――いじめの現状――

 

■いじめの定義
 では「いじめ」に対して研究者はどのような定義を与えてきたのだろうか。例えば森田(1985)は「いじめ」こう定義する。

 「同一集団内の相互作用過程において優位に立つ一方が、意識的にあるいは集合的に他方にたいして精神的・身体的苦痛を与えること」

 森田は集団や人間関係があるところには自ずから様々な優劣関係(力のアンバランス)が生じると考え、その優劣関係の優位に立つ一方が自分の力を濫用することで「いじめ」は起こると考えた。上記の定義は森田のこのような考えに依って立つ。 では毎年いじめに関する調査を行っている文科省の定義はどうか。文科省はいじめ調査が始まった昭和60年から今までの間に2度いじめの定義に関して改定を行っているが、現在調査で用いられている定義はこうである。

 「子どもが一定の人間関係のある者から、心理的・物理的攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」

 また但し書きとして、

 「個々の行為が「いじめ」に当たるか否かの判断は、表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うものとする。」

 とある。森田のものに比べ「優位」「意識的」「集合的」など限定的に捉えられやすい文句を減らし、被害者の被害感情を重視して、調査から漏れてしまう「いじめ」が無いように配慮していることが伺える。



■いじめの認知状況
 現在年間にどれくらいの「いじめ」が確認されているのだろうか。下図は文科省のいじめ調査で確認されたいじめ件数の推移である。





 この図でも示されているように平成6年と平成18年にいじめの定義、調査方法の改定がなされており、現在は平成18年の改定後の調査方法をとっていることになる。この図を見て気付くことは、新しい調査方法がとられる度に認知件数は一時的に増加するが、数年で大きく減少することである。調査の改定に伴う一時的な意識・関心の高まりが取締り強化につながっているからなのだろうか。逆に言えば調査改定ののち数年でいじめに関する意識・関心は大きく薄れ、取り締まるべきいじめが見過ごされている可能性もある。図には載っていないが平成20年度のいじめの認知件数もやはり前年度から大きく減少する傾向にあり、前年度より約1万6千件減少して、約8万5千件であった。いじめの認知学校数も同様に減少傾向にあり平成20年度の場合前年度より約2千件減少して約1万5千件であった。


■いじめの手口・特徴
 次に具体的ないじめの手口を見てみる。いじめの手口として代表的なものは「冷やかし・からかい」「無視・仲間はずれ」「叩く・ぶつかる・蹴る」「金品をたかる・盗む」などである。それに加えて近年は、携帯通信機器の普及を背景に「ネットを利用した誹謗中傷など(ネットいじめ)」も挙げられるようになった。これらのいじめの手口の中で最もよく見られるものは「冷やかし・からかい」である。平成19年度の文部科学省の調査では、小・中・高・特いずれの学校種においてもいじめ行為のうち過半数を占めている。一方「ひどくぶつかる」などあからさまな暴力行為は割合で言うとかなり少ない。




 その他日本のいじめの特徴をいくつか挙げてみる。

・日本のいじめは中1で急増する。
 →日本のいじめは小学校低学年から高学年に上がるにつれて増加し、小6から中1に進学するところで急増しそれ以降は高3まで減少する傾向を示す。

・日本のいじめは全体的に男子のほうが多い傾向にある。また男子の方が比較的身体的苦痛を与えるいじめが多く、女子の方が心理的苦痛を与えるいじめが多い傾向にある。
 →学年別に見ると平成19年度では小1、高1~3で男女比およそ6:4、小2~中3では大きな男女差は見られない。

・日本のいじめはどの学校のどんな子どもたちの間でも起こり得る
 →これは国立教育政策研究所によって1998年度から2003年度まで実施された「いじめ追跡調査」により得られた知見である。多くの人が抱きがちな「いじめは問題を抱える特定の子どもにだけ起こる」というイメージに反して、「いじめは誰もが加害者になりうるし、誰もが被害者になりうる」ということが示された。

・日本の多くのいじめが年度内に解消する。
 →例えば平成19年度に認知したいじめは小中高特の各学校種とも約8割が年度内に解消しており、逆に年度内では解消せず取り組み中であるいじめはどの学校種でも5%にも満たなかった。このことは長期にわたって特定の児童によって継続的におこなわれるいじめが少ないことを示す結果となっている。

・被害者を死に至らしめたり、被害者を自殺に追いやったりする重度のいじめはそれほど多くの割合を占めない。
 →「いじめがエスカレートして被害者の自殺にいたる」ということがよく言われるが、実際にいじめで自殺する生徒の数はかなり少ない。平成20年度では小・中・高の自殺者136人のうち、いじめが原因とされた自殺はわずか3件である(もっとも136件中73件の自殺は原因不明となっている)。

 この他にも様々ないじめの特徴が、「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」(文科省)などの資料で見てとれる。


 
■いじめに対する取り組み
 いじめに対する研究者の見方は様々である。いじめの原因がどこにあり、それに対してどう取り組むべきかという考えは研究者によって異なる。いじめに対する取り組みを考えるとき、その取り組みにおいていじめの原因がどこにあると考えられているかに注目すると理解が深まる。例えばいじめに関する文科省の取り組みとして、「心の専門家」であるスクールカウンセラーを公立学校を中心に配置することが進められている。この施策の背景には、いじめの原因は生徒の心の中にありカウンセリングによって心のケアを行うべきだとする考え方が含まれているだろう。このようにいじめに対する取り組みの背景にはいじめの原因論が隠れている。
 現在文科省で推進されているいじめに関する主な施策は以下のようになっている。

1、わかる授業・楽しい学校の実現と心の教育の充実…教育課程の基準の改善、心の教育の充実など

2、教員の資質・能力の向上…指導主事等に対して生徒指導上の問題に対応できる知識を習得させるなど

3、教育相談体制の充実…スクールカウンセラーや「子どもと親の相談員」の配置など

 また具体的な学校での取り組みは

・職員会議等を通じて、いじめ問題について教職員間で共通理解を図る。
・道徳や学級活動の時間にいじめにかかわる問題を取り上げ、指導を行う。
・生徒会活動を通じて、いじめの問題を考えさせたり、生徒同士の人間関係や仲間作りを促す。
・スクールカウンセラー、相談員、養護教諭を積極的に活用して相談にあたる。
・校内組織の整備など教育相談体制の充実を図った。
・教育相談の実施について必要に応じて教育センターなどの専門機関と連携を図る。また学校以外の相談窓口の周知や広報の徹底を図る。
・学校におけるいじめへの対応方針や指導計画等を公表し、保護者や地域住民の理解を得るよう努める。
・PTAや地域の関係団体等とともに、いじめの問題について協議する機会を設ける。
・いじめの問題に対し、地域の関係機関と連携協力した対応を図る。

 などとなっている。


<参考文献>
 平成19年度、平成20年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」文部科学省
※このページにある図表は全てこの資料から抜粋

 国立教育政策研究所『生徒指導資料第1集「生徒指導上の諸問題の推移とこれからの生徒指導-データに見る生徒指導の課題と展望-(改訂版)」』 第五章「いじめ」

 「岩波講座 現代の教育 4いじめと不登校」 1998 岩波書店


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