書評集 1
(とくに新聞書評などにおいて、編集の過程で最後に若干の手直しが加えられる場合があります。その場合、文体などで、実際に発表されたものと多少の違いが生じます。しかしその場合でも全体の論旨は保たれています。)
1981年6月〜1997年11月







1) 「隠喩『海』の系統発生」、『季刊書評』夏季号、no. 5, 1981年6月、pp.62-67.
 Sandor Ferenczi, Thalassa, psychanalyse des origines de la vie sexuelle, Payot, 1977.の書評
 <了解>と<説明>の狭間にたつ精神分析学的言説の中で、その<了解>的な側面が、そこでは様々の象徴を解釈するにあたって正に個別的で具体的な<生体験>との間の密接な連関がはぐくまれ易いという自らの性質により、文学や精神病理学など他の領域の中に比較的早くから受容されていったのに対して、その<説明>的側面は、フロイトの理論一般に通底する非数理的な色彩のためもあってか、必ずしも容易な自己拡張に成功した訳ではなかった。例えば『快楽原則の彼岸』のような、自らの理論と生物学との接近をはかる試みの場合に於ても、精神分析学が基調として持つ思弁的性格は再び見いだされるのであり、その中で展開された高名な二大本能論も、より伝統的な自然科学的見地にたつ者たちからその形而上学的性格をしばしば批判されてきたという事は良く知られている。
 「生物学への思弁的侵入」という項の下に現代の思索家たちに一瞥を与えれば(生物学者の側からの思弁的拡張、例えばユクスキュルやモノーなどは今考慮しないでおく)、われわれは他にも例えばベルクソンの『創造的進化』、ティヤール・ド・シャルダンの『現象としての人間』などの優れた論文を見いだすことができる。今回、ここに主要な材料として取り扱うサンドール・フェレンツィの『タラッサ』もまた同様の系列に位置するものとみて良いが、彼が早くからフロイトの高弟の一人であり、学問としては当時まだ草創期にあった精神分析学に多大の貢献をしたという事情をかんがみれば、その思弁性が主にフロイディズムの操作的概念に依拠したものであるという点が、上記の二人とは異なる点として掲げられ得る。(同様のものとしては、マリー・ボナパルトの『精神分析学と生物学』がある。またアーネスト・ジョーンズも同傾向の講演をアメリカで行っているが、こちらの方はどちらかというと概括的なフロイディズムの紹介に終わっているとみて良い。)
 フェレンツィは自国ハンガリーに精神分析学協会を設立し、同学問の伝播のために尽力した。また精神分析と人類学の統合を試みた人として名高いゲザ・ローハイムに一時、教育分析をほどこしている。
 『タラッサ』はフェレンツィの数多い論文の中でも最も長く高名なものである。これは著者が第一次大戦で軍役についた時期にフロイトの『性欲論』を翻訳したことが一つの契機となって、生理学と心理学の融合による新しい視点の導入という大きな意図に基づいて構想された。
 彼の他の著作としては、猥褻な言葉が如何なる退行真理と関係したものであるかを論じたもの、精神分析と哲学の境界設定を論じたもの、幼児の現実が構成されるまでの初段階を論じたもの、<リリパット症候群>と名付けられる身体の縮小・拡大という主内容をもつ幻影について論じたものなどが存在する。
 また彼は、フロイディズムの診断的な側面に於て極めて大きな有効性をもった<自由連想法>とは微妙に差異づけられた<積極的技法>と呼ばれる診断法の果敢な提唱者かつ実行者であった。それは、一切の抑圧機制から解放された患者の無意識の十全な奔流を患者のすぐそばにいながら気長に待ち続け、全く統制、干渉することなくその言葉を記述し、適宜、可能的な解釈を与えるに留まる医者という定式化に基づく前者に対し、抑圧の最も大きい意識の最深部を垣間見る一歩手前まで来ていながらその場で逡巡し苦悩する患者を前にして、医師がその患者の根元に巣くうと想定される基本的なコンプレックスに関する激励や罵倒の言葉、ないし、特定のアクティング・アウトに対する禁止命令を意識的に介入させることによって患者の最深部の心傷を一気に言語的横溢にまで至らしむるという方式に基づくものであった。最晩年には自らその方法的欠陥を認めざるをえなかったこの<積極的技法>の実践は、その異端的色彩のため、晩年のフロイトとの亀裂の主要な一因ともなった。
 さて以下に私は『タラッサ』で展開されている主要な論旨を自由な順序で、M・ボナパルトの類似した議論や現代の問題設定などをもまじえながら簡単に紹介してみることにしよう。

 還元性の大気の下の原始的な海の中にたゆたう多くの非生物的有機物の群。それらは<最初のスープ>の中で或日大小それぞれ大きさの異なる液滴(コアセルヴェート・プロトビヨンド)となり、一見無意味にみえる離合集散を倦むことなく繰り返してゆく。その絶え間ない前生物的化学進化の精密な再構成の描写はここでは全く企図されない。一つの液滴は自らのために構成される三次元の立体の外側に存在する多くの物質のうちの或るものは内側へ、或るものはそのまま外側へと巧みに選別しながら徐々にその大きさを増してゆく。「選別」という生物的隠喩の恐らくは早すぎる陥入。しかし化学反応の複雑な過程の狭間に、早くもある種の液滴はあたかも意志を持つかのように或るものを取り込み、或るものを排除することを始めるのだ。こうした選択性をもつ簡素な化学反応系はやがて自らの巧みな平衡感覚によって同一状態を継続することができるようになる。流動的で不可逆的な開放系でありながら、自己同一の反復可能性を担う逆説的な単体、「生物」の誕生である。
 今、私は目を閉じて自分が一つの巨大な液滴であると思いなし、<最初のスープ>の中に身を沈めてみよう。私は私に属する、即ち私である物質Aと、私の外にある私でない物質Bの差異を認識し、近づいてくるBに対し或いは逃亡し、或いは押し返す。なぜなら同一性は差異性に対して不可入性を保持せねばならないからである。しかしその退避行為が成功せずBが飽くまで私に接近をし続け、私の内外部の境界面、即ち私の皮膚を破って私の中に食い込んできたとき、私はBが私である物質Aを取り込みBにしてしまうのを恐れて、逆にBを自らと同一な組成にしてしまおうと反撃に転ずる。私はBを消化しようと望むのである。なぜならBは私の内部で暴れ回り私を破壊するかもしれないからである。私のまだ未分化なままの内臓を蹴散らし、思考中枢にも損害を与えるかもしれない。私の中で暴れるBに対する恐怖、私を貫通し私を破裂させるかもしれないBに対するこの恐怖、それが遺伝的に継承され姿を変えながらも相同的な機能を保持し続けているもの、それがダフネ・コンプレックス(処女の男性恐怖)である。巨大な液滴である私の心理に相関して具体化される私の行動特性は、何らかの物質的構制に固定されないまま(DNAのような化学的同定を受けることなく)、遺伝的に継承されるのである。心理が遺伝する。恐れの自己複製。愛の再生。アメーバのような私の触手は私の欲する物質の方へ伸び、それと接触し、取り込み、やがては同一化してしまう。原初的な口唇愛。私の内外部の境界を決定する私の膜=皮膚は、汎在する口唇愛の快感を享受し続けながら貪食を続ける。(未分化な私は全身が唇で被われているとも見なせるのだから。)享楽する表面。一方もはや私ではないままに私の内部に残存し続けているもの、いやむしろ私であることの役割を既に終えて私ではなくなりつつあるもの、それを私は私の外へと押し出さなければならない。液滴である私は排泄するのである。原初的な肛門愛。
 こうして口唇期並びに肛門期性愛の初源的なモデルを既に自らの行動の内に伏在させているアメーバのような私は、一つの纏まりとしての自分、他のものとは異なり自分とは等しい自己同一としての自分を認識し、自分をそのままの状態にしておきたいという自己継続の願望を抱くのである。液滴の初源的なナルシシスム。(以上の議論は主としてM・ボナパルトに依拠しながら私が肉付けをしたものである。勿論フェレンツィの発想も組み入れてあるが以下の部分の方がより直接的に彼の論旨に合致するであろう。)
 個としての纏まりをもつ液滴である私は自分の子孫のことなどは意に介さない。なぜなら子孫を産むためには、或いは子孫になるためには、私は一つであることをやめて真っ二つに切り裂かれなければならないから、もしくは私の愛する私の肉体の一部を私から切断しなければならないからである。しかも斯様な分解の後にもう一度今のような私、或いは私ではないながらも私と同じような形をしたもの(子孫)に戻れるのだという保証はどこにもない。生殖のための分裂、それは死の後にやってくる分裂即ち腐敗と一体どこが違うのだろうか? (土中に埋められた小麦は本当に秋にはより多くの他の小麦を産みだしてくれるのだろうか?) 或いはまた、「生殖」のために私と類似した形態をもつ他の液滴と媾合する場合には、私はその相手に敵ないしは食物として認知され攻撃或いは消化されてしまわないであろうか?
