Shimoyama laboratory, Department. of Clinical Psychology, Graduate School of Education, The University of Tokyo, Japan

髙岡昂太 博士論文要旨(2010年)

子ども虐待における
アウトリーチと多機関連携に関する臨床心理学的研究

―相談ニーズの低い養育者にかかわる地域援助モデル―


第1部 研究設定

第1章では問題と目的を示す。近年,子ども虐待への対応として,支援機関から虐待可能性の高い家庭に積極的に出向くこと(=アウトリーチ)と,多機関連携の強化が喫緊に求められている。しかしながら,相談ニーズの低い養育者の元に支援者がアウトリーチを行っても,養育者は攻撃的・拒否的態度を示し対峙的関係になることも少なくない。また,このようなケースに関わる際の多機関連携において,機関毎の方針や考え方の違い等で,上手く連携が取れないという現場の声も少なからず聞こえた。こうした社会的要請が高いにもかかわらず,相談ニーズの低い養育者への関わり方について現場の研究はまだほとんど蓄積がなされていない。  第2章では研究の構造について示した。本研究の目的は,相談ニーズが低く攻撃的・拒否的な養育者に対するアウトリーチをモデル化すること,及び現場に即した多機関連携をモデル化することである。本論では現場からボトムアップ的にモデルを構築する必要性から,仮説生成型の質的研究,分析方法にはグラウンデッド・セオリー・アプローチを採用した。

第2部 子育て支援の臨床心理学的地域援助—市区町村の心理士からー

第2部では,法改正により市区町村が子ども虐待対応を担う第一義的窓口になったことから,市区町村の心理士による子育て支援,及び虐待対応についての実態把握を目指した。  第3章では,心理士の雇用状況について島嶼部を除く東京都内全市区町に電話調査を行った。その結果約8割が非常勤雇用であり,また現場では保健師やソーシャルワーカー,保育士の方が多く求められていた。第4章では,現場の心理士32名にインタビュー調査を行い,子育て支援領域における臨床心理学的地域援助についてモデル化した。その結果,市区町村の心理士には従来の心理面接・心理査定よりも,家庭訪問などのアウトリーチ機能,及び多機関連携のコーディネート機能がやはり強く求められていた。

第3部 相談ニーズの低い養育者への各機関のアウトリーチ

第3部では現場で求められるアウトリーチについて,より詳細な検討を行う。虐待死亡事例の可能性が高い0-4歳に主に関わる保育園,保健センター,市区町村,児童相談所の支援者達がどのように相談ニーズの低い養育者にアウトリーチを行っているかについて,その構造を明らかにした。

第5章では,保育園の保育士によるアウトリーチをモデル化した。その結果,保育園の保育士達は,登園できない幼児を持つ家庭への徹底した声掛けや朝のお迎えなど,日常的に<養育者を支える>ことを繰り返し,少しずつ日常生活の改善等,生活環境に近いところで<保育士と養育者の協働作業>が,養育者のニーズを徐々に引き出す保育士のアウトリーチ特徴として見出された。

第6章では,保健センターの保健師によるアウトリーチをモデル化した。その結果,保健師は地域のリソースを活かしながら,初回から積極的に<接点を作る>ことを通して,家庭訪問を繰り返していた。そして養育者の<ニーズの引き出し>を行いながら,養育者の<出来ることの摺り合わせ>を行い,問題解決の視点を多く含んだ支援的なアウトリーチを行っていた。

第7章では,市区町村のワーカーによるアウトリーチをモデル化した。その結果,虐待対応の第一義的窓口である市区町村は,虐待を解決するために虐待問題を養育者との間に明確に指摘しながらアウトリーチを行っていた。中でも<ニーズへの焦点化>を徹底的に繰り返し,とにかく子どもの安全を日常生活で増やせるよう,<養育者とのルール決め>を少しずつ提示しながら関係を築いていた。そして養育者との間に信頼関係が得られずとも,虐待そのものの問題解決を図るまで,支援的でありながらも,同時に虐待に関わる部分は決して一歩も譲らない強い姿勢をもってアウトリーチを行っていた。

第8章では,児童相談所の臨床家によるアウトリーチをモデル化した。その結果,まず児相の臨床家は立入調査・職権保護等といった強制的な法的対応をベースに持っており,<譲れない法的対応>を前面に出し,養育者を強制的に話し合いの場に乗せていくアプローチが行われていた。そして養育者の<怒りへの対応>と<ニーズの引き出し>両方を大切にしながらじっくりと関わり続け,<最低限度の子どもの安全保証の約束>を取りつけるまで,徹底して関わっていた。

