を明らかにした。
それにより,留学生,大学コミュニティ,心理援助の専門領域の現状を踏まえながら,適切なサービスの形態について検討していくことが可能となった。また,多様性に対応可能な学生支援サービスの実現に向けた課題と,大学が担うべき役割を具体的に示すことが出来た。