 こうして自己と類同的な形態や機能をもつ自らの子孫を増やせという「種」の命令は、自己の充全な生命のできうる限りの継続を願う「個」によって反発と憎悪をもってむかえられる。胚物質(遺伝子を担う生殖の中枢)と体物質(個体の生の継続を司る部分)の葛藤。元来この胚細胞は私が敵と見なして貪食したものが消化しきれずに私の体内に残存してしまったものである。(原初の独立の微生物としてのミトコンドリアや葉緑体。)この過去の攻撃と貪食の経験の記憶は、胚物質と体物質の闘争として「個」の心理野に残存し、「個」の「種」に対する憎悪感という形の下に継承せしめられてゆくのである。さらにこの「種」への憎悪は、とりわけ「種」の行為であるところの性交に対する憎悪として「個」の心理内に顕現するのである。
 しかしながら性交の価値は飽くまで両価的である。性交、即ち同じ「種」に属する他の「個」の内部への侵入は、<最初のスープ>が何らかの大地殻変動によって乾燥し涸渇してしまった後の、液滴である私の必死の抵抗が行動化されたものでもあるからだ。性交、それは即ち「失われた海を求めて」もう一度初源的な湿潤地帯へと戻ろうとする欲求なのである。濡れた母胎は憩いの場所、私が産まれたあの初源的な海である。(因みに「タラッサ」とはギリシャ語で海のことを指す。)乾いた<最初のスープ>の底で死滅した液滴同様に、海を失わねばならなかった陸上動物はもう一度海を求め、またあの涸渇の瞬間の苦しい窒息の心傷を反復することを求めるために(反復強迫)、苦しく同時になつかしい性交に耽るのである。(海に留まるという幸福を掴んだ魚類は性交を知らない。)特に高等陸上動物である哺乳類は、母胎内で羊水にひたりながら初源的な液滴の幸福を反復想起する。羊水は母体に内化された海であり、絨毛はえらの比喩的変形である。臨床的に観察される羊膜のリズミカルな収縮は、海の波打つ運動の隠喩的な痕跡である。ランク的な「出産心傷」は、原初の涸渇時に於ける苦しい窒息の反復であり、静謐な海からの別離の悲しみなのである。

 初源的な海の中でのこうした発生状態の生命体の生活状況と、哺乳類の持つ羊水などという生物学的事実、人間の子宮内回帰や性交時の両義的な心理上の屈折などを全て「海」という心象の隠喩的通底によって理論化しようとする試み、それが『タラッサ』の眼目である。個のレベルでの心理内容が系統発生という通時的な側面にまで残存するというこの発想は、無方向的突然変異と自然淘汰による生物進化という機械論的なダーウィンの図式よりもはるかにラマルクに近い所に位置するといってよい。しかしながら、もしこの『タラッサ』の論旨の根本想定、即ち「液滴の心理」と「人間の心理」の遺伝的連結の想定ということが、現代の生化学的言説の数理的性格に比べてあまりに前科学的であると判断する人があるとすれば、私は敢えてその人に反論はしないであろう。なぜならその人の判断は原則的にいって妥当なものであるのだから。しかしまた、再検証可能であり、変項と定項の組み合わせによる単称の或いは全称の命題として定式化される自然科学的命題の持つ実定性のみが、この世界(人間の思考をも含めて)の様態を記述するのに適したものであるとは言い切れない思いのする私としては、この『タラッサ』のような原理的に実証的な検証の可能性を拒む枠組みの理論が持っている、それなりに貫かれた合理性にも着目してゆきたい気がするのである。
 とはいえ、このような性質の「理論」を前にしたときに文学的な言説がしばしばそう主張するであろうような、過去の科学者の「非合理的な狂気」の発掘と賞揚に私の興味が存するのではない。現在の時点での正統的な理論から逸脱した諸理論を、「非合理的狂気」という形容辞で修飾し、その実質的な価値を夢想としての価値に転化することによって逆に正統理論の反復的な安寧をはかるという隠微な構造を、斯様な発話は担いうるからである。
 つまり「疑似科学」的な理論の実質的で発見的な価値を、私はその一貫した合理性の姿態の中にこそ見いだしたいのである。その際、絶えざる範疇侵犯を繰り返す隠喩的機能が一つの主要な媒介項となるであろう。
 瞬間が流れ去る毎にすぐ前に先行する自らの父親を殺害し続けるクロノス。胃潰瘍。ウロボロス。萩原朔太郎の蛸。貪喰空胞内に捕獲した物質を同化しながらも、薄膜の破砕の際には細胞全体を分解してしまう危険を担うリソソーム。これら自らを消化する者たち。隠喩的な範疇形成(=破壊)は斯様にして異質な諸言説の上空を縦横に飛翔する。
 十八世紀のある著述家は、当時まだ比較的新しい器具であった顕微鏡を眼下に置き、普段とは全く異なる姿態をもって現出してくる日常的物体の本質のあり方に目を見張った。そして或日、人間の皮膚を拡大して眺めてみた時、そこに鱗状の模様を見いだした彼は、それが太古人間が魚であった事の何よりの証左であると考えた。拡大された皮膚の中に鱗を見、人間の身体に魚類の生命を重複させたこの男の持っていた合理性は、われわれに或る一つの可能的な世界解釈の目映い姿を開示しているのだ。



2) 書評:「F・ダゴニェの『エティエンヌ・ジュール・マレー論』」、『比較文学研究』第54号、1988年12月、pp.141-145.
Francois Dagognet, Etienne-Jules Marey, Paris, Hazan, 1987の書評
 現代フランスの哲学界でガストン・バシュラールの流れをくむ認識論の第一人者フランソワ・ダゴニェがあらわした最新の著書は、一人の人物の名前をそのまま本の題名にしている。その人の名はエティエンヌ=ジュール・マレ(1830-1904)。
 あのクロード・ベルナールのあとを継いで科学アカデミーのポストについたこの生理学者、<マレのタンブール>という一種の増幅器や、血圧と脈拍数との関係をめぐる<マレの法則>にその名を残す当時は高名であったこの科学者が、いったいどのような観点からわれわれの興味をひきつけうるというのだろうか?
