若者の政治意識と
政治教育

担当:久保田一生



0.はじめに
1.若者の投票率の低迷
2.若者の政治意識の現状
3.若者の政治教育の必要性


0.はじめに

 社会とどう関わるかという中には、政治に対してどう関わるかということも含まれている。そういう意味で、政治意識をもつこともも社会性をもつことの一部といえる。イデオロギーによる政治が失効し、経済的な繁栄の中で、価値観が個人生活志向によっている現在では、若者に限らず社会全治が政治的無関心に陥りやすい。若者の政治意識、投票行動の現状を探り、政治教育の必要性を考える。
 なお、ここで言う若者がどの年代を指すかについてだが、投票が可能となる20歳から30歳程度を想定している。


1.若者の投票率の低迷

・低い若者の投票率

 近年の世代別の投票率はおおよそ、21から24歳で最も低く、年代とともに上昇し65−69歳で最高を記録する。それ以上の年代ではおそらくは健康状況の悪化から投票率は低下するが、全体のなかで、若者の投票率は非常に低いということがいえる。東京都選挙管理委員会の調べでは、東京都において平成17年の衆議院選挙の投票率は全体で65.59%であったが、21-24歳では43.01%となっている。一方で、年代別で最も高い65-69歳で82.19&であった。

 また、近年の世代別投票率の推移だが、愛知学泉大学の三船氏によると、1980年ごろを境に、20代、30代の若者の投票率が他の世代に比べ相対的に低下していることが指摘されている。豊かな社会の到来と脱イデオロギー化を理由としてあげているが、若者の投票率の低さは深刻といえよう。(三船 「投票参加の衰退:出生コーホートから見た投票率低下の検証」2006)

投票率の推移(%)
1969 1972 1976 1979 1980 1983 1986 1990 1993 1996 2000 2003
20歳代 59.61 61.89 63.50 57.83 63.13 54.07 56.86 57.76 47.46 36.42 38.35 35.62
30歳代 71.26 75.48 77.41 71.06 75.92 68.25 72.15 75.97 68.51 57.49 56.82 50.72
40歳代 80.51 81.48 82.29 77.86 81.81 75.43 77.99 81.44 74.48 65.57 68.13 64.72
50歳代 80.23 83.38 84.57 80.82 85.19 80.51 82.74 84.85 79.34 70.61 71.98 70.01
60歳代 77.07 82.34 84.13 80.97 84.84 82.43 85.66 87.21 83.38 77.25 79.23 77.89
70歳代 62.52 68.01 71.35 67.72 69.66 68.41 72.36 73.21 71.61 68.88 69.28 67.78

各衆議院選挙における、衆議院事務局編「衆議院選挙結果調」、2003年は、明るい選挙推進委員会の発表による
(三船 「投票参加の衰退:出生コーホートから見た投票率低下の検証」2006)



・投票する事についてどう考えているか
(倉敷市選挙管理委員会「政治・選挙に関する意識調査」より)

20歳代〜30歳代は「個人の自由」が最多、50歳代は「権利」、60歳以上は「義務」
「個人の自由」「権利」「義務」の世代間の価値観を反映
新成人では「義務」と考えるのに理由なく棄権している層が存在(意識と行動の不一致)
その他の回答に政治不信に対する意見が圧倒的に多い。


・なぜ選挙に行かないか(2004年岩手日報より)

「面倒くさい」37%
「政治に関心がない」16%
「用事がある」16%
「誰を選んでも政治は変わらない」10%
「現状に満足である」5%

 全体として、投票に行く事に対する義務感が希薄であることが指摘できる。その背後にもということがあるとも考えられる。「誰を選んでも政治は変わらない」が理由とされた背景には、自民保守政権が強固であり、戦後の日本では政権交代がほとんど行われなかったということが指摘できる。さらに、「現状に満足である」者も少なからず存在する。現状に満足だからこそ投票行動で示す必要があるとも考えられるが、政治さらには民主主義に対する意識が若者の中で高くない事をうかがわせる。

