現在の日本の道徳教育

担当:日下珠美



§0 はじめに
§1 学習指導要領に見る日本の道徳教育
§2 道徳教育の現状
§3 道徳教育副教材「心のノート」について


§0 はじめに

 いま、青少年の社会性の低下が声高に叫ばれ、そしてその対策として学校の道徳教育に対する関心、そして期待が高まっている。現在の道徳教育は何を目指し、どのように進められているのだろうか?また、それに問題は無いのだろうか?学習指導要領や、道徳教育の精神を象徴的に示しているといえる副読本、「心のノート」とそれをとりまく問題に触れながら考察したい。


§1 学習指導要領に見る日本の道徳教育


1 目標

0) 道徳教育の基本方針
文部科学省は小・中学校の指導要領(平成10年12月14日)、第1章総則第1の2及び第3章「道徳」において、道徳教育について以下のように定めている。

*学習指導要領
道徳教育の「目標」

第1章 総 則

第1 教育課程編成の一般方針
2 学校における道徳教育は,学校の教育活動全体を通じて行うものであり,道徳の時間をはじめとして各教科,特別活動及び総合的な学習の時間のそれぞれの特質に応じて適切な指導を行わなければならない。
道徳教育は,教育基本法及び学校教育法に定められた教育の根本精神に基づき,
@ 人間尊重の精神生命に対する畏敬の念を家庭,学校,その他社会における具体的な生活の中に生かし,
A 豊かな心をもち,
B 個性豊かな文化の創造と民主的な社会及び国家の発展に努め,進んで平和的な国際社会に貢献し未来を拓く主体性のある日本人を育成するため,
その基盤としての道徳性を養うことを目標とする。
道徳教育を進めるに当たっては,教師と児童及び児童相互の人間関係を深めるとともに,家庭や地域社会との連携を図りながら,ボランティア活動や自然体験活動などの豊かな体験を通して 児童の内面に根ざした道徳性の育成が図られるよう配慮しなければならない。

第3章 道 徳

第1 目 標
道徳教育の目標は,第1章総則の第1の2に示すところにより,学校の教育活動全体を通じて,道徳的な心情,判断力,実践意欲と態度などの道徳性を養うこととする。

道徳の時間の「目標」
道徳の時間においては,以上の道徳教育の目標に基づき,各教科,特別活動及び総合的な学習の時間における道徳教育と密接な関連を図りながら,計画的,発展的な指導によってこれを補充,深化,統合し,道徳的価値の自覚を深め,道徳的実践力を育成するものとする。

1) 1) 道徳の時間の位置づけ
 道徳の時間は、教科としては取り扱わず、教科外の領域と考える。

2) 道徳の時間の年間授業数
 小学校第1学年は34単位時間、第2学年から中学校までは35単位時間。(*1単位時間は
小学校45分、中学校50分。)


2 内容

第3章 道 徳  (一部略)

第2 内 容(4つの柱)
1 主として自分自身に関すること。
ex)(1)自分でできることは自分でやり,節度のある生活をする。

2 主として他の人とのかかわりに関すること。
ex) (1)礼儀の大切さを知り,だれに対しても真心をもって接する。

3 主として自然や崇高なものとのかかわりに関すること。
ex) (1)自然のすばらしさや不思議さに感動し,自然や動植物を大切にする。

4 主として集団や社会とのかかわりに関すること。
ex) (1) 約束や社会のきまりを守り,公徳心をもつ。

(* このような項目が小学校低学年14、中学年18、高学年18、中学校23ある。)
*道徳的価値を分類して細目としてあげたものを個々に取り上げて教える指導法を徳目主義
といい、戦前の修身科で採用されたことがあるが、現在の道徳教育は、道徳的価値を相互に関連したまとまりと捉え、徳目主義の立場は取っていない。


3 指導方法の作成と内容の取り扱い

第3章 道 徳 (一部略)

第3 指導計画の作成と各学年にわたる内容の取扱い
1 校長をはじめ全教師が協力して道徳教育を展開するために、道徳教育の全体計画と道徳の時間の年間指導計画を作成する
⇒・計画的・発展的に授業がなされるように工夫する。
 ・数年間を見通した重点的な指導や内容項目間の関連を密にした指導を行う。

2 児童が自ら道徳性をはぐくむため,教科,特別活動及び総合的な学習の時間においてもそれ
ぞれの特質に応じた適切な指導を行う。児童自らが成長を実感でき,これからの課題や目標が見付けられるよう工夫する。

3・指導体制を充実する
・児童の発達段階や特性を考慮した創意工夫ある指導を行う
体験活動を生かす魅力的な教材の開発や活用する

4 学校や学級内の人間関係や環境を整え,学校の道徳教育の指導内容が児童の日常生活に生か されるようにする。家庭や地域社会との共通理解を深め,授業の実施や地域教材の開発や活用などに,保護者や地域の人々の積極的な参加や協力を得、相互の連携を図るよう配慮する。

5 常に児童の道徳性の実態を把握して指導に生かすよう努める。ただし,道徳の時間に関して
数値などによる評価は行わない


§2 道徳教育の現状


文部科学省の調査結果と評価
(平成15年度 道徳教育推進状況調査の結果http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/16/11/04110503.htmより)

⇒《概要》
・学校側の道徳教育に対する姿勢は概ね満足できるものである。
・生徒の多くが満足していると答えた学校が5年前より増えている(3割→4割)。
 ・保護者や地域の協力はまだ得られていない。(3,4割程度)。
 ・教材としては心のノートや映像などが使われている。
 ・現在の道徳教育を行う中、多くの生徒が道徳的に満足できる状態にある。
 ・体験学習も多くの学校で行われている。


§3 道徳教育副教材「心のノート」について


1 心のノートとは?