 この当然の疑問も、ダゴニェの著作を読み始めるとただちに解消してしまう。そこにあるのは、まだ個人としての科学者の試行錯誤がそのままの形でなんらかの意義をもちえた時代の一人の探究心に富んだ科学者の姿、しかもその仕事が科学という領域を離れていつしか芸術とまざりあい、やがては新しい時代の写真や映画の中にその痕跡を残すことになるという人物の姿なのである。
 映画史は通常みずからの発明者という栄誉をルイ・リュミエールに与えている。ではこのいわば忘れ去られた科学・芸術家マレの軌跡はどの地点で恩知らずな映画史と交錯するのだろうか? 本書はこの人物の多様な活動を大きく三つに分けて提示しているが、その記述が進む中で、われわれは<マレと映画史との交叉>という上記の問いに対する回答をも見いだすことになるだろう。
 以下に簡単に、マレの生涯が辿った三つの段階の概要をおってみよう。
* * *
 マレの博士論文は『健康時並びに病気の時の血液循環の研究』という題名を持つ。人名辞典のたぐいでの最も簡単なマレの紹介は、この循環器系研究という点に言及することで事足れりとしている場合が多い。だがここでわれわれは、この題材が生理学者の研究する一分野としては当然のものとして受け流してしまうのではなく、そこから<血液循環>という生理現象がくしくも象徴する<絶えざる運動としての有機体>という視点を、生体から抽出しておく必要がある。肉体は通常の可視的運動以外にも、その内部でありとあらゆる運動をしている。そこでマレは、生体のかような内的ダイナミズムを正確に探知するためには人間の通常の知覚器官に頼っているだけではまったく不充分で、そのため人工的なさまざまな装置に頼らなくてはならないと考える。認識における器具的媒介の重要性の認知――これこそが<第一のマレ>を構成する最も重要な着眼点である。それはまた、巧みなモデル製作への強い志向性としても現れる。例えばマレは、ガラス瓶の下にガラスの管とゴム製の管をつけて水がどちらの管をより多く流れるかを試すことによって、動脈の弾性が血液循環に有利に働くことを証明する。
 一般的に医って、医者の知覚判断は正確な現象把握にとってむしろ妨害要因として働く。だから装置の自動的記録にまかせておいた方がよい。ダゴニェはピエゾメーター、キモグラフ、脈波計など、さまざまな計器の寄与を一つひとつあとづけしていく。とりわけ脈波計の洗練過程は注目に値する。その最初の段階は手首での脈動をそのまま腕上で接知してそれをスライドする煤紙に針できざみこむという比較的ナイーヴなものであったが、後には高速回転ドラムを用いたより高度な機械性を身につけてゆく。同時にわれわれはこの種の器具上の洗練過程をそのまま辿る中で、現在ではもはや使用されなくなったさまざまな器具(例えばピオリの打診板)にも出会うことができ、その意味で<器具の考古学>の面白さを存分に堪能できる。
 重要な点はある種のデータの読み取り自体よりも、そのデータの装置媒介的な記録の内にこそある。ある器具を用いてある現象を切り取り適当な形で記録したなら、その時点で勝負はすでについている。さまざまなグラフの蓄積は<生命の神秘>という城壁を一つひとつ切り崩してゆく。現在からみればまるで玩具のような医療器具のイラストに、われわれの想像力は奇妙なときめきを覚える。器具的媒介の援護に力をえて、マレは瞬時に消え去る音をも捉えようと骨を折る。かつて存在したエングラメル神父やカルパンティエのメロディ再生器と肩を並べて紹介されるカルディオグラフは、みずからの記録板の上に心拍のリズムをではなく、あたかもバロック音楽を記符していくかのようである。生体の内的ダイナミズムを装置的介入によって空間的な描線に翻訳すること――これこそが<第一のマレ>の真骨頂であった。
 <第二のマレ>は有機体の内部とは別れを告げる。内臓のリズムを探索し終えた彼は、いまやより日常的な運動の把握へと目を向けるに至る。つまり走る馬、はばたく鳥、飛ぶ蠅やとんぼ、歩く人間などに注目するのである。だがその際彼は一種の迂回戦術をとる。つまり動体を前にして<生成>や<流動>を準拠概念にするのではなく(それならあまりに凡庸にすぎる)、あるひとつの動体を複数の瞬間における継起的姿態におきかえるのである。それは、ジャンセンの天体用レボルバー、マイブリッジの瞬間写真などを介して、やがて<写真銃>(fusil chronophotographique)の開発による動体写真術(クロノフォトグラフィ)の実現へと至る長い道のりの起点をなす発想であった。彼の動体写真術は、マイブリッジなどとは違って、一枚の固定乾板に一定の時間間隔をおいた運動体の各相をおさめるという画期的な意義を担うものであった。(もちろんそのためには臭化ゼラチン乾板法などによる撮影の高速化という技術的背景があったのはいうまでもない。)
 だがここでわれわれは、完成態としての動体写真術に至る前の段階としての、馬の歩き方(四肢の運動)をめぐるさまざまな分析の試みに注目しておこう。汽車や自動車が陳腐化した今となっては馬はわれわれの生活世界でそれほど大きな比重を占めるものではない。だが十九世紀にはまだ馬の持つ文化的意義はきわめて大きいものであり、その意味でそれを科学的に分析しようとする試みにも大きな関心が払われたのである。(速く走っている馬はほんの一瞬四脚とも空中に浮かせるが、それを発見した当時の人々の大きな驚きを現時点で追体験するのは易しいことではない。)馬はなみあし、アンブル、だくあし、かけあしのそれぞれにおいて決して同じようには脚を動かさない。ダゴニェはそれを分析するためにマレを含めた当時の人々がどのような苦労をしたのかを詳細に書き留めている。ひづめの下にゴムをつけてその変形を調べる装置や、四肢のそれぞれに紐をつけてその紐のゆれを記録する携帯用の装置など、玩具にも似たそれらの器具は、ほほえましいと共に、まだどこか素人的な色彩を残していた当時の科学の持つ香り高さをわれわれに味わわせてくれる。蠅の羽の運動を聴き取りながら分析しようとする試みや、羽を軽く煤紙と接触させてその痕跡を分析対象にしようなどという試行に至っては、思わず吹き出してしまうほどの幼さをひきずっている。
 しかしマレが今一度その発想法を変えて、上記の最後の例にまだ見られるような<機械的痕跡>の探究から、それとはまったく別の<光学的影像>の探究にその目標を移しかえたとき、巨大なモダニズムの一歩がしるされることになったのである。先にも触れた動体写真術の積極的使用は、鳥の飛行や人間の歩行というありふれた事柄を、まったく新しい日の下にさらすことになるであろう。また鳥の運動の解析は、それをアナロジカルに模倣する模型の製作を可能にしたばかりでなく、きたるべき飛行機の実現に向けて、はばたきの模倣からは解放された独自の飛行物体という着想の出現をも間接的に刺激することになった。その意味でダゴニェは、マレを生誕期の航空工学に寄与した先駆者の一人として把握する。かくして器具的媒介の持つ重要性の認知者マレは、卓越した(生理学的、生物学的)モデルの制作者(T)であり、同時に連続的運動の微分的解析者、時間の解体人(U)でもあったわけである。
 さらにここで<第三のマレ>が姿を現す。もっともこの第三番目の段階は動体写真を操る<第二のマレ>のいわば連続的発展に他ならないものなので、両者の間に截然とした区別は存在しない。<第三のマレ>は拡散するマレである。生体の内的ダイナミズムの生理学的研究や運動の動体写真による微分的解体はいまや本来の地味な科学的探究という領域を離れて、モダンアートにとっての豊かな温床を提供することになるのだ。その意味で、第三章冒頭での筋肉収縮の様態を表すグラフと現代の抽象画家ハンス・アルトゥングの絵画との並置は象徴的でスリリングな味わいに満ちている。それはまた、第二章の終わりに掲載されている写真、つまりさまざまな障害物の周囲で空気がどのように流れるのかを線状の煙のゆらぎによって可視化したマレの実験写真ともオーバーラップして、読む者の心に独特な印象を与える。生理学と抽象絵画と流体力学とのめくるめくばかりの饗応である。そしてそれを連結する操作子は、なだらかで意味ありげな数多くの曲線群なのだ。
 マレの仕事は近代生活での速度や運動の礼賛と直結し、さらにはキネティスムや未来派にも深い霊感を与える。クプカ、マン・レイ、モホリ=ナギ、ボッチォーニなどいちいちラインナップするのももどかしい。またあのデュシャンの「階段を降りる裸体」が造形的見地からみてマレの動体写真の影響を受けているのは間違いない。あでやかなモダンアートの陰の、地味な生理学者の存在。現代芸術はその精神的祖型の少なくとも一端を担うものとしてマレを忘れるわけにはいかないだろう。