以上から
・若者の投票率は低く、世代があがるにつれ投票率も上昇する。
・世代によって選挙に対する考え方が異なっている。
現在の若者は選挙を「個人の自由」ととらえる傾向が強い
・若者が選挙に行かない理由は「面倒くさい」、「用事がある」の割合が高く、投票に対する義務感は希薄である。
 「面倒くさい」、「用事がある」の背後には「政治に関心がない」、「誰を選んでも政治は変わらない」ということがあるのではないか。
といった事が指摘できるだろう。


2.若者の政治意識の現状

・政治に対する関心と投票率

 「第7回世界青少年意識調査」(平成15年実施、18から24歳の青少年を対象とし、日本、韓国、アメリカ、スウェーデン、ドイツが参加。以下参照する表はすべて「第7回世界青少年意識調査」より)によると、日本の青少年の政治への関心は「非常に関心がある」が6.5%、「まあ関心がある」が40.2%であり、「関心がある」グループの割合は他の国と比べ低いということはない。ただ、「非常に関心がある」は5か国中最低であり、日本の若者が政治にある程度の関心を持ちながらも強い関わりを持たない現状が見てとれる。年代別の投票率を比べるべきであるが、すべてを入手できなかったため、各国の一番最近の議会選挙における投票率を各国の若者の政治に対する関心とともに以下に示す。

最近の投票率 「非常に関心がある」(1) 「まあ関心がある」(2) (1)+(2)
日本 2005衆議院選挙 67.4% 6.5% 40.2% 46.7%
韓国 2004parliamentary election 60.0% 9.6% 43.7% 53.3%
アメリカ 2000parliamentary election ※ 30.7% 38.5% 69.2%
スウェーデン 2002parliamentary election 80.1% 13.6% 30.0% 43.6%
ドイツ 2005parliamentary election 77.7% 8.1% 37.3% 45.4%

最近の投票率はhttp://www.idea.int/vt/より
※2004年のデータを入手できなかったため、2000年を掲載


 他の年代に比べ、若者がどの程度政治について関心があるかについてだが、東京都が平成14年に行った「都民生活に関する調査」では、年代ごとの都政への関心について調べている。これによると、投票率と同様、若い年代ほど関心は低く、年代があがるにつれ都政への関心は上昇することが確認できる。

・社会への満足度と社会問題

 社会への満足度はアメリカ、スウェーデンにおいて「満足」が約八割と高い。一方、日本はドイツ韓国と並び「不満」が「満足」を上回っている。日本の若者の社会への満足度は比較的低いといえる。各国の社会への満足度と、投票率には相関関係が確認できず、投票率の関係を読み取ることは難しい。

「第7回世界青少年意識調査」より

 また、日本の社会への関心の経年変化だが、昭和63年の第4回調査で「満足」、「やや満足」が51.3%と最高を記録した後低下しており、平成10年の第6回で35.2%を記録している。平成15年の第7回も35.3%と低調である。日本における経年変化においても、調査年に近い投票率と社会への満足度の相関関係は読み取れない。

「第7回世界青少年意識調査」より

 日本において、第6回調査では自国の社会問題として、トップに「学歴によって収入や仕事に格差がある」が最上位に来ているが、この項目は他国では韓国を除き上位5項目に入っていない。第7回では第3位に落ちたものの、依然として日本に特有の社会問題であるといえる。一方で、第5回まで上位5位に入っておらず、第6回では5位だった「就職が難しく、失業も多い」がトップになっており、経済状況の悪化を反映した結果となっている。自国の社会問題に対し若者は敏感にかつ正確に反応しているといえる。

「第7回世界青少年意識調査」より

以上より
・日本の若者の政治への関心は他の国々に比べ高いということはできないが、極端に低いともいえない。
・世界的に見ても若者の政治への関心は必ずしも投票率の高さに結びついていない可能性がある。
・世代が上がり、社会的に成熟するにつれて政治意識は上昇する。
・経済状況の悪化とともに日本の若者の社会への満足度は下がっている。
 また、それと同時に「就職が難しく、失業が多い」ということが社会問題として認識されるようになっている。
・社会への満足度と、投票率については関係を読み取る事が難しい。
 社会への満足度が高い事が投票率の低下を招いているという推測は必ずしも成り立たない。
・若者の考える社会問題は社会状況を的確に捉えたものである。
といった事が指摘できる。

