がん患者の終末期における予後告知に際する家族支援に関する研究
エビデンスにもとづいた支援ツールの開発
第1部 問題と目的
日本におけるがんの罹患数は増加の一途にあり、がん医療は心理学においても重要な領域の1つとなりつつある。また近年、がん患者の家族支援の必要性が注目されるようになってきた。がん患者家族が特に大きな苦痛をともなう課題として、予後告知があげられる。しかし、家族に対する予後告知をあつかった研究はほとんどおこなわれておらず、告知の指針だけでなく、家族に対する予後告知の実態さえも明らかとなってはいない。
そこで本論文では、予後告知に関する家族の体験を明らかにし、エビデンスに基づいた支援ツールを開発することを目的とする。まず第2部では、患者家族に対する予後告知の実態、および告知にともなう家族の体験について明らかにする。このことにより、予後告知に関連する家族支援の要点を明確化するとともに、ツール開発のための基礎的資料を収集する。次いで第3部では、第2部で得られた知見をもとに、予後告知に関する家族支援ツールを開発する。最後に第4部において、成人がん患者家族を対象として得られた支援指針の、小児がん患児家族への応用の可能性を探るための研究をおこなう。全体をとおし、予後告知に際する、エビデンスにもとづいた包括的ながん患者家族の支援について提言することを、本論文の最終的な目的とする。
第2部 家族支援に向けた基礎的資料の収集
第2部では、日本における予後告知の実態を明らかにするための研究をおこなった。上述のように、家族への予後告知に関する研究はほとんどなされておらず、家族に対する予後告知の実態および、予後告知が家族にもたらす影響については明らかとなっていない。そこで、支援指針の検討にあたり、第一歩として、予後告知の現状について明らかにすることが必要であると考えられた。
まず研究1において、遺族を対象として面接調査をおこない、患者家族に対する予後告知の実態および、予後告知に対する遺族の評価について探索した。その結果、家族に対してのみ予後が伝えられることが多いこと、患者に対する予後の伝え方は家族が決定することが少なくないこと、予後告知の有無に関わらず肯定的評価と否定的評価の双方が得られることが明らかとなった。したがって予後告知に関連する家族支援としては、①家族に対する告知方法の改善、②患者への伝え方を検討する際の意思決定支援、③告知後の適切なフォロー、という3点に焦点化することが有効であると考えられ、研究2以降においては、以上3点を軸とすることとした。
研究2では、どのような医師の態度や告知の方法が、遺族の評価と関連するか、ということを明らかにし、遺族の視点から見た望ましい予後告知の方法について、具体的に提言することを目的とし、遺族を対象とした質問紙調査をおこなった。その結果、①充分な情報量で、②希望を失ったとは感じられず、③将来への備えに役立ったと感じられ、④「何もできない」と言われることがなく、⑤患者の意思が尊重されると伝えられることが、遺族の高い評価と関連することが明らかとなった。
また研究3では、家族自身および患者に対して予後告知がおこなわれる、あるいはおこなわれないことによって、家族にもたらされる体験を探索することを目的とし、遺族に対する面接調査を実施した。その結果、家族に対する予後告知は、①家族に心理的な苦痛をもたらし、②家族の希望を失わせるものであると同時に、来るべき死別に向けて、③心理的・物理的な準備をしたり、④死別までの時間をできる限り有意義にできるよう取り組んだりすることを可能にする役割をもつものであることが明らかとなった。また患者に対する予後告知は、①患者に心理的苦痛を与えたという否定的な心情をもたらす一方で、②患者と一緒に死別に備えたり、③意思決定をおこなったりすることを可能にするものでもあることが示された。
第3部: 予後告知に際する家族支援ツールの開発
医療現場におけるマンパワーの不足から、医師および看護師が家族支援に費やすことのできる時間は限られている。また、家族支援研究において重要な役割を果たし得る心理士は、いまだ十分な数が導入されていない。そこで第3部では、第2部で得られた基礎的資料をもとに、限られた資源の中で効率的に家族支援を提供する手段として、家族支援ツールを開発した。
まず研究4では、研究1および研究3の結果をもとに、患者に対する予後の伝え方を検討する家族を対象とした、意思決定支援リーフレットを開発した。患者に対して予後を伝えること、あるいは伝えないことがもたらすメリット、デメリットの双方について情報提供することで、意思決定に際する十分な検討を支援することを、リーフレットの目的とした。医療者および遺族を対象に実施した面接調査の結果、作成したリーフレットは、治療早期の段階で、医師が家族に、説明をしながら手渡しすることが有用であることが明らかとなった。