 さらにマレは、一八九二年、動体写真を連続的に投影することによって網膜上に連続的な視覚像の擬似的等価物をつくりうると科学アカデミーに報告している。動体を写真に写し取るのではなく、その逆に動体写真の連鎖的投影によって運動の幻影を与えようというのである。それは一八九五年、リュミエールによる映画発明の三年前のことである。もちろん映画の実現にはなおいくつかの技術的障害を乗り越えなければならなかったわけだが、マレが映画のわずか一歩手前まできていながら最後の一歩を踏み出さなかったのは、技術的障害のためというよりも、彼の<哲学>が要請する心理的規制の障害によるものであったというのが、ダゴニェの解釈である。つまり運動の微分的解体の逆の過程、すなわち微分的動体写真からの擬似的運動の合成並びにその商業化は、つねにより精度の高い装置によって現象の繊細な把握をすることをめざしてきたマレの原則にそぐわないもの、価値が低いとして意識的にそれから離れてきた人間の通常の知覚能力におもねる体のものに他ならなかったからである。映画の発明という栄誉から彼を遠ざけたものは、器具的媒介によって武装されたみずからの技術的実証主義哲学そのものであった。モダンアートに霊感を与えた父親の一人であるマレは、それでもやはりあくまで科学者であるに留まったのである。
 その限界兆候は、馬の脚の運動に精通していた彼が、ジェリコーの馬の絵(「トルコの騎士」他)における四脚の描写が科学的にみて不正確であるからといってジェリコーを毛嫌いした、という事実にも端的にあらわれているといってよい。科学と芸術との共演はたぐいまれな数多くの成果を残したが、それでも実際にそのどちらかに従事する人々にとっては、両者の構成原理の内に両立しがたい諸点が存在したというわけである。
 ダゴニェは以上の分析に続けていわばその後日譚としてオーディオビジュエルの考古学、さらには身振りの最適化の産業的適用としてのテーラーシステム、軍事的意図に根ざした近代スポーツ事業の確立などという諸点にまで筆を進めている。最もはなやかな現代芸術の父としてのマレの哲学は、それと同時に、近代的な人間工学による人間支配の淵源としても機能したという逆説性を担うのだ。この「メダルの裏側」への注視によって、ダゴニェはマレ主義礼賛に一抹の両義的陰影を与えることに成功している。
* * *
 以上が、ダゴニェが抽出した<マレ哲学>の三態である。
 認識論学者としてのダゴニェを読み慣れた者にとっては、彼自身の哲学のライトモチーフ、すなわち表層の注視、深さの忌避、グラフィスムの重視、ベルクソン批判などのおなじみの主題が本書でも繰り返されているのをたやすくみてとることができるだろう。それらのテーマにとって、<マレ症例>はいわば補足的な資料的価値しか持たないようにさえみえる。実際のところ、ダゴニェ哲学の一層の深化を望んで本書をひもとく読者は、そこにその単なる延長や拡散を見いだすのみであり、その意味では、本書はダゴニェの著作群全体の中では二次的重要性しか持たないものであると見なされよう。
 だがなにも、ひとつの哲学書をいつも哲学的にばかり読まなければならない、というわけでもあるまい。
 比較文化的観点からいうならば、本書が持つ最もスリリングな内実は、ひとつの生理学的問題への解決に端を発した計器的媒介、並びにそれを支える方法論が、いつしか本来の領域を離れて映画や絵画という文化的果実として実を結ぶことになるという、その諸領域貫通的な操作子の豊饒性の確認の内にこそ存在する。脈拍や肺呼吸という微細な現象の探知は、計器の精度を高めるという工学的錬磨の諸過程を経て、やがて運動そのものの引き写しという古代人の夢の実現に道を開くものであった。この思いがけない史的連鎖を、単なる偶然や個人的逸話の集積に還元することなく、あくまでも合理的な<分析・総合>の方法論に沿うものとして捉えてその一つひとつを意味づけしてゆく、ダゴニェの手腕にはいまさらながら敬服させられる。運動の直接的礼賛にあけくれるのではなく、その迂回的な寸断を装置化するということ。この迂回戦術こそがモダニズムの具体的展開にとっての貴重な酵母であったという事実は、文化史的な観点からいっても、いくら強調してもしすぎるということはないだろう。
 最後にひとつだけ、注文めいた戯れ言を書き留めておこう。マレ主義がモダンアートの淵源の一つになったという史実展開に関しては日本でも例えば横山正氏などの人々がかなり前から注目していたことであり、その意味で、それはわれわれにとってすでに<周知の事実>であったといってもそれほど不遜ではあるまい。だがダゴニェが光をあてようとしているもう一つの側面、つまり身振りの合理的解析が、やがてはテーラー、ギルブレス、フォードなどの近代的IEの確立にとっての技術的基盤を提供するものであったということ、さらにはそれが心身壮健で優秀な軍人を大量生産するためのデータ提供者としての役割を果たすものであったということは、まだそれほど知られていなかった点なのではないかと思う。その意味で、後者をめぐるダゴニェの筆致がやや性急にすぎたのはなんとも惜しまれる。<心身壮健>というそれ自体ではなんら文句のつけようのない価値が、ある種の政治的背景の中で他者の征服や抹殺という危険な帰結をもたらすための必要条件にもなりうるというこの事実、それはまさに<啓蒙の弁証法>が内蔵する数多くの逆説を今一度われわれに意識させるものであるのに他ならない。モダニズムの持つこの両刃の刃的な性質、それは反近代主義者たちの再三の告発にもかかわらず、現在なおわれわれが身をもって体現していかなければならない要件の一つであり続けている。そしてそのモダニズムはまだ当分の間死滅しそうにない。だからこそ逆に、ダゴニェのような近代主義者の口から、単なるリップサービス以上の真摯な自己反省や自己止揚の可能性にむけての提言を、より先鋭な形で聞いてみたいとわれわれは望むのである。毒と薬をともに吐き出すこの近代という怪物がはらむ巨大な問題性をあくまでも充全に請け負いながらそれを生き抜いていこうとする迫力にくらべれば、カウンターカルチャーの二番煎じのごとき<ポストモダン>の漂流志向など、その緊迫性の水準においてものの数ではないのである。



3) 書評:「P・ロッシの『哲学者と機械』」、『化学史研究』vol 18, no. 2(通巻no. 55), 1991年、pp. 95-98.
パオロ・ロッシ(伊藤和行訳)『哲学者と機械』, 科学史研究叢書 @, 学術書房, 東京, 1989. 197頁+索引・注50頁, 2800円.
 『哲学者と機械』という題名は, あるいは本書の内容に関してなんらかの誤解を生み出すものかも知れない. たとえば人はそれによって機械または機械論と哲学との関係を巡る議論や, 哲学者たちが機械について下した判断の史的鳥瞰などを想像するかも知れない. だが本書が主題とする問題はそれとは幾分異なったものである. その議論の骨子は明確である. すなわちそれはアリストテレスに代表される伝統的, 古典的な着想, つまり機械的技術や実践的知識に対する軽視, またそれらの担い手に対する軽蔑という着想が十六世紀から十七世紀という近世初期に徐々に解体し, 機械工学的な知識の社会的評価という事態にとって代われらたという事実を明示化するためのものなのである.
 議論全体の背景に否定的相関者として存在するもの, それは上記のように, アリストテレスの『形而上学』や『ニコマコス倫理学』などに典型的に見られる考え方である. たとえば家屋建築の際, アリストテレスにとって最も知恵ある者と考えられるのは, 実際に梁の制作や木材の研磨にあたっている人間ではなくて, それらの仕事がいったいなんのために, またなにに向かって成されているのかを知っている人物, つまり棟梁である. 棟梁の卓越性は彼が実践的であるという点にではなく, 彼が自ら当該の家屋建築の原則を把握し, 原因を認知しているという点に存する. そしてこの棟梁の卓越性は, 論理的世界のなかにも適当な変更を加えられながら外挿される. ただ知ることそれ自らのためにのみ知るということ, それは, 多くの実利的束縛が介入するためにその純粋性が汚されている営為よりも優れている. 自らのためにのみ存在する学問は<非制作的>なものである. だから制作的な知よりも観想的な知の方がいっそう多くの知恵がある.
 さて, この『哲学者と機械』が主要な任務として自らに課しているのは, 上記のような着想を近世初期の人々がいかに批判し, 克服しようとしたのかを, 当時の一次文献を綿密に渉猟することによって明らかにすることなのである.
 本書の具体的な体裁をたどってみよう. まず第一章では1530年から1580年ころにかけて, 当時の技術者, 医者などが<事物との実り豊かな交わり>を求めて, どのようにして実践知の社会的評価を向上させようとしていたのか, その具体的な闘争の様態が浮き彫りにされる. パリシー, ノーマン, ヴェサリウス, ビリングッチオ, アグリコラなどの共通した判断, それは修辞学的逃げ口上, 言語遊戯, ア・プリオリな論理的構築などよりも, 現象の直接的観察, 実践への注目, 経験的探求を重視するということであった. たとえば鉱物学・地質学の古典の著者として名高いアグリコラは, 自然観察への無関心を懸念し, 書斎人が操る技巧的科学言語の秘匿化を憂いていた. それらの技術者たちの著作がもつ一貫した姿勢は, 好事家が他の好事家のために書いた同時代の多くの博物学的文献よりもはるかに大きな近代性を備えていた.