 文部科学省が2002年4月から、国公立・私立を問わず全ての小・中学生に、道徳の副教材として、一冊のノートを配布した。小学校低・中・高学年用と中学生用に4種類あり、パステル調の色合いで写真や絵を用いて、非常に見やすく興味を持ちやすいつくりになっていて、全体に道徳的な文章がちりばめられている。また、この副読本が、「ノート」と称されているように、冒頭の「この本は、あなたがつくる、あなた自身の心の記録です。自分の心と語り合うかけ橋となるこのノートに、あなただけの名前をつけましょう。」という文をはじめとして、随所に生徒が自分自身のことを書き込む欄が作られ、能動的に取り組めるようにできている。
 内容的には、4章で構成されており、1章ごとに、学習指導要領に書き込まれた4つの柱、「自分自身に関すること」「他の人とのかかわりに関すること」「自然や崇高なものとのかかわりに関すること」「集団や社会とのかかわりに関すること」について触れられている。
 中学生用を使って具体的に見ていくと、1章では、「自分を見つめ伸ばして」として、健全な心身と向上心を持ち、自律し、努力のできる人間になるよう語りかけている。 2章では、「思いやる心を」として、思いやりを持ち礼儀をわきまえ、友情を育み、お互いに認め合っていくよう教えている。3章は「この地球に生まれて」として、自然、命と大切さを伝えている。そして4章では、「社会に生きる一員として」として、集団や社会の中で決まりを守り、人のために生き、家族、故郷、日本の文化を大切にするよう諭している。
(参照:心のノート(中学生):http://cebc.jp/data/education/gov/jp/konote/cyu/


2 文部科学省による趣旨

 今日の我が国の教育において、「生きる力」の育成が重要な課題となっている。その「生きる力」の核となる豊かな人間性の育成を担う柱として、道徳教育の充実が、従来にも増して強く求められているところである。
 生命を大切にする心や他人を思いやる心、物事の是非・善悪といった規範意識などをしっかりと身につけさせるとともに、家庭や地域社会との連携を図りながら、豊かな体験を通して児童生徒の内面に根ざした道徳性を育成することが重要である。
 「心のノート」は、児童生徒が身につける道徳の内容を、児童生徒にとってわかりやすく表し、道徳的価値について自ら考えるきっかけとなるものであり、学校の教育活動全体において活用され、また、学校と家庭等が連携して児童生徒の道徳性の育成に取り組むよう活用されることを通して、道徳教育の一層の充実を図ろうとするものである。すなわち、「心のノート」は、児童生徒一人ひとりが、このノートを手に取り、様々な時間や場で、道徳的価値や人間としての生き方にかかわって気付いたことなどを、このノートや自らの心に記録したり、整理したりすることを通して、児童生徒が自ら道徳性をはぐくみ、人間としてよりよく生きることに資する教材である。

(出典:文部科学省初等中等教育局長が各都道府県教育委員会教育長にあてた文書                                  
http://www.linkclub.or.jp/~teppei-y/tawara%20HP/2002.6.22/monbushou.html


3 「心のノート」の問題点

 文部科学省は7億3000万円の予算を割きこの「心のノート」を作成し、国公立・私立を問わず全国一律の小中学生に配布した。国がこのようなことするのは戦後はじめてのことであり、その採用方法や内容に対して様々な批判があるのも事実である。 
 著者名や発行元の連絡先もなく「文部科学省」と書かれているだけで、教科書検定も経て自治体で採択するという、教科書の原則を踏襲せずに直接配布した。このような配布の仕方から、「国定教科書」に当たるのではないかといわれている。また、「副読本」としているのにもかかわらず、ノートを使用して授業を行うような趣旨の指導書を各教育委員会に送っている上に、使用状況を調べており、強制であるかのような印象を与えている。
 また、内容については、一定の価値観を押し付けているのではないか、ノートというかたちで内心を露にするよう促すのは自由の侵害なのではないかと言う意見が出ている。現在は、教育が心に偏重しているが、心の教育など可能なのか、教師はどこまで踏み込んでよいものかという教育現場の戸惑いも見られる。さらに、最も多くのページが割かれている4章では、集団意識の延長として郷土を愛する心についても触れられており、これが、愛国心の教育つながるのではないかという批判も、一部から出ている。
 更に道徳教育全てに関わる問題であるが、教育現場を離れた社会は題目のような理想的世界が広がっているわけではなく、大きなものでは戦争や環境破壊、身近なところでもさまざまな格差や不平等がまかり通っている中で、ノートに書かれた内容がどれだけ生徒の心に伝わるのかという疑問も生じる。
 総じて、その効果如何以前に「心のノート」という方法そのものに議論の余地がありそうである。



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