目次
平成16年度に独立行政法人「メディア教育開発センター」(千葉市)の小野博教授(コミュニケーション科学)らによって以下のような調査が行なわれた。
調査では,16年度に入学した33大学・短大の学生,13000人を対象に、中一から高三相当の問題を盛り込んだテストを行い、14年度に中高生に実施したテスト結果と照らし合わせてレベルを判定した。
テストでは「憂える」の意味を問う設問で、「中学生レベル」と判定された学生の三人に二人が「うれしい」に音感が近いためか「喜ぶ」を選択。「大学生レベル」とされた学生の中でも正答率は50%にとどまり、文字通り“憂える”結果となった。
「懐柔する」は「賄賂(わいろ)をもらう」を選ぶ学生が多く、「大学レベル」の学生でも正答率は46%にとどまった。 このテストでは、外国人留学生でも大学院生はほぼ全員が「高校レベル」をクリアしており、「留学生より日本語ができない学生が、相当数いるのが実情」(小野教授)という。
◇ 【問題の例】
■露骨に
(1)ためらいがちに (0%)
(2)おおげさに (83.3%)
〔3〕あらわに (16.7%)
(4)下品に (0%)
(5)ひそかに (0%)
■憂える
(1)うとましく思う (16.7%)
(2)たじろぐ (0%)
(3)喜ぶ (66.7%)
〔4〕心配する (0%)
(5)進歩する (16.7%)
■懐柔する
(1)賄賂をもらう (50.0%)
(2)気持ちを落ち着ける(33.3%)
(3)優しくいたわる (16.7%)
〔4〕手なずける (0%)
(5)抱きしめる (0%)
(カッコ内は中学生レベルと判定された学生が回答した割合、〔 〕数字が正解)
この調査の結果、中学生レベルと判定された学生は、五年前に行われた調査と比較して、国立大が0・3%から6%、私立大が6・8%から20%、短大が18・7%から35%と、数年間で大きく増加していることが分かった。
このような、大学生の国語力の低下は、講義の理解度の低下や大学生の学習意欲の低下などといった大学の授業への支障を起こす重大な原因となっている。
◆大学生の授業理解度が低い理由(大学教員アンケートより)
ベネッセのHPより
国語力が低下した原因として、「小中高の国語教育が上手く効果を発揮していないこと」や「少子化のため、自己推薦など,試験が必要ない大学が増加したこと」などが考えられる。
「小中高の国語教育が上手く効果を発揮していないこと」に関しては、近年、初等中等教育における国語力(読解力、表現力)の低下が見られる。その要因としては、子供の読書離れ、ゆとり教育や総合学習への授業時間のふりかえによる国語の授業時間の減少などが挙げられている。
「試験が必要ない大学が増加したこと」に関しては、大学受験の試験勉強をしなくても大学に入学できるようになったことが、国語の勉強量や勉強するインセンティブの低下に結びつき、日本語力の低下を招いているとされる。
3−1リメディアル教育とは
リメディアル教育とは近年,18歳人口の減少,大学入試の多様化などにより大学入学者選抜競争が緩和され,文系,理系をとわず大学生の基礎学力の低下が問題になっている。その結果,大学の授業の理解が十分でない学生が多数在籍する大学が増加している。
また,新入生の基礎学力の状況を見ると,最近は同じ大学・学部・学科に入学する学生の間でもかなりの学力の差が生じているのが現状である。このことは、大学による教育コストの拡大やひいては若者雇用状況の悪化にもつながる。
このため、大学での教育を成立させるためには,新入生に対する客観的な基礎学力の測定,そして学力が一定の水準に達しない場合に行なわれているのがリメディアル教育である。
実施数(学部数) 各設置区分リメディアル教育実施総数(学部数) |
×100(%) |
|
高校までの教科教育 |
高校までの教科教育 |
大学の学習 |
大学専門課程受講前 |
大学講義の |
入学前 |
国立大学 |
19.8 |
11.5 |
79.4 |
38.1 |
15.9 |
6.3 |
公立大学 |
6.9 |
9.7 |
66.7 |
33.3 |
16.7 |
4.2 |
私立大学 |
8.7 |
10.3 |
66.5 |
30.4 |
20.4 |
24.3 |
全体 |
11.7 |
9.9 |
70.1 |
33.3 |
22.7 |
17.7 |
ベネッセのHPより
しかし,従来これらの学生を対象とした調査・研究が十分に行われておらず,学力低下の急激な進行の中で, 対象とする学生の増加に各大学現場での支援が追いついていない。
最近になって,教育関係の学会でリメディアル教育に関連した研究の発表が珍しくなくなったが,今後,
リメディアル教育が必要な学生が多数在籍する大学が増えていることが予想されるため,組織的な研究と具体的な対応策を共有することが重要である。