 またそれまで非体系的で純粋に技能的な水準に留まっていた芸術家むけの指導書もルネサンス期のいわゆる<高級職人>たちの手によって, より理論的なものになった. もっとも, そこには歴史の皮肉がある. つまり単なる作業指針の書き手として恐らくは正規の高等教育もなんらうけないままで低い社会的地位にあまんじていた工作人たちは, ルネサンス期に至り, 三次元の二次元への系統的形態変換(遠近法)やドームの理論的建設法を自家薬篭中の物とするにおよんで, それまでの下層階級から上層階級に吸収され, 自己の出身階級の地位を改良するのではなく, 端的に自己の出自を隠蔽する方向に向かったのである.
 ともあれそんな特権的芸術家たちの<裏切り>はさておき, 単なる書斎人の生み出す概念結合が実際の経験界がはらむ膨大な可能性をなんら実効的に覆うものではないという確信は, 徐々に共通のものとなっていった. またそこにおいて触れられるレオナルド・ダ・ヴィンチの解釈は注目に値する. ロッシはレオナルドの科学的手稿が過大評価されることに対してむしろ警告を与えている. 彼の手稿が埋もれたままであったのは周知の事実だが, その非公開的性格は, その非体系的性格ともあいまって, その後決定的な重要性をもつことになる<近代科学>の理念と抵触するものであったというのである.
 そしてまさに公開性や非個人性をその本質的特徴としてもつ近代科学の理念は近世初期に徐々に形成されたものであるということ, ならびにそれがはらむ他の帰結の検討, それが第二章のおもな主題となっている. つまり知識は公共的でなければならないという発想, 知識の価値は制度化されることで確実にされるという発想, 知識体系が完全に完成することは原理的にありえず, 知識は本来生成過程にあるという発想, 一人の人間が成しうることは所詮たかがしれているという発想, 認識の主体は孤立した個人ではなく人類全体であるという発想, 知識は漸進的に増大し, その意味で進歩はありうるという発想ーーこれらの考え方が最も明確に意識化されたのは近世初期のヨーロッパなのである. ロッシはその着想が哲学的に明示化されたのはベイコンの著作においてであるという. 著名なベイコン論(『魔術から科学へ』)の著者でもある彼のベイコンに関する言及は, しかし本書ではそれほど綿密なものではない. むしろここで注目しておくべきなのは, 上記の近代科学の理念が内包している進歩という概念を巡る, 古代派と近代派の論争の具体的事例である. フランスにおけるその論争が, 進歩という概念がそれほど該当しているとは思えない趣味判断に関する領域(詩, 雄弁)にすぐに収斂していったというのは見やすい道理であるが, 興味深いことに, ロッシによればその論争はイギリスでもフランスとは独立に起こり, しかもイギリスでは趣味判断を巡る古代・近代の優越論争ではなく, 自然哲学, 科学, 機械的技術を巡る優越論争であったというのである. われわれの目から見ればごく当然に思える, 工学的水準での<進歩>を, 当時の古代派はいったいどのように否定したというのか. それに対するロッシの回答は遺憾ながらいささか簡単にすぎるとはいえ, 逆にいえば実に要をえたものである. それはグランヴィルとスタッフの対立に集約されている. スタッフは工学的で実践的な知識の台頭を「物質主義的および機械的」であると見なし, それが古来からの人文主義的伝統にとって有害であると考えていたのである. そこには事実判断に関しては同一であるが価値判断に関しては鮮やかに反転している着想が例示されているといってよい.
 第三章は内容的には前の二つの章と重なりあう部分が多い. ただそれが時代的に少しずれて十七世紀を中心に活躍した人々の業績が取り上げられている. 具体的にはカンパネラ, デカルト, メルセンヌ, ガッサンディ, ガリレオ, ボイル, ライプニッツなどである. それらの<巨人>たちをあくまでロッシは本書の問題意識にそって切りとるわけだが, そのなかで私は次の二つの点に注目しておきたいと思う.
 まずはデカルトについて. デカルトの科学理念は厳密に演繹的な構造をもつものであったので, 知識の進歩は, 多数の人間たちが協力して漸進的に真理に近づいていくその過程そのものというよりも, 普遍妥当性をもつ原理から演繹された下位の原理への移行として捉えられていた. この考え方が機械的技術の評価に援用されるとき, デカルトのベイコンとの対比は鮮やかなものとなる. ロッシが引用するデカルトの一節はここでも紹介しておくに値するものであろう. 「というのは, あらゆる技術はたとえ初めは未熟で不完全であっても, しかし何か真なるものを含み, その成果を経験が示すのですから, 用いられるとともに少しずつ完全になっていくのが見られます. . . . 」技術はその実現様態がたとえ未熟でも既に<何か真なるもの>を含む! ここにおいて成されているのは, 工学的実在化の過程に本質的に含まれている時間性を, 演繹的論理がもつ非時間性によって圧倒することであり, 漸進的な実在化が随伴する差異性を一気に与えれらる同一性で塗り込めることなのである. つまりデカルトは技術を哲学に近づけ, 両者の差異を減殺することで, ベイコンの問題設定を骨抜きにしているのである. 要をえたコメントが記載されているとはいえ, この論点があまりに簡単にしか扱われていないのは残念である.
 もうひとつ, 私が注目しておきたいのはロッシによる次のボイルの言葉の引用である. 「手仕事において生じる現象の多くは自然誌の一部であり, したがって自然学者の関心が求められる. . . . それらの現象は, 自然がその過程から人間の力の働きによって逸らされるとき, 我々に活動中の自然を示すのであり. . . . . . , それこそ我々が自然を観察できる最も示唆に富む状態である. 」(下線筆者)人間が自然を異常状態におくときに, 自然はより活性化される. これは能動的実験の存在論的価値を称揚したベイコンの着想に連なる, 一種の実験哲学の原理の告白なのである. そして自然の<異常状態>は修辞的な概念結合の領域からは生まれないものなのである.
 以上が本文の主要な内容についての筆者なりの要約・注釈である. 本書にはその後に技術と自然を巡る概念分析, ベイコン解釈, プロメテウスの象徴解釈という付録がついているが, その内容の詳述はここでは割愛する. また訳者の伊藤氏は短いながらも要をえた解説をしておられる.  
 あとはこの論文を通読したうえで筆者が感じたことを二, 三書き留めることで紹介の役割を終えたいと思う.
 さてロッシ自らが書いた第二版への序や訳者の解説でも明らかなように, 本書執筆に至るロッシの起動的動機は, コイレのガリレオ像(『ガリレオ研究』)批判とハイデッガー風の技術批判に対する反批判であったということはあくまでも忘れられてはならない. <近代科学の魔術的起源>という衝撃的な着想を巡るイェイツなどの業績と, ロッシが共通の一次文献にはあたりながらも下した判断との差が明らかにしているように, ロッシはあくまでも実証主義的で合理的な軸を近代科学の基礎に据えてものをみている. また工学的知識の勃興が当時の鉱山開発などという社会経済的背景に根ざしたものであるなどという指摘も科学社会学的視座の具体例として充分意義あるものである.
 だが本書を通読して率直に感じるのはある種の単調さと, 議論があまりに断片的なことに対する焦燥感である. たしかにロッシは実証主義的禁欲心から, 観念の無駄な飛翔を自戒するために極力当時の一次文献をしてそのまま語らしめるという方法をとっている. それはそれで資料的には大きな価値をもつことは否めない. だが議論の大枠が, アリストテレス的着想に対する近代のアンチテーゼという比較的おおまかな主題に絞られ, しかもそれ自体の概念的検討がほとんど行なわれていないだけに, 一次資料が豊富な分だけ逆にそれを支える議論の論理的骨子は単純なままに留まっているのではなかろうか. たとえばなぜアリストテレスは工学的知識をそれほど重視しなかったのか. その原因を, 単に奴隷の豊富な存在に求めたり, 彼自身の出自の貴族性の発現であると簡単に断定するだけで事足れりとして本当によいのか. われわれはむしろアリストテレスがその総体的な論理体系のなかでどういう根拠に基づいて, 工学的で機械的な知識を他のある種の知識よりも二次的であると見なしたのか, その思考過程をできるだけ再現してみるように努力すべきなのではなかろうか. それにかりに近世初期にようやくその発想が瓦解し始めたというのが事実だとしても, 逆にいえばなぜアリストテレスの死後そんなに長い間, 彼の着想は基本的に踏襲され続けたのだろうか. それを単に, 没批判的な因習採用や権威主義的知識統制の成功に起因せしめるだけで事足れりとしてよいのだろうか.
