――日本のピア・サポート・プログラム第一人者・滝充氏インタビュー――
いじめに対する取り組みを調べている中で、「ピア・サポート」という考え方に出会ったわけですが、今回は、その考え方をより深く知るために、「日本のピア・サポート・プログラム」の提唱者、国立教育政策研究所の滝充氏にお話を伺いました。
世間で幅広く利用されているいわゆる「心理教育」との違いをメインに、「日本のピア・サポート・プログラム」の特徴や子どもへの影響、教育と言う観点での役割や、いじめへの効果などについて詳しく話をして頂いたので、それをいくつかの項目ごとに纏めてみたいと思います。
心理教育について
日本の場合、きっちりとした定義がない状況です。一般論として私見を述べるなら、恐らく、心理学的な知識や知見に基づいてなされる何か教育的な効果を高める手法を指すのだと思われます。但し、元となる心理学自体、幅が広く、曖昧な分野であるため、心理教育というものも非常に曖昧な物であると言えます。
日本の現状と心理教育の非科学性
日本の現状で心理教育と言う場合、多くの場合は「構成的グループエンカウンター」や「スキル・トレーニング」、「ストレスマネージメント」といった手法として捉えられていると思います。
しかし、こういった手法というのは、しっかりとした成果や効果(科学的なエビデンス)があったという報告が一切無い状態です。「終わった後、何となく子ども達の顔色が変わった」とか、「作文に楽しかったと書かれています」とかいったような報告しかありません。やった直後、つまり超短期的な効果はあるらしいですが、このような報告だけで「効果がある」といわれても科学的には全く認められない状態であり、非常に問題があると思います。中にはきちんと調べようとしている方もいるようですが、観察を長期的に行い成果をきちんと報告した論文は存在せず、中途半端な研究が多いと言えます。
また、例えばスイーツにもいろいろな種類があり、材料や甘さがそれぞれ違うため「スイーツが食べると若返る」と一概に言い切ることが不可能であるのと同じように、上に上げた各手法にはその中に多くの種類のエクササイズが存在しており、それぞれについて効果の有無を論じなければ意味がないのですが、一つの事例で全てのものが効果があるかのように言われている、という問題があります。
心理教育を子どもに使うことの問題点
心理教育は、何らかの問題を持った大人に対しては効果があり、特に危険なものではないだろうと思います。というのも、先ほど挙げたような手法が元々、産業心理学からきたもので、大人の仕事の場面で発生する問題を解決する手法を、問題を抱えた大人を対象にして、その対処を目的として考えられた物だからです。
しかし、大人に使われる手法をそのまま子どもに適用することは、大変問題になると思います。
「教育」にならない心理教育
子ども相手の場合には、発達や成長というものを考慮することが重要な問題となります。既にその段階を終えて完成された大人に対して有効な手法でも、例えば子どもにとっては成長の過程で必要なはずのある程度のストレスや社会性の構築を、知らずに押さえ込んでしまう危険性があるからです。心理教育と言われる物を利用している人の中には、こういった、心理教育がもたらす副次的な負の側面を考えていない人が多いと思います。
心理教育の手法は、特にゲーム的で簡単なエクササイズが紹介されていたりなどして、小学校の先生などが対症療法的に、けんかが多かったり態度が悪いと言った問題のある子を治そうと取り入れることがままあります。しかし、長期的に効果がある物ではなく、ある程度成長に必要なはずの細かな争いなどを表面的に押さえ込む一時しのぎでになるだけで、子どもが自分で覚えていくべき成長のプロセスを促す「教育」とはとても言えません。学習の機会を奪っている可能性すらあるのです。
心理教育が学校現場にはフィットしない理由
例えば、骨折した後のリハビリとしてのトレーニングやアスリートのための筋トレはどちらも一般の人にフィットするやり方ではないので、効果が全然出なかったり負担が大きかったりするはずです。同じように、心理教育的手法は、「問題を抱えた人」のための治療的な側面か、既に発達・成長をある程度終えて「社会性を身につけた人」のパワーアップの側面という両極をターゲットとしています。これでは、まだ成長段階にあり、大半が一般の子どもである普通の学校という場では成果が得られなかったり、副作用が大きく有効ではないというのも当然です。
「日本のピア・サポート・プログラム」の考え方
では、普通の子どもたちを成長させ、社会性を身につけさせていくには、どのようなことが一番必要でしょうか。それは、成長・発達するための機会として、人間同士の実際にふれあう体験です。その中で、人間同士が互いにふれあう中で、感謝や協力、我慢や主張といったようなことをすることになります。もちろん、まだ発達途上の子ども達では難しいこともあるでしょうが、「そういうことをやらないといけないな」と自分たちで思ってもらうということが必要で、更には「そうすることが損ではない」、「いいことであって褒められることなんだ」という意識を抱いてもらい集団への適応を覚えてもらうことが大切です。
その時に、「お世話活動」に取り組ませることでこれらのことを結果的に可能にする、というのが日本のピア・サポート・プログラムの目的なのです。
「お世話活動」は、異年齢交流をすることで例えば、年少者のために自分が我慢したことを年少者や周りの大人に感謝され、「我慢することは気持ちのいい、プラスなことだ」という意識を自発的に感じるようにして、社会性を身につけていくやり方です。人間関係の中で好ましいことをいやがらずに出来るようにしていく、そういったことが必要だということを身にしみてわかる、と言う体験をすることが重要なことだと思います。
