山本義春(東京大学大学院教育学研究科)
March 15, 1999
「ホメオスタシス(homeostasis)」は、健康とは何かを理解する上で 基本的な概念である。これは、同一の(homeo)静的状態(stasis)を 意味するギリシア語からの造語で、「生体内の組成・物理的状態を 一定に維持する機能」を表す生理学用語として、今世紀初頭のアメリカの 生理学者Walter B. Cannonにより命名された。従来より、 そして現在でも、「疾病」は何らかの原因により既存の(homeostaticな) システムが阻害された状態と考えられることが多い(図1A)。
ところで、「健康と病気」、「正常と異常」といった二分法を人間に適用 する際、例えば病原菌とか遺伝子などの単一因子がその根拠となることは、 たとえ従来の健康諸科学がそのような因子の追求の過程で発展してきたと いう事実を認めても、なお現実の世界では希である。 現代社会に生きる人々の健康問題の多くは、各種成人病・心身症などの 増加に象徴されるように、その要因構造が複雑であり、さらに「正常と 異常」の線引きが明確でないなどの特徴をもっているように思える。
ホメオスタシスと疾患に関して、最近``Dynamical Disease''という 概念がカナダのMackeyとGlassにより提唱されている。これは、正常と 異常という二分法を脱却して、動的な単一システムが分岐現象など 系自体の挙動変化によって異常状態に移行するというような状態を記述 しようと試みたものである。すなわち、正常な系とそれが阻害された 異常な系があるということではなく、ある系の2つの異なった実現状態と して正常か異常かが決定されるという考え方である(図1B)。
そこでは、健康あるいは正常という状態は、様々な要因に代表されるサブシステムが (自己)組織化され、一定の「動的」状態(ホメオダイナミクス)を実現した ものと考えられる。そして、この組織化現象には要素間の関係における非線形性が 本質的な役割を果たすこと、一度(自己)組織化されたシステムが一見取るに 足らないような微細な変動によってでも異常な状態へ移行することなどが、 近年のカオス力学系の研究や複雑系の研究により明らかにされてきたのである。 平易にいえば、「正常と異常」はまさに「紙一重」であることを主張しているとも いえる。
ある現象を観察したとして、図1に示されるような2つの図式のどちらに 該当するかを見きわめることができるであろうか。理論的には、図1Bの ようなシステムには、カオス力学系・複雑系特有の「ゆらぎ」すなわち 動的構造が観察され、さらに異常状態への移行に際しては構造的変化が 認められるはずである。この10年の間、生体ゆらぎにこのような動的構造を 見いだそうとする試みが世界的に行われてきたが、非線形科学の理論・方法論が 未だ十分でなかったこともあり、満足な成果が得られたとはいえなかった。
これに対して、我々は生体ゆらぎから非線形系に特有の動的構造を抽出する 新たな手法を開発し、ヒトの自律神経系、運動神経系において図1Bのような 図式が実際に成立していることを示してきた。また現在でも、(自己)組織化 された系の特性を詳細に調査することにより、「正常と異常」の境界を 決定する諸条件についての研究を継続している。そして、このような営みを 通じて、「複雑に(自己)組織化された生体」という新たな健康観の確立を 目指している。
ゆらぎを通してみた「動的」健康観
(研究業績の概要)
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latex2html -split 0 jres_2.
The translation was initiated by Yoshiharu Yamamoto on 1999年03月15日 (月) 14時03分27秒 JST