さらにいえば, ロッシが取り上げる近世初期の偉人たちが異口同音に機械工学的知識の価値を顕揚したという事実を, 現在取り上げ直すことには, どういう思想的意味があり, それを述べたてるロッシ自身はどういう思想的背景をもつのだろうか. 筆者はなにもハイデッガー風の詠嘆でモダニズム全体を切り捨てるなどという積もりはない. だがそれにしても, 当該の問題に関する近世初期の人々の主張が, 結局は勃興期の産業社会の利益関心に見事に迎合するものであった云々の批判的指摘が, ロッシの資料収集を前にして, その批判性を喪失するとはとても思えないのである.
このように本書は, 現在でも依然として重要な数多くの問題についてわれわれに考えさせるきっかけを与えてくれる. もしあるひとつの本の価値が, その中にある回答の多さによってよりも, たとえ間接的にせよ提起された問題の多さによって測られることが許されるならば, 本書は貴重な文献たりえているように思われる.



4) 書評:「ジェイムズ・バーナウアー著『逃走の力 ――フーコーと思考のアクチュアリティ』彩流社、1994年」、『情況』1994年7月号、1994年7月、pp. 167-168.
 バーナウアーによるこのフーコー論は、フーコーの経歴の全行程を、それぞれいくつかの著作で代表させながら概略的に五つの時期に区切って提示している。つまり『夢と実存』の翻訳、『精神疾患と人格』『精神疾患と心理学』『狂気の歴史』『臨床医学の誕生』までを真の心理学構成を意図していた第一期としてまとめあげ、それについで『言葉と物』を第二期、『知の考古学』『言語表現の秩序』を第三期、『監獄の誕生』『知への意志』を第四期、そして『快楽の活用』『自己への配慮』を第五期として捉えている。そして第二期以降をそれぞれカタルシスの思考、不協和音の思考、異議申し立ての思考、エクスタシーの思考と呼んで標語化している。
 経歴の区切り方自体はそれほど新しいものではなく、その点に強い反論をたてる必要もない。逆に、そこにバーナウアーの個性を探そうとしてもうまくいかない。だが例えば『精神疾患と人格』と『精神疾患と心理学』という、その一部分が書き換えられた、だが残りは重複するふたつの著作がもつ書き換えの意味の分析などは綿密であり、初期フーコー思想の案内としてはかなりの価値をもつだろう。また、多くの二次文献のなかで、いわば当然の手続きとも考えられる代表的著作群の網羅的な検討が、必ずしも常になされているわけではなく、全経歴中のどこかに重点をおいて、後の部分にはほとんど触れないという事例が少なくないという事実もある以上、本書は、手っ取り早くフーコーの全体像をつかもうと思う人にとっては便利なものとなろう。
 ところで区切り方には特徴はなくても、また経歴全体にわたる目配りがなされているという事実があるとしても、それはなにも本書がなんら一定の立場どりをもたない没個性的な案内図にすぎないということを意味するわけではない。バーナウアーは、全体を一通り見通した上で、フーコー思想の全行程を最晩年のフーコーが携わっていた倫理的自己統制の技術論を中心に捉えることで整理し直し、いわば後の主題から前の主題を逆照射する形で全体を位置づけている。もっとも記述の仕方はその逆である。つまり彼は第一章を、「逃走の力」という、本書全体の題名にもなった言葉でまとめあげながら、自らの基本的判断を提示することから始めている。彼は、一見多様かつ非連続的にみえるフーコーの著作群を、その倫理的問題設定の観点から統一視する。つまりフーコー全体を「思考のエチカ」という観点から統一的に捉える。それは、フーコー最晩年の『性の歴史』群をどちらかというと二次的にしか扱わない評者が少なくないという事実に鑑みると、本書最大の特徴であるといえる。
 さて、ではこのような彼の立場はどの程度の説得力をもつものだろうか。フーコーが、社会に複層的に存在する規範群、しかも自らを中立的で「学問的」な知の一種として提示する隠れた規範群がもつ欺瞞性を告発し、それを遵奉することを潔しとしないというスタンスをとり続けたことはよく知られている。もちろんその場合、規範を知として捏造する悪玉と、それによって苦しめられる無垢な人々などという単純な二元論を彼が採用しているわけではないとはいえ、基本的に彼の視線が、規範が非正統的なものとして排除、抑圧、弾劾してきたものの方により頻繁に向けられてきたということは間違いない。狂人、犯罪者、性倒錯者など、なんらかの意味で周辺的な存在にこそ、彼の分析装置は捧げられたのである。フーコーの社会的スタンスを定型的な<弱者の味方>と同一視することも完全な誤解とはいいきれない。だがにもかかわらず、彼の学問的情熱をその種のヒューマニズム的な意味あいでくるみこむことはやはり誤解の原因になる。通常の倫理規範の根拠を永遠の人間性に求めることができるためには彼はあまりにニーチェ的であった。彼にはむしろ、人間愛も、真理も、価値も、思考の技術的戦略が設定する儀式の総体として見えていたはずである。その意味で、バーナウアーが、フーコー全体の駆動力を人間の創造性を押さえつけるものに対する反発とか、規範からの逃走という行為のなかに見てとろうとしたことは、あまりに安易であるように思える。倫理規範との緊張関係を絶えず感じていたということと、倫理的問題設定を根幹におくということとは同一のことではない。バーナウアーが試みているような種類のフーコーの倫理的読解は、フーコーの研究プログラムに対する、伝統的思考からの差異縮減の試みであると述べることさえわれわれには許されているように思える。倫理という言葉のもつ重みを当然ながら感じるいかなる人間にとっても、それをフーコーの営為の形容のために使おうとするときには、極度の慎重さが要求されるだろう。



5) 書評:『シェリング読本』西川富雄監修、法政大学出版局、1994年、『図書新聞』第2226号、1994年12月17日
 書物は、その各部分が自己自身のみを指し示す自足的存在としてあるわけではない。書物は自己を越え、絶えず他の書物群を喚起し依存し、場合によっては陵辱する。だが関係的存在としての書物という一般的背景のなかでもこの『シェリング読本』はいっそうその性質を強くもつというのはいうまでもない。読本という性格上、それが自足的な終結点であるどころか、ある研究対象をめぐる未来のさらなる研究へ向けての誘いや鼓舞であるのは当然である。それはすぐれて通過点または出発点としての書物である。そしてシェリングは、周知のごとくドイツ観念論のなかでも従来比較的研究が進まない対象としてあった。彼はヘーゲル哲学への媒介的道程として、または実存主義の先駆者として把握された。世界の研究史をみても多様な展開を見せたその知的履歴の一部分のみを重視してあとは逸話扱いにするというのが哲学史的記述の常套だった。その種の常套をまえにして多様な履歴を多様なままに提示するためには、複数の異なる才能と知識をもつ論者が集まって各自のシェリングを語るという様式は適当なものだといえる。多様な視点から組み立てられた二〇本以上の力作がならぶ本書をみれば、改めてそれを確認することができるだろう。もちろんそれぞれの論文の量の限定があるために、ある主題に関する十分な掘り下げを求めても失望するだろう。だがそれはまさに読本の鼓舞としての使命と合致する。あとはいかに適当な資料提示があるかどうか、つまり本書自体がもつ資料的価値が問題となる。その点では各論文末尾の文献資料を別にすればシェリング自身の簡単な履歴書と概略的な文献表が収録されているだけで、若干の物足りなさは残る。だが簡単ながらもわが国でのシェリング研究史の回顧論文も収録されているので、初学者には貴重な案内にはなるだろう。
 ではその論文群を通して見えてくるシェリングの現在性はどの程度浮き彫りになったか。上記の意味での読本としての機能性の高さは、しかしこの点に関してはそのまま本書の欠陥となったという印象は否めない。最近の国際学会ではとくに自然哲学が注目を浴びているという指摘があっても、その主題自体にとくに深い掘り下げがあるというわけではない。総覧的な紹介は逆に焦点を絞った論考の行き場をなくする。もちろんいくつかこの主題を論じる論考も掲載されてはいるが、最近の研究動向により即した偏向をあえて導入してもよかったのではないか。通過点としてある書物に、これからとるべき道に関する大胆で選別的な示唆を求めることは、あながち無い物ねだりとはいえない。なぜなら究極的な通過点などは字義矛盾である以上、偏向的提示は致命的になろうとしてもなりえない必要な冒険にすぎないからである。



6) 書評:「J・バルトルシャイティス『鏡』、E・カッシーラー『シンボルとスキエンティア』」、『化学史研究』第23巻第1号(通巻第74号)、1996年3月、pp. 79-80.
