専門職による相談の発展に向けた実践的研究
―法律相談を題材として―
第1部 研究の展望
第1章 問題と目的
近年,利用者の自律的な意思決定を促す専門職が求められ,専門職による相談のあり方が注目されている。こうした社会的要請にもかかわらず,相談の言語的コミュニケーションを扱った先行研究では,専門知識に基づく判断という視点を取り入れたものが少ない。加えて,先行研究は理論的なものが多く,相談利用者と専門職との相互行為の中から実践的課題を探索した研究はほとんど見当たらない。
法律相談の場合,扱われる知識が複雑であるため,相談者と弁護士の相互行為の中で知識のギャップに由来する問題が顕在化しやすい。加えて,わが国で1990年代後半から注目されるようになった法律相談の領域では,実践の発展を目指した研究が求められている。専門職による相談の課題を探索するうえで,法律相談は適切な題材といえるだろう。
そこで本研究では,専門的相談を「特定の領域の専門職が行う対人的な相談の総称」と定義したうえで,その題材として法律相談を取りあげ,次の3点を目的とする。
- 日常相談との対比で法律相談を取り上げ,専門的相談がどのように遂行されるのかという特徴を明らかにする。
- 法律相談の相互行為に焦点を当て,実践現場での課題を明らかにする。
- 専門的相談を実践現場の中で発展させていく方法について検討する。
第2章 問題と目的
本論文では,1番目の目的について第2部で,2番目の目的について第3部で,3番目の目的について第4部で,それぞれ探索していく。
本研究は,相談という言語を媒介とした相互行為を対象とし,実践の特徴や課題を探索的に調べていこうとする研究である。そこで,仮説生成型の質的研究法を採用した。
また,本研究のうち,研究2・4・5では,日本弁護士連合会法律相談センター「面接技術研究会」の協力のもと,弁護士(実践者)と筆者(研究者)が協働して研究を計画・立案し,実践活動を遂行しながら研究を進めていった。実践者との協働を通じて実践現場からの発見を形にしていったという意味で,本研究は実践型研究として位置付けられる。
第2部 日常相談との比較からみた専門的相談の特徴
第3章 研究1:日常相談はどのように遂行される
論文全体を通じて専門的相談をテーマとするにあたり,まず日常相談の特徴を理解する必要性から,研究1では「日常相談はどのように遂行されるか」を明らかにすることを目的とした。大学生同士の日常相談を再現して録音し,質的分析を行ったところ,日常相談における悩みのきき手の発言として,6つの発言カテゴリーが抽出された。
分析結果によれば,日常相談では悩みのきき手が自分の体験を開示したり,問題を受容するよう促したりするところに,日常相談の特徴が見出された。日常相談では,相手の悩みを自分の体験にひきつけて理解しようとしがちであること,また,必ずしも悩みの解決を目指さず,悩みを抱えて生きるのを支え励ます場合もあること,などが示唆された。
相手の抱えている問題を自分の体験にひきつけて理解しようとする日常相談とは異なり,専門的相談は“問題解決”と“対人的相談”という2側面をあわせもっている。こうした特徴を考えると,相談利用者の立場を考慮した相互行為の観点が必要である(第3部へ)。
第3部 相互行為という観点からみた専門的相談の課題
第5章 研究3:相談者と弁護士の思いはいかにして食い違うか
相談者の立場を考慮して法律相談の実践的課題を明らかにする必要性から,研究3では法律相談の相互行為に焦点を当て,「相談者と弁護士の思いはいかにして食い違うか」を描き出すことを目的とした。法律相談のロールプレイ事例に対して質的分析を行った結果,次のような悪循環のプロセスが明らかになった。
本事例は,「妻と離婚したくはないが,妻に家から出ていってほしい」という相談者の希望に対し,それは法的にはかなえられないという判断を弁護士が伝えていった相談である。期待外れの判断をされた相談者は,不快感情を抱いて執拗な訴えや質問を繰り返す。ところが,相談者が熱心に訴えれば訴えるほど,弁護士は相談者に引き込まれることを警戒し,中立性という専門職アイデンティティを前面に出して,相談者の訴えから距離をとった情報収集や判断をしていく。その結果,相談者はますます期待外れの思いを強くすることとなる。このようにして,両者の思いの食い違いは相談の終了まで維持されていった。