 


3.若者の政治教育の必要性


 日本の若者の政治意識が低下しているか、という問いに答えるならば、投票率の落ち込みからいってYESということになろう。投票率の落ち込みはすべての世代に見られることであり、日本人全体の政治意識が落ちていると考えるべきであるが、その中でも若い世代の落ち込みが激しいことは、今後の日本社会を考える上で十分注意すべきことである。

 日本の若者の投票率は確かに低いが、それがすなわち政治への無関心を表しているかというと、2の政治に関する関心と投票率での分析からも、必ずしもそうとは言い切れない。政治意識と投票率は強い関係があるものの、政治意識が投票行動に表れない場合も考えられる。ただ、年齢を重ねるごとに政治への関心と投票率がともに上昇していることは確かだろう。若者は政治意識が相対的に低いものであり、歳を重ね社会において成熟するなかで政治意識を強化し投票行動へと結び付けていくのである。

 しかし、若者の政治意識、投票率は勝手に上昇するものとして楽観することはできない。理由の一つが、投票に対する考え方が世代を経るごとに変化しているということである。現在の若者は投票を「個人の自由」ととらえており、高い投票水準にある高齢世代の投票は「義務」であるという意識とは全く異なっている。若者世代が将来的に現在の高齢世代のような投票率の水準を維持するという保障はない。それに加え、若者の投票率は1980年ごろより、相対的に低下が激しい。今後の全体の投票率に大きな影響を与えかねない。
 もう一つが、若者は政治意識を形成する過程にあり、政治に関する教育の必要性があるということである。リースマンは『孤独な群集』の中で、政治的無関心を伝統型無関心と現代型無関心に分けて論じたが、若者の政治的無関心についてこの分類を援用することができる。若者は伝統型無関心になりやすい、すなわち政治に関する知識が不足しがちな存在であると考えられるのである。民主主義的価値観を尊重するのであれば、若者が政治に対して知識をまったく持っていない状況は憂慮すべきである。政治に関する知識がなければ、政治に参加する足かせとなる。現代的無関心が可能となる段階、つまり最低限政治に関する考えを持っている段階にあることが民主主義社会を維持する上で必要なことといえるだろう。

 そこで問題になるのが、どのように政治教育がなされるかである。特に大きな問題が、いったいどういった機関が政治教育を行うかということだ。選挙権を持てる若者は大学を数年で卒業することになる、あるいはすでに社会に出る年齢である。そうすると、選挙権を持つ若者の教育機関として学校に期待することはできない。もっとも、選挙権を持つ以前の初等、中等教育において政治教育が行われることは重要なことであるが、ここで対象にしたいのは、学校との関わりが薄い若者である。教育は、教える主体が存在して初めて成り立つ営みであるが、どういった機関が政治教育を担うべきであるのだろうか。私が期待したいのは、社会教育を担うNPOのような機関である。政治は人間の一生に関わる出来事であり、その意味から、生涯学習の文脈から考えられるべきである。NPOであれば、学校教育のように期間の定まった教育ではなく、人生のどの時期においても参加することが可能になる。もちろん、すべての人がこのような機関で政治教育を受けることになるとは考えにくい。私自身もそのような機関で政治教育を受けてはいない。若者の政治意識の向上のための処方として、効果がどれだけあがるかは確かに疑問である。ただ、民主主義を尊重する立場から政治教育の必要性を唱えている身としては、自主的な参加を信条とした機関に委ねるほかはない。政治教育に携わるNPO組織の拡充に期待したい。

 若者は社会問題に対して敏感に、適切に反応している。それが政治意識に結びつき、社会を変える投票行動へと結びつくことは社会の発展にとって重要なことだ。現在の社会状況を十分に考慮しつつ、若者の政治意識を高め、投票意欲をもたらすような社会参加型の教育の場の成長に期待したい。




Copyright (c) 2006 Tamami Kusaka, Issei Kubota, Akira Hujisaki. All Rights Reserved