*J・バルトルシャイティス著、谷川渥訳『鏡――バルトルシャイティス著作集第四巻』、国書刊行会、1994年、xi+508頁、6800円。
 ユルギス・バルトルシャイティス、このわれわれには不思議に響く名前の持ち主の仕事は、本来の彼の住処であったはずのヨーロッパ中世美術史という一定の枠組みをはるかに越えて文学、哲学、思想史の大海のなかに、さらには造形美一般が与える心象世界のなかにその反響を響かせ続けている。彼の仕事は、国書刊行会の貴重な四冊のコレクション、バルトルシャイティス著作集によってわれわれの手に届くものになった。『アベラシオン』『アナモルフォーズ』『イシス探求』と続いてコレクションの最後を飾るものが本書『鏡』である。
 そのやるせない<逸脱の遠近法>の雰囲気は本書でもわれわれを十二分に堪能させてくれる。もっともこのコレクションの訳者の一人である高山宏風に、ルネサンスの遠近法を<近代合理主義>の権化と捉え、それからの逸脱と非合理主義とを重ね合わせてそのありさまを楽しむという、それ自体よく見られる解釈も、別に強く反論する必要はないとはいえ、バルトルシャイティスの読みとして特に面白いものではないように思える。鏡の筒をのせて初めて形が浮かび上がるアナモルフォーズも、人の顔と動物の顔とを連続的に変形させて人に獣性の痕跡を見るという擬動物主義も、珍しい石の断片に風景や人を浮上させる石の宴も、そのいずれもが、非合理主義などという陳腐な概括ではとてもその本質を規定しうるとは思えないからである。例えばアナモルフォーズの場合、形の歪みを計算し、それが平面的には何かはわからないのに筒に写されたときに初めて通常の形を取り戻すという営みのなかにあるものは、非合理の遊びであるどころか、遠近法などの空間表象制御という極めて合理的色彩の強い背景があって初めて可能になるものなのだ。最も興味深いものは、それ自体単純化された近代や合理性をあげつらい、それへのアンチテーゼを立てることではなく、合理性自体のなかに潜む狂気を見極めることだ。狂うとき、最も先鋭に狂えるのは他ならぬ合理性そのものなのである。
 本書『鏡』がその多様な姿を開陳する鏡は、そんな<合理の狂気>に古来から絶好の物質的並びに象徴的援護を与えてきた装置である。鏡はものを写しだし、反転させ、増殖させ、歪める。鏡は凹面の姿とともに火を生み出す武器にもなる。もっともその恐ろしい武器というイメージは歴史的事実というよりは単なる伝説にすぎないと後の科学者は留保をつけるのだが。鏡は部屋を埋め尽くし、そのなかにはいる人の視覚世界を錯乱させる。小さな鏡でもそのうえにわざとでこぼこや曲面をあつらえることで、特殊な歪曲が与えられる。人は自らの容姿を歪めてみて、変身の妙を楽しむ。
 月も水滴も、鏡になる。月に浮かぶ顔、水滴に映る顔。蜃気楼のような気象学的幻影。虚像という言葉がもつ本来的意味がまさに光学からでてきたように、鏡を操る知識は必然的に実在の固体性を陵辱する。それは水晶球に映し出される怪しげな未来の透視さながらに、人を欺き、陥れ、狼狽えさせる。『鏡』の終結部分に近い章が魔法や幽霊、詐欺や錯覚に捧げられているという事実はなんら偶然ではない。鏡は必然的に錯誤の揺らめきを生きる。その自明性を傍らにおけば、むしろわれわれには本書が思いのほか先に触れた武器としての鏡に多くの紙数を割いているという事実が不思議に思える。集光装置としての鏡、光を集め敵船を燃え上がらせるという恐怖の鏡。その姿とそれを巡る議論は、本書のなかでは最も<ありそうもない>話題の展開だともいえる。
 美術史の専門家としての出自を否応なく思い出させる豊富な図版が与える楽しさはあえて言うまでもあるまい。むしろそれよりも、多少なりとも工学的仕立てをもった装置や幾何学的説明を進める多くの図示の引用の方がわれわれの目をひく。また歴史記述のなかでたいていは周辺に位置づけられるのが普通のアタナシウス・キルヒャーなどの奇才の姿が前面に押し出されているのは痛快だ。
 造形的世界と象徴的世界、言説的世界と論理的世界を自在につなぐバルトルシャイティスの手並みは、<歴史記述>と一言で表わされる事態が、そのなかに本来はらんでいる途方もない広がりと豊かさをわれわれに再度思い出させてくれる。このたぐい稀なコレクションの完成を心から祝いたい。

*E・カッシーラー著、佐藤三夫他訳『シンボルとスキエンティア』、ありな書房、1995年、270頁、4635円。
 世の中には、その仕事の質や量からみてなぜこれほど紹介や研究が進んでいないのかその理由がよくわからない程、不当にも不十分な扱いしかされていない学者がいるものだ。今世紀最大の思想史家であるだけでなく最大の哲学者の一人といってもいいカッシーラーの場合にも、どちらかといえばそういわざるをえないような気がする。もちろん思想史や哲学に若干でも馴染んだ者ならば、彼の名前を聞いたことがないという人はいないはずだし、その膨大な著書のいくつかはすでに通読しているというのが普通ではあろう。だがわれわれは彼の仕事の広がりを本当に理解しているといえるのか。例えばその『実体概念と関数概念』は今世紀初頭に書かれた古典であるにもかかわらず、一九世紀までの近代科学の基礎概念形成を巡る認識論的省察としては依然として最高度の完成を示す重要著作である。だが彼の仕事は『実体概念と関数概念』や『シンボル形式の哲学』のような高名な著作だけで言い尽くされるものではない。科学史的知見をも視座に取り込んだ近代の包括的な思想史である『近代の哲学と科学における認識問題』のような重要な著作はいまでも依然として翻訳がない。しかもそこで主張されていることが思想史家の暗黙の前提になるという程には、充分な咀嚼は進んでいないようである。
 そんな嘆かわしい間隙をほんの少しでも埋めるべく、いくつかの小論文を適宜選択して一冊の書物にまとめたものが本書である。より正確には本書は主にルネサンス思想を扱ったカッシーラーの論文を九つ集めたものに、訳者の序論と解題がついた体裁になっている。序論と解題のいずれにおいても、訳者たちの思い入れが自然に感じとられる熱気がある。だがあえて一層、量的にもう少し拡大したものがあってもよかったのではないかと思う。
 収録されている論文では例えばフィチーノ、ピコ、ヴェサリウス、ケプラーなどという人たちの仕事の分析がなされている。もっともそれと同時にデカルト、スピノザ、シャフツベリと時代的にはルネサンスとはいいがたい著者たちの分析をした論文も掲載されている。例えば九つの中でも量的に最も長いピコ論文では、ピコのことを多様で相矛盾する潮流を一緒にした折衷主義者として捉えるという従来頻繁に見られる解釈を一蹴したうえで、彼の思索の本質に象徴的思考をかいま見るという読みが提示される。それはピコの解釈であると同時にカッシーラー自身に対するわれわれの了解を再確認させてくれるものでもある。
 だがこれらの論文を最初から順に通読したときの印象は、カッシーラーが近世哲学史と近世科学史を研究し浩瀚な大著を書こうとした際に付随的に集められた資料を元に、彼が順次まとめあげていった副産物が並べられているというものに近い。だからやはりどこか中途半端な感じが残るのは否めない。ピコ論文のようにピコという一人の思想家の短いながらも卓抜な素描という読後感を与えてくれるものは他にはあまりない。デカルトもスピノザも、対象の大きさからみて致し方ないといえばそれまでだが、何かひとつの切り口が与えられたと述べるにはあまりに簡単な検討しかなされていない。だからその意味では、カッシーラーが扱っている対象自体の分析の程度から見ても、カッシーラー自体の仕事の輪郭を知らしめてくれるという観点から見ても、依然本書では充分なものとは言いがたい。本書はより正確なカッシーラー紹介に向けての初動的試行という位置づけが最も正確なのかもしれない。
