Shimoyama laboratory, Department. of Clinical Psychology, Graduate School of Education, The University of Tokyo, Japan

石津和子 博士論文要旨(2011年)

職場のVDT作業が精神的健康に及ぼす影響の研究

対話型作業に着目して


本研究は,VDT作業への対応という切り口から,IT化による心身の問題が指摘される職場のストレスに関する示唆を得るために質的研究と量的研究により実証的検討を行ったものである。

第1部 研究の展望

第1部では政府発表資料や先行研究を概観し,本研究の目的を記した。

第1章では職場の様相を概観した結果,(1)ほぼ全ての職場にVDT機器が普及し,インターネット接続やネットワーク化がなされていること,(2)それに付随して,業務内容や職場構造が変化し,ストレスや身体的な疲労が感じられていること,(3)VDT作業の負担への対応は作業環境の整備が中心であることが明らかになった。また「テクノストレス研究」を概観した結果,(4)「テクノストレス」に至る要因への着目と,(5)対話型作業従事者を対象とした研究が少ないことが明らかになった。

対話型作業とは,作業者自身の考えにより文章・表等の作成やメールの送受信を行う作業を指し,対話型作業に焦点を当てることによって,会社員が行っている最も一般的な作業について検討することができると考えられた。

第2章では,本研究の目的と構成を示した。第2部ではVDT作業のストレスと関連要因について,第3部ではメールのストレスと個人と職場の対応について検討し,第4部では知見の総括と考察を行った。

第2部 VDT作業に伴うストレスが精神的健康に及ぼす影響

第2部では,VDT作業のストレッサーと精神的健康に及ぼす影響,及び精神的健康への影響を緩衝する要因について検討した。

第3章では,予備調査として,A社(製造業)あるいは公務に従事する会社員19名を対象として半構造化面接を行った結果,電子メールのやり取りに関する回答が多く得られた。会社員205名に,質問紙調査による本調査を行った結果,3因子15項目(①作業中のトラブル,②量的負担,③質的負担)からなるVDT作業ストレッサー尺度が作成され,十分な信頼性(α=.74~.86)をもつことが確認された。

続く第4章では,VDT作業ストレッサーの精神的健康への影響を見るために第3章と同一の会社員205名から得られた質問紙データを用いて重回帰分析による分析を行った。結果, (1) VDT作業のうちメールのやり取りが精神的健康に影響し,(2)メールの量の多さは「身体的症状」,「不安や不眠」を高めること,(3)メールのやり取りの質的な負担は,「不安や不眠」,「抑うつ」を高めること,が示唆された。

第5章では,関連要因の緩衝効果を検討するために,第3章と同一の会社員205名から得られた質問紙データを用いて,VDT作業ストレッサーとVDTスキルないし対人関係に関する職務満足感を独立変数とし精神的健康を従属変数とした2要因の分散分析を行った。結果,(1)VDTスキルの高さは,精神的健康に影響しなかったのに対し,(2)対人関係に関する職務満足感によっては,「質的負担」「作業中のトラブル」「量的負担」がストレッサーである場合に,「不安と不眠」に差が見られ,「質的負担」がストレッサーである場合に,「抑うつ」に差が見られたことから,対人関係に関する職務満足感,すなわち,日頃の対人関係の重要性が示唆された。

一方,2つの要因による差が認められなかった「身体的症状」や「量的負担」「作業中のトラブル」による「抑うつ」については,ストレッサーの軽減などの対応が必要であると考えられた。

第3部: CMCの導入された職場の適正な労働環境構築に関連する要因の検討

-E-mailの使用に着目して-

第3部では,第2部で仕事上のメールのやり取りがストレスになることが示されたことを受け,個人あるいは組織としての対応を検討するために,メールのやり取りに焦点をあててメールのストレスと対処のあり方及びメールのストレスが生成されるメカニズムについて検討した。

第6章ではメールの性質や職場への導入の影響に関する国内外の先行研究を概観した。その結果,メールの使い方には量の増えやすさなどのCMC(Computer Mediated Communication)としての性質と匿名性の有無などの社会的文脈が影響し,日本の職場では形式的なメールによってメールが増えやすいなどの傾向が示された。

第7章では,メールのストレスとその対処について11名の会社員にインタビュー調査を行い,職場コミュニケーションとの関連で分析した。KJ法による分析の結果,職場のメールストレスには,意思疎通の難しさや量の増えやすさなどのCMCの性質によるものと,電話の方が便利な件でのメールなど職場固有のメールの使い方によるものがあり,職場コミュニケーションのあり方との相互作用でストレスが現れるという仮説が生成された。

また,メールのストレス生成モデルとして,やり取りの活性化による職場コミュニケーションの問題や価値観の多様性の顕在化と職場コミュニケーションの問題によるCMCの性質の助長が考えられた。

続く第8章では,メールのストレス軽減のための個人的対応への示唆を得るために,個人の対処方略の有効性を検討した。会社員109名から得られた質問紙データをもとに,職場のメールストレスと対処方略の尺度を作成した。結果,5因子19項目(①攻撃性,②量の多さ,③気遣い,④時間的切迫感,⑤コミュニケーション不全)からなるメールストレッサー尺度と,4因子12項目(①対話,②ぐち,③割りきり,④推敲)からなるメール作業ストレッサー対処方略尺度が作成され,信頼性と妥当性が確認された。