第9章では,得られた結果を基に,相談ニーズの低い養育者に対する各機関のアウトリーチの違い,及び共通点を見出した。特に,アウトリーチの共通点には,困った養育者という先入観を意識化すること,虐待という行為自体は決して認めない一貫した態度,そして養育者自身が変容するための時間とプロセスを重要視するという3つの要因が見出された。このような態度を元に,どの機関の支援者も,子どもの安全を譲れない目標に据え,養育者とはある程度の信頼関係の構築を目標にしていたことが見出された。

第4部 保育園・保健センター・市区町村・児童相談所の多機関連携

第4部では現場で行われている多機関連携についてより詳細な検討を行う。保育園,保健センター,市区町村,児童相談所が,どのような基本的な連携方針を持っているのか,そして連携の際に失敗要因になる各機関の葛藤,及び成功要因になる各機関の連携時の意識や工夫を明らかにすることを目的とした。

第10章では,保育園から見た連携をモデル化した。その結果,保育園は保健センターや市区町村の連携を通して,これらの機関が養育者の元にアウトリーチする流れを作ることが大きな連携方針となっていた。だが一方で,<会議への要望>や<見守り時の不安>等が,保育園の中で常に多機関との間で葛藤として持たれていたことが明らかとなった。

第11章では,保健センターから見た連携をモデル化した。その結果,保健センターは見守りをする保育園との連携を大切にしており,同時に比較的強権的に介入する市区町村や児童相談所と連携する際には,保健センターは支援的役割に徹することを意識していた。だが,一方で<会議への要望>や<関係が切れた時の不安>等が保健センターの中で,常に葛藤として持たれていた。

第12章では,市区町村から見た連携をモデル化した。その結果,市区町村は保育園には見守りを依頼すること,保健センターには同行訪問をすること,そして児童相談所とは職権保護による詳細な打ち合わせが強く意識されていた。

第13章では,児童相談所から見た連携をモデル化した。その結果,養育者が児童相談所の指導案に乗ってこない場合には,見守りを依頼する保育園や,支援的関係が養育者との間で出来ている保健センターに,児相の指導に乗るよう養育者への後押しを依頼していた。この依頼で上手く行く場合もあれば,逆に機関間で葛藤状況になってしまう場面も見いだされた。だが一方<多機関との温度差>として,他の支援機関から児童相談所による一時保護への過度の期待がある等,<見守り体制の葛藤>を常に感じていた。

第14章では,得られた連携の結果における各機関の共通点,相違点を検討し,考察を行った。日本における連携では,各機関に属する支援者とのインフォーマルな顔見知りの度合いが連携のしやすさとして見出され,会議主催者も各支援者に対する配慮が連携を成功させる要因だと重要視されていた。だが一方で,子どもの安全を第一目標にし,インフォーマルな関係性とフォーマルな関係性にのみ囚われず,会議におけるケースワークの優先順位を提示した。

第5部 結論

第15章では,本研究で得られた地域援助モデルとして,第2-4部で得られたモデルを統合し,現場に即した形で地域援助モデルを生成した。その上で,相談ニーズの低い養育者へのアウトリーチには,養育者が怒りを露わにするタイプか,あるいは拒否的態度が強いタイプかによって,養育者のコントロール葛藤・ケア葛藤の両者にバランスを取りながらアプローチしている可能性が見出された。また,多機関連携において,連携が上手く行く際は会議にて目標を共有し,様々な視点から具体的な意見交換ができる一方で,連携の失敗時は目標が共有できず,理想論や価値観といった単一で抽象的な議論に収束することが見出された。その解決として,会議を可視化するプロトコル,及び会議での検討用シートを検討・生成した。さらに今後は介入段階ではなく,予防段階でアウトリーチが行えるよう,保育園の巡回心理相談をさらに虐待対応まで拡張することで,より予防的なアウトリーチと多機関連携の可能性を考察した。

第16章では,本論の限界と今後の課題として,方法論の視点から理論的飽和化の問題,理論的サンプリングを今後拡大させていく必要性,及び量的研究による検証の視点,そしてより明確な意志決定のプロセス把握の問題は残っている。しかしながら,本研究は,我が国における現場のアウトリーチ,及び多機関連携のモデルを現場の支援者約100名の声からボトムアップ的に生成した。本研究の一連の議論は臨床心理学の視点から,今後の子ども虐待現場における学際的な地域援助モデルに資するものだと考えられる。