Shimoyama laboratory, Department. of Clinical Psychology, Graduate School of Education, The University of Tokyo, Japan

中坪太久郎 博士論文要旨(2010年)

認知機能障害に焦点を当てた
統合失調症の理解と支援

―患者および家族を対象とした心理社会的介入プログラムの開発に向けて―


第1部 問題設定

第1章 統合失調症研究の概要

統合失調症は様々な困難を抱える疾患であり,生物−心理−社会モデルに基づいた包括的な理解と支援が必要だとされている。これまでの統合失調症研究では,様々な手法を用いた研究の知見が報告されており,病期による状態の違いを考慮しながら,病態の解明と支援の準備を行っていくことが重要である。

第2章 臨床心理学において統合失調症研究を行う意義

近年,統合失調症の「認知機能障害」を対象とした研究が盛んに実施されるようになっている。統合失調症における認知機能障害は,患者の社会機能とも重要な関連があり,統合失調症の病態のなかでも中核的なものとして考えられるようになってきた。

これまで,統合失調症を対象としたさまざまな心理社会的介入が提案されてきたが,認知機能障害を軸として,認知機能障害と周囲への影響までを考慮に入れながら,複合的な心理社会的アプローチを提案した研究はほとんど見当たらない。臨床心理学においては,生物学的な理解と心理社会的な理解を結びつけながら,対人援助の学問として,患者の支援に有効な知見を提出することが必要である。

第3章 本研究の目的と構成

本研究では,認知機能障害を中心概念として設定し,次の2点を目的として,統合失調症への理解と支援の検討を行うこととする。

  1. 統合失調症そのものと,その周辺で起こっている事象について明らかにする。
  2. 第1の目的から得られた知見に基づいた,新たな心理療法を考案し,その効果について検証を行う。

本論文では,1番目の目的について第2部および第3部で,2番目の目的について第4部で,それぞれ検討を行っていく。

本研究では,対象を統合失調症患者およびその家族として,家族を対象とした質的研究,患者と家族の両方を対象とした質問紙研究,患者および家族のそれぞれを対象とした事例研究を実施した。

第2部 統合失調症の家族にはどのようなことが生じているのか

第4章 統合失調症における家族研究の概観

家族を対象とした研究を実施するために,まずこれまでの統合失調症患者の家族を対象とした研究についての概観を行った。これまで,家族病因論仮説に基づく研究,EE研究,ストレス・コーピング・モデル研究などが実施されてきた。近年は,統合失調症を取り巻く社会環境が変化してきており,それに伴い,患者の社会生活に際して家族の負担が増えることが予想される。そのため,家族の内面への理解を行うこと,家族を心理的に支える要因についても検討を行うことが必要であると考察された。

第5章 統合失調症患者の家族に関するプロセス研究(研究1)

第4章での考察を踏まえて,本章では,統合失調症患者の家族がたどるプロセスについて理解することを目的とした。統合失調症患者を家族にもつインフォーマントから得られたデータについて質的分析を行ったところ,9つのカテゴリーが抽出された。分析の結果,家族は統合失調症がもつ「正常と異常の併存」をきっかけとして,患者に対する期待や不安が生じること,患者に対する期待や不安が,社会や自分自身に対する期待につながり,そのような期待が病気への対処行動を生み出すこと,などが示唆された。

第6章 統合失調症患者の家族がもつ期待の検討(研究2)

第4章での考察を踏まえて,本章では,統合失調症患者の家族がもつ「期待」について明らかにすることを目的とした。ここでは期待を「中立的な意味で,行動への準備状態」と定義して,その内容とプロセスについて探索的な検討を行った。第5章で得られたデータから,期待に関するデータを抽出したところ,患者への期待,社会への期待,自分への期待の3つからなるカテゴリーが生成された。分析の結果,家族は当初抽象的な期待をもつが,徐々に具体的な期待を積み重ねていくこと,その過程のなかでさまざまな視点や行動を獲得していくことが示唆された。このことから,統合失調症患者の家族がもつ期待には,家族を動かす動機づけや,患者に関わることを心理的に支えるといった役割があることが考察された。

