Shimoyama laboratory, Department. of Clinical Psychology, Graduate School of Education, The University of Tokyo, Japan

田中志帆 博士論文要旨(2011年)

教育臨床アセスメントとしての動的学校画


第1部 問題と目的

学校現場では,従来の不登校やいじめの問題だけでなく,軽度発達障害や,ゲーム依存症を合併した引きこもり,学級の荒れなど課題が多様化している。このような課題に対して,教育臨床の場面でクラス集団や個別の心理的問題にアプローチするためのアセスメント方法が求められている。アセスメント手段の一つとして期待されるのが,比較的短時間の施行ですむ臨床描画法である。学校現場を描画対象にしている臨床描画法には,動的学校画(Kinetic School Drawings)があり,教育臨床場面で非常に有用であると考えられる。

海外においてこの動的学校画の妥当性を示す研究が報告されているが,まだその評価は定まっていない。国内での動的学校画の基礎研究では,動的家族画と併用した研究,人物像の顔の向きと描画者の共感性との関係を検討した研究,韓国と日本の中学生が描いた描画の比較研究が行われている。だが,研究報告自体がまだ少量であり,残されている重要な研究課題がある。

例えば,(1)欧米の解釈基準が日本において,当てはまるのか。(2)発達に応じて描画内容が変化するのかどうか明らかにされていない。(3)不登校,学級の荒れなど,学校不適応のアセスメントの妥当性は未だ明確ではない。(4)動的学校画が他の描画法と相違する特徴は何か,他の臨床描画法の解釈ポイントと一致するのか,という点が挙げられる。そこで本論では,第2部で動的学校画の基礎的研究を行い,第3部では,学校生活における不適応を示す児童,生徒の描画と,健常群との比較研究,第4部では,学級の荒れの心理が,動的学校画に表現されるのかどうかを,検討した。

第2部 動的学校画の基礎的研究

第3章では,小学生から中学生までの非臨床群の児童・生徒が描く,動的学校画の各特徴の出現率,発達的傾向について量的に検討した。その結果,描画の中の人物像の大きさ,友達の数,自己像―先生像の距離に,学年による平均値の差が認められた。また他の描画特徴も,描画者の学年上昇によって内容が変化していた。

例えば,小学校3年までは屋外で遊ぶ描画場面が多数であるが,小学校5年生から6年生では,コミュニケーション内容が受動的で,授業を受けている場面を描く傾向が推測された。中学1年生は,部活動場面の描画が出現し,中学2年生以降は,教室や廊下での会話場面が男子・女子共に描かれる傾向にあること,顔の一部が省略された自己像の出現率も上昇することが示されていた。さらに欧米との描画における文化差が読みとれること,日本人においては欧米での解釈仮説の適用を一部変更することが,妥当であることの可能性も推測された。

第4章では,非臨床群の児童・生徒の自己評定による学校への適応感,教員や友達への親密性と,動的学校画の描画特徴との関連連を検討することを目的とした。仮説として,①動的学校画に描かれた人物像間の距離は,その人物間の親密性を反映する。②人物像の大きさ,身体部分の省略,顔の表情や向きにより,描画者の学校適応感が異なる。③PDI(描画後質問)によって明らかにされる,描画の内容とその後の物語,また絵の非統合性の評価と,描画者の学校適応感が異なる,を設定した。

研究1では,教師への親密性と動的学校画の描画特徴との関連を検討し,研究2では,動的学校画の描画特徴により,友達への親密性,所属クラスでの安心感とリラックス感,登校肯定感,非行動化傾向に差があるかどうか,仮説に基づいて検討した。研究の結果,仮説①は,教師に対する親密性欲求については支持されなかったが,友達に対する親密性欲求においては,支持された。仮説②,仮説③は,小学校3年生以上の描画においてほぼ支持された。

第3部 動的学校画による不適応を示す児童・生徒の理解

第5章では,保護者から調査の同意を得た児童35名に対し,3~4年間,継続して描いた自身の描画について,なぜそのように描いたのか(人物間の距離,身体像の省略,区分化・包囲等)を構造化面接によって質問し,振り返りの作業を実施した。結果,身体の一部を省略した描画の理由として,意図的な省略と無意識的な省略を挙げていた。

また,自己像から最も近くに描いた友達像は,描画者が共に行動する機会の多い友人であったという回答が多く,自己像と友達像の距離は心理的な距離を投映していることが示唆された。さらに動的学校画の振り返り作業が,描画者の学校生活における自己の統合を促す意義があることが示唆された。

第6章では,担任がクラスにおいて気がかりであると考える児童・生徒の描く動的学校画と,非該当児童・生徒の動的学校画の描画スコアリング項目に差異があるかを数量的に検討した。気になる児童・生徒群は,非該当児童・生徒よりも,学習状況描画の出現頻度がより高く,人物像をより小さく描く傾向にあり,足や腕が省略されているか小さい,あるいは逆に長く大きな腕や足の描画を期待値より多く描いていた。このことから,気がかりな子は,クラスでの所在なさや他者との交流への無力感や疎外感を抱いていることが推測された。本章では,実際の描画からアセスメントを試みている。

