Shimoyama laboratory, Department. of Clinical Psychology, Graduate School of Education, The University of Tokyo, Japan

平野真理 博士論文要旨(2012年)

傷つきから立ち直る力は高められるか

レジリエンスの資質的要因・獲得的要因をふまえた検討


第1部 研究の展望:レジリエンスは誰もが身につけられるか?

同じようにストレスフルな体験をしても,精神的な傷つきからすぐに立ち直ることができる人と,なかなか立ち直れない人がいる。傷つきから立ち直る力のことをレジリエンス(resilience)と呼ぶが,このレジリエンスは,個人の持っている楽観性などのパーソナリティをはじめとした様々な「レジリエンス要因」によって導かれるとされている。そのため,いくつかのレジリエンス要因を身につけていくことによって,傷つきから立ち直る力を高めることができると考えられている。しかし近年の研究では,個人のパーソナリティには生まれ持った生物学的基盤と関連の強い「気質」が存在することが指摘されており,レジリエンス要因は必ずしも後天的に身につけられるとは限らないと言える。にもかかわらず,そのようなレジリエンス要因の身につけにくさについては,これまでほとんど注目されてこなかった。レジリエンスを高めることを目指した臨床心理学的介入を行うためには,そのようなレジリエンス要因の生得性に配慮したアプローチを行う必要があると考えられる。

そこで本研究では,レジリエンス要因の中でも生得的な気質と関連が強く,身につけることが難しい要因を「資質的要因」,発達の中で身につけやすい要因を「獲得的要因」と呼び,もともと資質的要因の少ない人が後天的にレジリエンスを高めるために必要な臨床心理学的サポートのありかたを検討することを目的とした。そのためにまず,第2部では,レジリエンス要因の資質的要因と獲得的要因の分類を行い,身につけやすいレジリエンス要因である獲得的要因を明らかにした。次に第3部では,獲得的要因だけを身につければレジリエンスを高められるのかを検討するために,資質的要因・獲得的要因の特徴・機能についての比較を行った。第4部では,資質的要因と獲得的要因がそれぞれどのようなレジリエンス,すなわち傷つきからの立ち直りを導くのかをより詳細に検討にするために,質的分析により探索的な検討を行った。そして第5部において,研究結果を総じて資質的要因の少ない人への臨床心理学的介入のあり方を考察した。

第2部 レジリエンスの資質的要因・獲得的要因とは何か

第2部では,「レジリエンス要因の中から,資質的要因と獲得的要因を分けて捉える」という目的のもと,資質的要因・獲得的要因を分類し,その指標となる尺度を作成した。

研究1において,まず先行研究の多様なレジリエンス要因の概念を整理するとともに,既存尺度の項目から,Cloninger(1993)の気質-性格理論を反映したTemperament Character Inventoryを分類基準として,「気質(生得的なパーソナリティ)」と関連の強い要因と,「性格(後天的なパーソナリティ)」と関連の強い要因を抽出し分類した。そして,大学生らを対象とした質問紙調査(N=759)によりレジリエンスの資質的要因と獲得的要因を分けて捉える二次元レジリエンス要因尺度を作成し,資質的要因として「楽観性」「統御力」「社交性」「行動力」,獲得的要因として「問題解決志向」「自己理解」「他者心理の理解」を含む二次元構造が確認された。

研究2では,作成された尺度および,資質的要因・獲得的要因という下位尺度の妥当性を,双生児56組に対する質問紙調査により検討した。その結果,資質的要因は一卵性双生児の間で高い相関が見られ,二卵性双生児では相関が見られなかったことから,環境よりも遺伝的影響の方が大きく寄与している可能性が示唆された。一方,獲得的要因については,一卵性双生児・二卵性双生児に差がなく,同じように相関が見られたことから,共有環境もしくは非共有環境の影響が大きく遺伝的影響は少ないことが推測され,下位尺度の妥当性を支持する結果が得られた。

第3部 資質的要因・獲得的要因の比較

第2部で資質的要因と獲得的要因の分類を行い,後天的に身につけやすいレジリエンス要因のいくつかが明らかになったが,ここで明らかになった獲得的要因だけを身につければ,レジリエンス,すなわち傷つきから立ち直る力を高められるのだろうか。それを明らかにするためには,資質的要因と獲得的要因の特徴や効果を比較する必要があると考えられる。そこで第3部では,資質的要因・獲得的要因それぞれの,ライフイベントを経た時間的変化,および心理的なリスクとの関係,リスクを緩和させる効果といった特徴について比較検討することで,資質的要因と獲得的要因を同等に扱ってよいのか,そうではないならばどのような違いがあるのかを探ることとした。