本事例のように,専門職と相談者が異なる期待や前提をもつことは珍しくない。こうした食い違いを想定し,それに対処していくことは,専門的相談の課題であるといえよう。
第6章 研究4:法律相談の相互行為に内在する機能の抽出
“相互行為の中で達成されるべきことは何なのか”という視点で法律相談を捉える必要性から,研究4では「機能」という視点を導入し,法律相談の相互行為に内在する機能を実践現場からのデータに基づいて明らかにすることを目的とした。法律相談の実践場面の会話を収録し,機能分析の観点を取り入れて質的分析を行ったところ,法律相談の相互行為に内在する10の機能が抽出された。
相互行為が10にも及ぶ多重な機能と関連している法律相談は,コミュニケーションの混乱が生じやすい状況であるといえる。その結果,弁護士と相談者の発言意図が食い違う可能性がある。このような状況が容易に生じることは,研究3の事例を通じて指摘したとおりである。したがって,相互行為に含まれる多様な機能を専門職が自覚し,それを即時的に調整していくことが,専門的相談のもう1つの課題であるといえよう。
第4部 事例検討会の実践的検討
第7章 専門的相談の発展に向けた事例検討会
筆者は,第3部を通じて,専門的相談の課題を次のように指摘した。
- 専門職と相談者が異なる期待や前提をもっていることを想定し,それに対処していくこと。
- 相互行為に含まれる多様な機能を専門職が自覚し,それを即時的に調整していくこと。
こうした課題に取り組むためには,専門職が自らの視点に固執することなく,時には相談者の立場を考え,時には相互行為全体を見渡したりするような,柔軟な視点をもつことが必要である。そのための有効な方法として,「事例検討会」という方法が挙げられる。
事例検討会には,(1)相談者の視点をとりやすい,(2)事例のダイナミクスを検討できる,(3)より一般的な知識や課題の発見へとつながる,(4)参加者のモチベーションを維持しやすい,という利点がある。事例検討会を継続すると,参加者1人1人はもちろん,グループそのものも発展していくことから,専門的相談の発展に役立つと考えられる。
第8章 研究5:事例検討会による実践的課題の発見
第7章の理論的検討に加えて,事例検討会を実践した経緯を踏まえ,事例検討会を通じてみえてきた実践的課題を抽出するのが,最終研究としての本章のねらいであった。特に,在職経験の浅い弁護士の相談事例に着目し,研究5では「在職経験の浅い弁護士の法律相談を検討するさいの実践的課題は何か」を抽出することを目的とした。事例検討会の記録をもとに質的分析を行ったところ,事例検討のための観点が5点にわたって抽出された。
まず,研究4の流れをくむ《相互行為の機能は適切に作用したか》という観点は,法律相談の実践的課題の1つである。特に,相談者のおかれた状況を共有していくさいには《相談者の心情面への配慮》が重視されていた。
次に,本研究で新たに抽出された実践的課題として,《相談枠組みの設定は適切か》という観点が挙げられる。この観点は,在職経験1年未満の弁護士の相談事例を検討するさいにたびたび出現しており,その内容から考えても,専門的相談の基本的かつ重要な課題であると考えられる。加えて,《事案の特徴による留意点》や《相談者の特徴による留意点》という観点も見出された。個別の事例では,事案や相談者に応じた柔軟な対応が求められるといえよう。
本研究の成果を踏まえて,筆者は,事例検討会での議論を深める素材として「事例検討シート」を提案した。
第5部 結論
法律相談は,“問題解決”と深く結びついた特徴をもっている。そのため,相談者と弁護士の思いは食い違いかねないし,相互行為に多重な機能が含まれるという難しさがある。こうした中で,事例検討会という方法は,参加者個人の相談を発展させ,グループを発展させ,さらには研究へと結びついて社会全体を発展させる可能性をもっている。
一連の議論は,法律相談を題材としているが,他の専門的相談にも示唆を与えるだろう。