さらに研究5では、研究1、研究2および研究3の結果をもとに、家族に対して予後告知をおこなう医療者のためのマニュアルを作成した。家族の視点からみた望ましい予後告知の方法について紹介するとともに、意思決定支援、また告知後に状況に応じた適切な支援を提供できるよう情報提供することを、マニュアルの目的とした。医療者を対象に実施した面接調査の結果、作成したマニュアルは、リーフレットとともに、医師および看護師に、要点を簡潔にまとめて配布することが有用であるものと考えられた。
第4部 小児領域へ応用の可能性の検討
第4部では,本研究の知見を総括し,職場におけるVDT作業による負荷への対応について検討し今後の課題について論じた。
第4部では、研究1から研究5で得られた知見を、小児がんの領域に応用する可能性について探索した。小児がんの家族支援は成人領域以上に重要とされているが、いまだ十分な検討はなされていない。また、患児の予後告知についてもほとんど研究がおこなわれておらず、その実態も明らかではない。
そこで、小児がん領域への応用の可能性を探るための第一段階として、研究6および研究7において、難治性小児がん患児の家族が経験する困難および、医療者に期待する支援の全体像を明らかにするための調査おこなった。その結果、患児の看取りが近くなると、家族は患児の病状悪化を体感することで日常的に困難を経験することになるとともに、医療者に対しては、十分な病状の説明や理解の促進、それを介した意思決定支援を求めていることが明らかとなった。また一方で患児に対する病名や病状、予後の告知について困難を抱える家族は少なく、小児領域において予後告知を扱う際には家族に対する伝え方の改善が中心になるものと考えられた。
第5部 総合考察
以上のように本論文では、予後告知に際するエビデンスにもとづいた、包括的ながん患者家族の支援について提言することを最終的な目的として、研究をおこなった。
第2部における研究1から研究3では、経験者としての遺族を対象とした実証的研究をおこなうことで、これまで探索されてこなかった、日本のがん患者家族に対する予後告知の実態や、予後告知が家族に与える影響について、基礎的資料を得た。経験者としての遺族の視点から実態を調査したことは、支援体制確立の基盤としての役割を果たすものであると言える。また、この際、研究1において予後告知に関連するさまざまな側面の中でも、特に優先的に支援を提供することが望まれる部分を明確化することで、以降の研究をより現実的かつ効率的に進めることができたと言えよう。さらに、告知の方法、告知の有無によるメリットおよびデメリット、という複数の視点から探索をおこなったことにより、隣接領域の先行研究に多くみられるように、告知の方法を改善するという内容にはとどまらず、より包括的な支援につながる知見が得られたものと考える。
第3部における研究4および研究5では、第2部の研究から得られた知見に基づいた家族支援ツールの開発をおこなった。家族支援を提供するにあたって、医療者による直接的な介入プログラムは汎用性に欠ける。また、研究成果を論文化するのみでは、臨床現場への還元は難しい。そこで本論文では、ツールを作成することで、家族支援の一助とすることとした。実証的研究から得られた知見を臨床で活用できるかたちでまとめたことには、一定の意義があるものと考えられる。また、作成した各ツールについて、家族、医療者双方の視点から、内容および使用方法について意見を収集した。これらの意見を反映させることで、支援の受け手のニーズに沿いながら、提供側にとっても現実的な支援につながるものと考えられた。今後、作成したツールを実際に医療現場で使用し、医療者および家族を対象としてその有用性を調査することにより、さらに改善を加えることが期待される。
以上で成人がん患者の家族への、予後告知に関する支援については、臨床還元につながる段階まで達した。その成果をさらに発展させるために、第4部では、小児がん領域への適応の可能性を検討した。小児がんは症例数が少なく、大規模な調査の実施は難しい。そこで、成人の領域で得られたエビデンスを応用することは有効な手法である。予後告知についても、患児本人への告知がほぼ問題にならないという相違点はあるものの、家族に対する予後告知が重要な課題であることについては成人と同様であることが示され、今後の発展の可能性が示唆された。
以上のように本論文において、成人がん患者の家族への、予後告知に関する支援ツールが開発されたとともに、今後の可能性についても知見が得られた。本研究を足がかりに、今後支援ツールへの改良、小児領域における支援体制の確立への発展が期待される。