研究3としてまず,資質的要因・獲得的要因がライフイベントを経てどのように変化するのかを比較検討するために,3ヶ月の間をおいて2回の質問紙調査を実施した(N=57)。その結果,資質的要因・獲得的要因はいずれも時間的安定性が高く,ライフイベントの影響を受けにくいことが示された。しかし,何か目標を達成できた経験があると,獲得的要因である「自己理解」が高くなる可能性が,わずかに示唆された。

次に研究4において,資質的要因・獲得的要因の,心理的なリスクへの効果を比較するために,ストレスを人よりも感じてしまいやすい「心理的敏感さ」というリスクを取り上げ,質問紙調査により検討した(N=435)。その結果,心理的敏感さのリスクが高い人は資質的要因を持ちにくい傾向が見られたが,獲得的要因については心理的敏感さとの関連が見られず,リスクを持っていても高めていける可能性が示された。また,心理的敏感さの持つ負の効果に対する,資質的要因・獲得的要因の緩衝効果を検討したところ,資質的要因には,心理的敏感さの負の影響を緩和させる効果,すなわちリスクへの防御推進機能があることが示されたが,獲得的要因には,リスクの持つ影響を緩和させる効果は見られなかった。すなわちリスクの防御という観点においては,もともとの資質的要因の有無が重要となることが示唆された。

第4部 資質的要因・獲得的要因の導くレジリエンスとは

第3部の研究を通して,資質的要因と獲得的要因の機能に違いが見られたことから,それぞれの要因が導くレジリエンスのあり方,すなわち傷つきからの立ち直りのあり方について,より詳細に検討する必要があると考えられた。そこで第4部では,資質的要因・獲得的要因がそれぞれ“どのような”レジリエンスを“どのように”導くのかを知るために,テキストマイニングとKJ法という,異なる特徴を持つ2種類の質的分析方法を用いて,「傷つきからどのように立ち直ったか」に関する記述から探索的に検討した。

研究5では,自由記述(N=670)のテキストマイニングから,傷つきからの立ち直りが2つの軸によって解釈され,対応分析の結果,資質的要因と獲得的要因は,それぞれ「対処の豊かさ」と「他者への表出」という異なる方向性のレジリエンスと関連している可能性が示された。

続いて自由記述(N=269)をKJ法により分析した結果,「積極的コーピング」(問題から積極的に離れる/問題に積極的に向き合う),「消極的コーピング」(考えない/その場に留まる),および「周囲のサポート」(「居てもらう」サポート/「聴いてもらう」サポート/「教えてもらう」サポート)のカテゴリーが得られた。そして,資質的要因の高い人は,「問題に積極的に問題に向き合う」という積極的コーピングを用いる一方で,資質的要因の低い人は,「その場に留まる」という消極的コーピングを用いる傾向が見られた。また,資質的要因が低く,かつ獲得的要因も低い人は,「聴いてもらう」サポートを求める傾向が見られたが,資質的要因が低くても獲得的要因の高い人は,「教えてもらう」サポートを得ながら,「積極的に問題に向き合う」対処を行っていることが推測された。

第5部 総括:資質的要因の少ない人への臨床心理学的介入の検討

第5部では,研究結果を総じて,本研究の目的である「もともと資質的要因の少ない人が,後天的にレジリエンスを高めるために必要なサポートのあり方を検討する」という本研究の目的に沿って,資質的要因の少ない人への臨床心理学的介入のあり方を考察した。

まず,レジリエンスの資質的要因・獲得的要因の個人差をふまえた臨床心理学的介入という観点から,①レジリエンス要因の中には,後天的に身につけにくいパーソナリティもあり,同時に,レジリエンス要因を身につけられるかどうかには個人差があるという視点を持つ,②個人の生まれ持った資質を活かしたレジリエンスを引き出す,③資質的要因を多く持つ人には,様々な対処(コーピング)を用いて問題に向き合っていけるようにする,④資質的要因の少ない人には,まず「聴く」サポートによって,本人が「教えてもらう」サポートを求めていけるような移行の段階を想定する,という提言を行った。

次に,本研究の結果から考えられうる,レジリエンスを高める具体的な臨床心理学的介入のステップを提案した。まずステップ1において,「個人の持つ資質的レジリエンス要因のアセスメント」を行い,資質的要因を多く持つ場合には,ステップ2として「『強み』を活かすサポートの提供」を行う。一方,資質的要因が少ない場合には,「『聴いてもらう』サポートの提供」によって,消極的コーピングによる当面の立ち直りを支えつつ,獲得的レジリエンス要因の強化とともに本人の動機づけや援助要請能力を高める。その後ステップ3として,「教えてもらう」サポートの提供を行い,本人が消極的コーピングを行いながらも,積極的コーピングも用いて成功を重ねる体験を支えることで,もともと「立ち直れない」人々の「立ち直る力」を高めていけることが期待される。