続けて,精神的健康度ないしメール利用の満足度を従属変数とし,メールストレッサー及び対処方略を独立変数とした2要因の分散分析によって対処方略の有効性を検討した。結果,(1)精神的健康の観点からは,「割りきり」が有効であり,「相手の言いたいことが分からない」など情報の不十分さが高い場合には,「対話」が有効である可能性と,そもそもの「対話」の有効性が示唆された。

一方,(2)メール利用の満足度の観点からは,「割りきり」や「推敲」は必ずしも有効ではなく,普段の「割りきり」の高さや「推敲」「対話」の低さがストレスにメール利用の満足度が影響される要因となる可能性が示唆された。この結果から,対処方略の有効性は従属変数によって異なる可能性と,対処方略の選択に影響する個人的・組織的要因についてさらに検討する必要があると考えられた。

第7章と第8章で,組織的な観点からメールのストレスへの対応を検討する必要性が示唆されたことを受け,第9章では,組織風土が,精神的健康ならびにメールのストレスや対処方略などに及ぼす影響を検討した。第8章と同一の会社員109名から得られた質問紙データを用いて,相関分析と分散分析による検討を行った。

相関分析の結果,組織風土は,精神的健康及びストレスと対処方略との間に相関が見られ,精神的健康に直接的にも間接的にも影響することが示された。また分散分析の結果,組織風土による差が見られ,合理的で生き生きとした組織風土のもとでは,構成員の精神的健康が良好なことに加え,メールのルール化や協議がなされる程度が高く,ストレスの低さと対処方略が合理的であることから精神的健康に間接的にも良好な影響がある可能性が示唆された。

第3部の結果,メールは個人の工夫や価値観に基づいて利用される側面と,組織によって規定される側面をもち,個人的対応と組織的対応の必要があることが示唆された。メールのストレスは,既存の組織規範がメールのコミュニケーションに見合った形となって共有されていないことや,価値観の多様性や職場コミュニケーションの問題を顕在化させたと考えられた。

第4部 結論

第4部では,本研究の知見を総括し,職場におけるVDT作業による負荷への対応について検討し今後の課題について論じた。

本研究の結果,VDTガイドラインの中では扱われていないメールというツールの利用におけるストレスに対応する必要性が示された。先行研究では,仕事の質や量が多いときにVDT作業の負荷が高まることが指摘されてきたが,本研究は,メールの導入によるコミュニケーション手段と形態の変化はそれ自体ストレスになりうるとして重要性を提起したと考えられる。

また,メールのストレス生成モデルが示され,ストレスとそれに対する対処方略は職場の制約の基でなされていることと,それに基づいた個人と職場の対処モデルが提案された。ストレス生成モデルは,メールは単なる迅速な連絡手段というだけでなく,コミュニケーションを促進することで個人の価値観やワークスタイルの多様化を浮き彫りにし問題へ繋がる可能性をもつことを示した。

一方,対処モデルは,コミュニケーション前提,すなわち仕事の全体像と組織規範の共有という観点から提示された。個人は,対処方略を工夫し仕事量やペースのセルフモニタリングを行うとともに,上司や同僚との仕事を進めるための関係を作り,チャネルに見合ったコミュニケーションを行うことが有効であると考えられる。

組織は,情報の整理やメールの使い方の提示によりプロセス・ロスを軽減することと,倫理の提示,持続的な仕事量・質の適正化によって仕事をディーセント・ワーク化していく必要がある。

無論,個々の職場によってメールの担う役割や機能は異なると考えられる。しかしながら,対話型作業はどこの職場でも行われている作業であり本研究の知見は現代の職場に一般化できる可能性がある。

今後の課題としては,本研究で十分に検討できなかった属性に着目したストレスの精緻化や,インタビュー調査や縦断調査による因果関係の検討,働く人の価値観を含んだ研究と進化していくツールへあわせて知見を得ていくことがあげられた。

第5部:結論

  1. 欧米の動的学校画と比較し,日本の青少年が描く教員像,自己像,友達像は,大きく描かれる傾向がある。そのため欧米の先行研究に基づく解釈仮説は,必ずしも当てはまらない場合がある。
  2. 動的学校画は,学年や年齢の上昇により,描画の変化が見られる。小学1,2年生では,背景が楽園的で人物像を並列,太陽・雲の描画,アニミズム表現が見られるが,徐々にそのような描画は衰退し,顔の向きや表情のバリエーションが増え,中学1年生で人物像の大きさが伸長する。
  3. クラスで落ち着きがなく,多動的な子どもであっても,自己の存在の希薄さや,無力感の過補償が動的学校画から読みとれる場合がある。不登校の児童や生徒が描く動的学校画には,幼い描画特徴である人物の正面向きの描画や並列配置が見られる。荒れている学級の生徒は,非現実的な描画や,教師から暴力や叱責を受けている被害的な色彩の強い自己像・友達像を描くことがある。また,生徒の行動化得点が高くなると,自己像や先生像がより小さく描かれること,荒れ得点が高くなると,自己像―先生像の距離がより広く描かれることが示唆された。
  4. 動的学校画が他の描画法と相違する特徴は,外的・物理的現実を記す要素の多い描画であること。他の描画法と比べて,個人の願望や理想像を展開して描くことは少ないと推察された。また,黒板や机の描画によって生じる区分化や包囲は,外的・物理的現実の記述の要素が多いと考えられる。これらのことから,動的学校画は教育臨床におけるコンサルテーションや,学級理解に有効なアセスメント手段であることが示唆された。さらに,小学校から中学への橋渡しのためのアセスメント,学校生活における自己の統合,荒れる学級の理解,不登校の予防的介入などの,より幅広い教育臨床活動に活用可能であることが考えられた。