第7章では,公立の適応指導教室に通級している不登校児童・生徒と,非臨床群の児童・生徒の描画データとの比較研究を行った。その結果,不登校群では,活動性の低い描画の出現頻度が期待値より高く,人物を横一列に並べ,自己像を正面向きにした描画の出現頻度が期待値よりも高かった。さらに不登校群の生徒では,胴体部から下が描かれないものが25%以上存在した。以上から,不登校の子どもは自己の存在の拠り所のなさと共に,自己概念の低さや,精神的に幼い状態にあることが描画に投映されていることが推測された。

第4部 動的学校画を用いた学級の理解

学級の荒れに焦点を当て,最終的に荒れているクラスの児童生徒の描く動的学校画には,何らかの傾向が見出せるのかどうか検討した。第8章では,臨床心理士を対象とした郵送調査により,学級の荒れの背景にある教師とクラス成員との間にある不信感,心理的な相互作用の問題の存在を含めて考察した。

第9章では,公立中学校の生徒を対象に調査を行い,生徒の各種攻撃性が,中学生の学校の教員像イメージに影響を及ぼしているのかどうか検討,考察した。結果,生徒側の思考を主とする,他者への侮蔑や内向的な攻撃性が,学校の教員を良き大人のモデルとして見ることを困難にさせていることが示された。

第10章の研究1では,65学級における担任評定による学級の荒れ得点と,クラス成員各自が評定した行動化得点のクラス内平均値を組み合わせ,荒れ得点高・行動化得点高クラスと,荒れ得点低・行動化得点低クラスによる,学校画スコアリング変数の出現頻度との連関を検討した。結果,長い腕の描画が,荒れ高・行動化高クラスで期待値より多く出現しており,荒れているクラスの子どもたちは,環境への不適応感を過補償して多動化していることが推測された。黒目のみの眼の描画が,荒れ低・行動化低クラスで期待値より多く出現しており,黒目の強調が,周囲の人物や環境への関心の高さを意味している可能性が考えられた。また先生像が正面向きで描かれることが,教員の学級に及ぼす統制力を表していることが推測された。荒れ得点が高くなると,動的学校画の自己像―先生像の距離がより大きくなることも示唆された。

研究2では,KJ法を用いて,荒れ高・行動化高クラスと荒れ低・行動化低クラスの描画後の内容物語の性質を検討した。荒れ高・行動化高クラスでは,クラス成員の不全感や失敗,教師が加害者となるテーマを物語にしていた児童や生徒が多数存在していたが,荒れ低・行動化低クラスでは,教師や自己,クラスメートの活躍によって勝利を収めるテーマ,楽しかった経験の言語的共有のテーマが物語に織り込まれていた。

第5部:結論

  1. 欧米の動的学校画と比較し,日本の青少年が描く教員像,自己像,友達像は,大きく描かれる傾向がある。そのため欧米の先行研究に基づく解釈仮説は,必ずしも当てはまらない場合がある。
  2. 動的学校画は,学年や年齢の上昇により,描画の変化が見られる。小学1,2年生では,背景が楽園的で人物像を並列,太陽・雲の描画,アニミズム表現が見られるが,徐々にそのような描画は衰退し,顔の向きや表情のバリエーションが増え,中学1年生で人物像の大きさが伸長する。
  3. クラスで落ち着きがなく,多動的な子どもであっても,自己の存在の希薄さや,無力感の過補償が動的学校画から読みとれる場合がある。不登校の児童や生徒が描く動的学校画には,幼い描画特徴である人物の正面向きの描画や並列配置が見られる。荒れている学級の生徒は,非現実的な描画や,教師から暴力や叱責を受けている被害的な色彩の強い自己像・友達像を描くことがある。また,生徒の行動化得点が高くなると,自己像や先生像がより小さく描かれること,荒れ得点が高くなると,自己像―先生像の距離がより広く描かれることが示唆された。
  4. 動的学校画が他の描画法と相違する特徴は,外的・物理的現実を記す要素の多い描画であること。他の描画法と比べて,個人の願望や理想像を展開して描くことは少ないと推察された。また,黒板や机の描画によって生じる区分化や包囲は,外的・物理的現実の記述の要素が多いと考えられる。これらのことから,動的学校画は教育臨床におけるコンサルテーションや,学級理解に有効なアセスメント手段であることが示唆された。さらに,小学校から中学への橋渡しのためのアセスメント,学校生活における自己の統合,荒れる学級の理解,不登校の予防的介入などの,より幅広い教育臨床活動に活用可能であることが考えられた。