先行研究によると,各分野とも支援体制を整え,学力に対応した教材を利用し,十分な学習時間を確保した上で学習を行うと, 明らかな成果が得られ学生のコンプレックスが自信につながるとの報告が出始めている。
リメディアル教育は,対象とする学生が多いのだが,段階的な学力に対応した教材で対応することが可能である。 リメディアル教育の内容である中学校および高等学校では,カリキュラムが学習指導要領の縛りがあるため学習内容が共通化されている。 段階的に積み重ねている学習にはe-learningが効果的なので,今後e-learningを使ったリメディアル教育が,さらに普及していくものと考えられる。 ただ,このような学生は,一般的に中・高であまり熱心に勉強してこなかったため,コンピューターリテラシーが低く, 自学習の習慣がない場合も多いことが推察される。彼らに効果的に学力を付けさせるためには適切な教材だけでなく, 教室の確保やメンターの配置等において大学の管理部門との協力が不可欠である。
3−2実践例
・留学生への日本語教育カリキュラムの適用
現代の日本語教育でよく用いられる教材と練習は、次のようなものである。日本語学習者をペアにして教材(A、B)を提示し、次のような指示を与える。
「ペアの人が自分の図と同じものを書けるように相手に説明してください。このとき相手の自分の図を見せてはいけません。言葉だけで説明してください。」
それぞれの学習者は自分の教材(A)は見えるが、相手の教材(B)は見えない。この状態を「情報の落差(information gap)」といい、それがあればお互いに相手の情報を知りたいと思う。そこで上の課題をこなすと、ペアとなっている学習者の間にコミュニケーションが生まれる。コミュニケーションが成立している状態での会話練習には意味があり、そこで使う単語や文型は学習者の頭に残るから練習の効果も高い。特に八十年代以降の日本語教育では、この考え方に基づく日本語教材を多く開発し、その教授技術を進化させてきた。
・漢字の書き取り、文法補習
漢字や文法などの国語知識に関するリメディアル教育の例としては、高校までに扱う国語力に関するテストを大学で行ったり、高校までに扱う国語の基礎の補習や問題集の作成を行ったりすることで、国語知識の補充を行っている。これにより、大学の授業でのレポートやプレゼンの質の向上、講義の理解度の向上を図る。ただし、人的・時間的コストがかかることが問題である。
・E−ラーニング
高校までに扱う国語力に関する授業をインターネットやDVD、ビデオの授業などで行う。教室などで行う補習授業とは異なり、各自の能力、要望に応じた授業を受講できることが最大のメリット。これにより、漢字、文法などの国語知識や表現力、読解力などの補充を行うことができる。ただし、教材のコストの問題や自学習の癖がない生徒にとっての効果を疑問視する声もある。
3−3 リメディアル教育の効果及び展望
リメディアル教育では、今年行われたテストで千二百人中二百七十人が中学生レベルと判定された埼玉県の大学が三カ月間、週に一度、ひらがな文を漢字かな交じり文に直したり、四つの単文を並べかえて文章にする訓練を行った。その結果、一部のテストで平均点が65点から96点になるなど短期間の訓練で、理解力が大きく伸びることが確認された。
小野教授は「学生はダメだといわれているが、実際に(対策を)やってみると案外、伸びるという結果」とし、大学側が積極的に学生の日本語訓練に乗り出す時期にきていると指摘している。
現在、リメディアル教育で対象とされている国語力は主に国語知識や教養の領域であるが、リメディアル教育によって、レポート質の向上やレポート提出率アップなどの効果も見られる。また、授業の出席率の向上を通した留年する学生の減少など、学習意欲における効果も出ている。
その一方で、リメディアル教育を行う上での課題では、先に述べたとおり、大学で基礎学習を行うことの金銭的・時間的コストの問題がある。こうした問題を見直すためには、高校までのカリキュラムとともに大学受験のありかたも根本的に見直していく必要がある。
国語教育で養う国語力は社会で生活をするうえで必須の能力である。これらの能力を小中高の教育で必要なレベルまで習得できないのは、教育上の重大な問題であろう。こうした国語力不足を補うためには、事後的な処置としてリメディアル教育を推進していくのは重要であるが、小中高、大学受験を含めた根本的な見直しが必要だと考える。
*参考
・教育時事過去ログ http://www.kyo-sin.net/kako.htm
・ベネッセ http://www.benesse.co.jp/
・文部科学省 http://www.mext.go.jp/
・文化庁HP http://www.bunka.go.jp/