第3部 統合失調症への心理学的理解と家族の反応との関連

第7章 統合失調症の認知機能障害に関する知見の概観

第7章では,これまで統合失調症の認知機能を対象として行われてきた研究の知見について概観した。認知機能のなかでも,特に健常者との差が大きく,転帰とも関連が大きいとされる,記憶,注意,実行機能の知見に関して検討を行った。また,記憶のなかでも重要視されているワーキングメモリに関する実験的検討として,統合失調症患者を対象としたワーキングメモリに関する研究を行った。分析の結果,課題やモチベーションに配慮した場合においても,統合失調症患者のワーキングメモリは,健常群と比して有意に低下している可能性が示唆された。

第8章 統合失調症の認知機能障害と家族の諸反応との関連(研究3)

第8章では,認知機能障害がもつ周囲への影響について明らかにした。具体的には,第2部での家族への理解と,第7章での統合失調症患者への理解,およびこれまでの先行研究を踏まえて,「統合失調症の再発に影響を与える要因のひとつである家族の感情表出と,再発との関連が深い患者の社会機能,および認知機能障害との間には関連がある」という仮説について検証することを目的とした。

統合失調症患者およびその家族を対象に質問紙調査を実施した結果,統合失調症の認知機能障害と家族の感情表出に関連があること,家族の感情表出に影響を与える要因としては,認知機能障害の程度と家族がもつ期待の程度が重要であること,などが示唆された。

第4部 再発モデルに基づく心理学的介入の検討

第10章 統合失調症患者への認知機能改善療法の効果の検討(研究4)

再発モデルの提案を受けて,第10章では「患者の認知機能障害」に焦点を当てた介入を行い,その効果について検討を行うことを目的とした。はじめに,認知機能の改善を目的としたアプローチに関する先行研究を概観し,パイロットスタディとして,記憶機能の改善を目的とした認知機能改善療法を実施した。パイロットスタディの結果,統合失調症の記憶機能の改善の方法として,明示的教示や,誤りなし学習,足場づくり治療による支援が有効であることが示された。 次に,記憶,注意,実行機能の改善を目的として,統合失調症患者3名を対象に,認知機能改善療法を実施した。介入前後の神経心理学的検査の結果および,事例の様子から効果に関する考察を行った。実行機能については全ての事例において改善がみられたことから,代償的なトレーニング方法を用いた段階的な学習プロセスによるアプローチが有効であることが示唆された。

また,注意に関しては,指標得点が上昇した事例とあまり差がみられなかった事例があった。そのため,反復練習によるトレーニングが有効となる可能性があるものの,トレーニング課題へのモチベーションを維持するための工夫が必要であることが示唆された。最後に,記憶に関しては,指標得点が上昇した事例と,あまり差がみられなかった事例があった。効率のよい記憶のための方略の使用は意識されていたものの,それを用いて記憶機能全体を上昇させるというところまでは至らなかった可能性があり,方略の使用に加えて,リハーサルの使用なども取り入れていく必要性が示唆された。

第11章 認知機能障害への理解に基づく家族心理教育の実践(研究5)

再発モデルの提案を受けて,第11章では,「家族の高い感情表出」に焦点を当てた介入を行い,「認知機能障害への理解に基づく家族心理教育」の方法を作成することを目的とした。統合失調症患者の家族を対象として,全5回からなるプログラムを実施し,そのなかの1回において,臨床心理士による「認知機能障害について」のレクチャーを行った。プログラム参加者の事例を対象に検討を行った結果,家族が認知機能障害を症状のひとつとして捉えるようになったこと,認知機能障害に由来すると考えられる日常生活上の問題が,家族が負担を語る際の媒介として重要な役割をもつことなどが示唆された。

第5部 結論

第12章 本研究で得られた知見とその意義

本研究で得られた知見として,統合失調症患者の家族の体験を質的研究によって明らかにし,家族支援への示唆を得たこと,また,患者の認知機能障害と家族の反応の関連について明らかにしたうえで,認知機能障害と感情表出を対象としたアプローチを実施し,再発予防のための介入プログラムを提案したこと,などが挙げられる

第13章 今後の課題

今後の課題としては,患者の体験を基にした質的研究の知見についても,介入プログラムのなかに組み入れていくこと,介入について多数例を対象とした効果研究を実施していくこと,再発モデル全体としての検証を行うこと,などが考えられた。