Shimoyama laboratory, Department. of Clinical Psychology, Graduate School of Education, The University of Tokyo, Japan

高橋美保 博士論文要旨(2007年)

中高年失業者の心理と援助に関する研究

失業の体験過程を中心に


1990年代後半から2000年代前半の社会経済情勢の悪化によって中高年のリストラ失業が増加し、それにともない中高年男性のうつ病や自殺が増加し、社会問題化した。このような現象から、失業は、終身雇用を信じて会社勤めをしてきた人々にとって特別な意味をもっていたことが推察される。そこで本論文は、当時失業を経験した者の体験過程の分析を中心に中高年失業者の心理と援助について検討することを目的としたものである。論文は、失業の背景にある社会情勢の検討を通して研究の目的を明らかにする第1部、リストラ失業の影響の実態を調査した第2部、失業の体験過程を質的に分析した第3部、失業者への心理的援助システムを提案する第4部、知見を総合的に考察する第5部から構成される。

第1部では、第1章で「リストラ失業を経験した中高年者にとってその体験はどのようなものであったか」というリサーチクエスチョンを提示し、失業者への心理的援助の研究が社会的ニーズとして求められていることを確認した。第2章では内外の失業研究をレビューし、第3章で「失業体験をプロセスとして理解する」「現代日本の地域性と時代性を重視する」「失業者に対する援助を模索する」という本研究の課題を示した。

第2部では、第4章で日本のリストラ失業者に特有な点として「前職の会社への定着志向・依存」があることを示し、第5章ではリストラは失業者本人だけでなく、家族や現役従業員にも影響を与えるという、日本の失業の特徴を実態調査によって明らかにした。

そこで、第3部では、第5章の文献研究で日本人の職業観をレビューし、会社への定着志向と仕事中心性の高さがその特徴であることを明らかにした。次に第6章で離職経験者10名から得た計26セットのデータを質的に分析し、失業の体験過程モデルを生成し、失業の困難が生じる理由として、前職の会社との繋がりの強さ、会社生活の喪失、社会からの排除と孤立、社会との繋がりの段階的喪失があることを明らかにした。さらに第8章では、失業経験は自己の職業観を再認識する機会になるが、そのためには適切な援助が必要となることを明らかにした。

それを受けて第4部では、まず第9章で公共職業安定所の一般職業紹介の担当職員を対象とする調査を行い、職員にとって失業者への心理的ケアがストレスとなっていることを明らかにした。次に第10章で一般職員が望ましいと思っている援助のあり方に基づき、失業者のケアシステムのモデルを生成した。最後に第5部で研究の成果をまとめて示した。

本論文は、中高年の失業者の体験過程の質的分析を通して失業は、会社だけでなく、会社生活ひいては社会との繋がりを失わせる深刻な事態であることを明らかにし、社会文化的な観点から現代日本のリストラ失業の特異性を指摘した点、そして失業や自殺といった社会的問題を、失業者の視点から理解し、その上で現実の社会システムの中で必要とされている心理援助システムをモデルとして提示した点で、特に意義が認められる。よって、本論文は、博士(教育学)の学位を授与するに相応しいものと判断された。