Shimoyama laboratory, Department. of Clinical Psychology, Graduate School of Education, The University of Tokyo, Japan

森田慎一郎 博士論文要旨(2007年)

キャリア形成における専門性志向の研究

―職務満足感の現状をふまえて―


キャリア形成とは、「個人が、職業活動や就職活動を通して職業に関する自らの人生を作り上げていくこと」と定義される。わが国のキャリア形成のあり方は、1990年代に始まった平成不況を契機として大きく変化し始めた。具体的には、終身雇用慣行や年功序列制度を前提として会社への所属を重視するあり方から、個人の専門性を重視するあり方に移行している。そこで、本論文は、専門性を「特定分野における知識や技術、あるいはそれらを身につけ職業に役立てようとする性質」と定義した上で、産業界と教育界における専門性に関する意識調査を行い、キャリア形成における専門性の現状と展望を示すことを目的とした。論文は、問題意識を提示する第1部、文献研究によって専門性の重要性と、産業界と教育界それぞれの課題を明らかにする第2部、会社員の専門性意識を調査する第3部、学生の専門性意識を調査する第4部、知見を総合的に考察する第5部から構成される。

第1部第1章では、わが国のキャリア形成において今後専門性の重要性が高まるとの問題意識を提示した。第2部第2章でわが国の雇用制度が終身雇用慣行と年功序列制度を基調としたものから「組織からの自律」要請と職務重視の評価(成果主義)を取り入れたものへと変化しつつあることを確認し、第3章でわが国の産業界において専門性追求を困難にしている現象の分析を行い、現状把握のためには「会社満足感」と「ポジティブな労働感」の概念を導入する必要があることを示した。第4章では教育界においては専門職養成課程に属さない非専門職コース学生の専門性意識の調査が必要となることを明らかにした。

第3部では、第5章で職務満足感、会社満足感、ポジティブな労働感、定着志向の尺度を作成し、第6章でその尺度を会社員418名に実施したデータのパス解析を行った。その結果から、専門性と関連する職務満足感が低くとも会社満足感が高ければ高い定着志向が維持されていること、しかし専門性追求が容易な環境では職務満足感が高まりやすく、ポジティブな労働感も高まりやすくなる可能性があることを示した。

第4部は、第7章でプロフェッション研究に基づいて作成した専門性志向尺度を非専門職コース学生(国立大文系学生、私立大理工系学生)345名と専門職養成課程学生(医学部生、法科大学院生、音大生)454名に実施したデータを、第8,9章,10章で重回帰分析と判別分析によって検討した。その結果、非専門職コース学生では専門性志向が職業決定に影響を与えにくいこと、専門性志向の中で非専門職コース学生を最も特徴づけるのは知識・技術の習得と発展志向の低さであることを明らかにした。そして、第5部では、今後のキャリア教育においては顕在能力重視の専門性教育が必要性となることを議論した。

本論文は、キャリア形成における専門性の重要性を確認した点、職務満足感と会社満足感の尺度によって産業界における専門性追求の時代的価値を示した点、専門性志向尺度によって非専門職コース学生における専門性意識の問題点を指摘した点で特に意義が認められる。よって、本論文は、博士(教育学)の学位を授与するに相応しいものと判断された。