昔と比べて、現代の子ども達はそういう譲ることや我慢すること、協力することの体験が少なくなっていて、むしろいやがる傾向にあります。昔の子どもは大抵我慢をしなければ何も得られなかったし、近所で遊ぶ中で自然と譲ったり協力したりして、それが良いことで充足した感情が得られる、ということを自然と覚えていったのです。そのため、異年齢交流を行う中で、昔の遊び場のような状況を作り、「相手のために何かをする」ことが「悪くない、むしろプラスなことだ」と子ども自身に感じさせる、という仕掛けを学校という場で行うのがこの活動のポイントです。成長・発達の途中にあり、この仕掛けを比較的素直に受け入れられる小学校で特に意味があると思います。
「日本のピア・サポート・プログラム」での大人の役割
ただ、何もしないで異年齢交流をしたところで自動的にみんながそういった感覚を持つとはいえないので、年長者には年少者の面倒を見るように言って、年少者は交流の中で「ありがとう」とちゃんと言わせることで、対人関係の中で必要な交流の感覚、社会性の基礎といったものを身につけていく、そのために周りの大人があくまでサポートとして行動を促すということが必要となるのです。
大人に求められる専門性の有無について
異年齢交流をさせる、お世話活動の仕掛け自体はとてもシンプルな物です。その機会を作り、サポートをしていくのには、既にある程度の社会性を身につけた大人であれば誰にでもできると思われます。ですから、日本のピア・サポート・プログラムには専門のトレーナーは基本的に存在していません。
しかし、だからといって全く知識のない人ができるかというとそういうわけではありません。働きかけになるような、また自発的な成長の妨げにならないように仕掛けの意味を本なりを読んだりして、きちんと理解しておく必要はあると思います。
学校現場に日本のピア・サポート・プログラムが入りにくいという問題点
今、こういった手法というのが学校現場には入りにくい、と言う問題が存在します。先生方が、今の子ども達は問題だよね、と個々で何となく思ってはいても、学校全体として連携するのは、特に学級担任制の小学校では異年齢交流をするのに時間を合わせたりするのが大変で、なかなか導入するのが難しいのです。実際に学校現場で行ってみると、子ども達にとても効果があるが、そのための時間を調整する準備などが難しい、と言う声が上がっていました。
逆に、先生個人でもできると売り物にした心理教育の手法が存在し、そのようなやり方は個々人でできるため受け入れられやすくなっているため、頻繁に使われるのでしょう。
日本のピア・サポート・プログラムによるいじめへの影響
社会性を他者との交流の中で身につけさせることで、少なくとも度を超したいじめ、というものが発生することは無くなると思います。というのも、社会性が身につくということは、「人間関係は基本的に気持ちいいことで、相手を尊重することはいいことである」という意識を自発的に持つことです。その意識があれば「いじめるよりも助け合ったり認め合ったりすることのほうが自分にとって遙かに得になる、プラスになる」という感覚を覚えるでしょう。人と人との正常な関係を知っていれば、ささいな言葉の誤解やちょっとした諍いなどがあっても、いじめという段階にまで広がっていく、ということを防いでいけると思います。
日本のピア・サポート・プログラムの効果
そもそも社会性、というものを一言で定義するのも難しいとは思います。人と人との正しい関係を身につけていく、ということでしょうが、その社会性を測る、というものも難しいです。では、社会性を測るためにはどうすればいいか、ということで、アンケートを作って調べたことがあります。この調査では、社会性が身についた、というのを、「〜ができる」「〜が好き」といった形で聞くことで自己評価ができるようにしました。すると、異年齢交流を何回か行ったグループでは顕著に高い評価が出て、逆にグループ・エンカウンターを定期的に行っているような学校ではそこまでの評価は得られませんでした。
また、このアンケート以外でも、子ども達の行動が変わったとよく言われます。人と関わることが好きになるので、なにも言わなくても下級生のために行動したり、学校にお客が来たら積極的に挨拶をしたりするようになったということを聞きます。
私が良く思うのは、不登校の子ども達を治すのには効果があまりないかもしれませんが、学校での人間関係が不快であるという意識を持たなくなることで、そもそも不登校になる子どもはほとんどいなくなると思います。
わかる喜び、人のためになる喜び、という体験を積み重ねていくことで、自然と人を尊重し、いじめや不登校というところにいかないようにする、ということができると思っています。
インタビュアーより
今回、滝充氏に話を伺って、先生が勧められている日本のピア・サポート・プログラムについて、深く知ることができました。
いじめというのは放っておくといつの間にか発生し、誰かが傷つけられていくという陰惨な行いです。時にそれは知られることもなく行われ、さらには連鎖することすらあります。
氏が勧める日本のピア・サポート・プログラムでは、そんないじめが起こるより前に、学校教育などを通じて社会性を身につけさせることで、根本的な問題としていじめを起こそうという考えを持たないようにするという考え方がとられています。
事が起こってから対処するのではなく、またただ「いじめはよくないです」というような画一的な話をするのではなく、一個人の「教育」を通じていじめをなくしていく可能性を大いに開くものとして、日本のピア・サポート・プログラムは今後注目されるべき方法なのではないか、と感じました。
滝先生、ご協力ありがとうございました!