 とはいえ冒頭で述べたようにカッシーラー紹介がかくも不当に遅れている現状を鑑みれば訳者たちの仕事はもちろん貴重なものだ。そして訳者たちも述べているように、多様な対象を扱いながらもつねに、論述の中心に神秘的で了解不可能な核を潜ませる姿勢をとる思想に対して、またはある特定の思想家にそのような核を簡単に割り当てる思想史的言説に対して、あくまでも論理的、理性的にアプローチし、対象の本質に知解可能なままで肉薄していくというカッシーラーの手並みは、地味ではあるが模範的なものだといってよい。われわれがこの本から学ぶべきまず最初のものは、思想史的言説を組み立てる際に彼が示す、その種の一貫した決意そのものだといってもいいのかもしれない。



7) 書評:「専門知に臨在する豊饒な周縁」、『図書新聞』第2300号、1996年7月6日
J・ロビンソン=ヴァレリー編『科学者たちのポール・ヴァレリー』(紀伊国屋書店)
 フランス象徴主義の巨匠の一人として文学史に君臨するヴァレリーが、現在第一線で活躍する科学者たちによって読み解かれる。そう聞いただけで、生涯高等数学に並々ならぬ関心を示しつづけ、無意識に対してはおぞけをふるい、あくまで明晰であろうとするテスト氏の相貌に自らを重ね合わせていたヴァレリーとなら、科学者たちもきっとどこかで収斂する地点を見いだすに違いないと誰もが思うだろう。そしてその憶断はそれほど間違いではなかったようだということが、本書を通読したときに第一に感じる感想であるに違いない。資料的には主に『カイエ』を使用し、医者と数学者を中心にした参加者からなるシンポジウムの、これは会議録である。
 その意味では、ヴァレリーという対象に当然ながらありえたはずの問題系がより明示的に形を現わしたというだけのものなのかもしれない。だがより綿密に見てみれば、遠目で眺めていただけではうかがいしれなかった多くのことが明らかになる。ヴァレリーの本当に広い知的関心の在処。彼が同時代の科学者たちと積極的に会話を交わし、そこからただちに幾つもの本質的問題を洞察しえたということ。本質的には数学的知性に肉薄しながら、なおかつ専門的には数学に対してあくまで外部に留まる偉大な素人だったということ。そしてもちろん、群などという専門的定義を身につけた概念の使用に関して、若干の勇み足も散見されるということ。だが仮に専門的には不正確な言い回しがいくつか見つかったとしても、それを端的に無意味な逸脱として排除しないでおこうと意図することこそが、この種のテクストを読み解くときの最初の方針になる。その方針はこのシンポジウムに参加したほとんどの科学者たちに誠実に守られているといっていい。彼らのヴァレリーに対する態度は、あくまで尊敬と畏怖に満ちたものである。
 実証科学を組み立てる言説の、他の分野に比べてより厳密な統辞法が、詩的空間を自在に飛翔する言語の達人によってなし崩しに利用され、その結果、最終的にはどこかいびつな混合物が姿を現わしている・・などとは決して感じないでおこう。専門知から見れば単なる周辺にすぎない言語空間のなかで、しかしその専門知をさえ、ときには解発し豊かになしうるいくつもの泡沫のような周縁があるという事実に、この本は私たちの眼を開かせてくれる。しかもそれは偉大な詩人という肩書きをもつヴァレリーであったからこそ、無理矢理に自己主張をなしえることができたもの、その意味では泡沫とはいってもあくまでも例外的な泡沫なのだとも考えないでおこう。専門知を縁取る周縁としての言説群は、別にいかなる肩書きも必要としていない。しかもそれは、あの怪しげな<生活世界>なるものに根ざすものではない。専門知同士が直接的にはほとんど対話不可能なまでに分断されているという陳腐な常識を傍らにみて、揺れ動く周縁のような言葉たちは、別にどこに最終的な準拠をもつというのでもなく、どこを目標に突き進むというのでもなく、しかもなお、啓発と霊感の源泉としての可能性を秘めたままに書き連ねられる。ヴァレリーという人物がもつ力が、膨大な、ほとんど無尽蔵というような印象を与えるあの『カイエ』のなかにこそとりわけ存在するように思われるという事実、それは、専門知とは一線を画する周縁的言説の力に依存するものだといっていいだろう。マージナルであれ! それはヴァレリーのような大家には相応しくない言葉だなどとは考えるな。彼は文学史家の位置づけなどにはおざなりの愛嬌しかふりまかず、より本質的な緊張感を、誰が読むとも知れないこの膨大な泡沫的言葉のなかにちりばめていたのだから。専門知に対する豊饒な距離を楽しむことができる人たちにとって、本書のような存在は快いことだろう。



8) 書評:「周囲に浸潤する死を注視して」、『図書新聞』第2304号、1996年8月3日
小松美彦著『死は共鳴する』勁草書房
 本書を読了したとき、私は久々にある種の感動を覚えた。現代の生命倫理学を語る上で既に古典的な問題系である脳死問題と、近未来に制定される可能性のある臓器移植法案に関する、重厚かつ真摯な著作である。
 氏はまず脳死という問題が文系・理系の両方を巻き込む複雑な問題であることを確認し、この問題に関するわが国の従来の論争が、反対派・賛成派ともに、生命に対する技術的接近を強めるという結果になっているという事態に注目する。さらに、現代的な問題であるだけに歴史的調査は迂遠であると見なされがちな常識をやり過ごしながら、氏は医学史的にも問題を洗いなおそうと試みる。そして生命哲学者カンギレムの、治療と人体実験とを等値するというショッキングな箴言を霊感源としつつ、そもそも臨床医学全体がはらみうる問題性を剔抉することを忘れない。
 だがそれらの論考は、本書第四章で主張される内容に照らせば、ほんの序論的な位置づけをもつに相応しいということがわかる。第四章こそが本書の中核である。その意味で本書は、章立てごとに論旨のもつ緊張感が高まり、最後にその最高潮のさなかに中心的命題が提示されるという、古典的な論理空間を実現しえている。その第四章は、脳死を人の死と認定するという行為と、それと政治的にカップリングされた臓器移植という行為とが、それに反対する人々に対する強力な後ろ盾として引き合いに出す、「死の自己決定権」という発想自体を問題視することで成り立っている。「死の自己決定権」とは、いかに頑固な脳死反対論者でも、自分で脳死を死と断定し、自らすすんで臓器移植を望む人がいた場合に、その人のそういう選択を邪魔する権利はないという発想である。確かにそれは<民主的>な外観をもち、それさえも否定しようとすれば、重大な越権になりかねないという含意をはらんでいる。
 しかしそこで小松氏は、その民主性が実は仮象のものにすぎないということを喝破する。そして歴史的に反省してみれば、「死の自己決定権」が当然のように前提としている死という事実の孤立性、自己閉塞性という考え方自身が、ある史的文脈のなかで醸成されてきたものにすぎず、それが死に対する唯一可能な感性ではまったくないという事実を白日の下にさらす。「個人閉塞的な死」は「共鳴する死」という、かつての人間が自然に感じていたはずの、そして現在でもなお目を曇らされなければ近親者や友人の死に際して誰もが実感するはずの死を前にして、その不遜な自明性を喪失するのである。
 それにしても、この文脈を念頭に置いた上で考えたとき、『死は共鳴する』という題名は美しい。思えば現在もなお依然として一部の論者に見られるような、生さえをも独我論的閉鎖空間のなかに閉じこめようとする<哲学的>思考を傍目で見ながら、小松氏はハイデッガーがあれほどその孤絶性、本来性を強調した死に対してさえ、独我論的閉塞を逃れる視点を提示しようとするのだ。確かに氏の立論には若干性急なところもあり、論証というよりは、自らの深い確信に導かれた断定に近いという気もしないではない。だが<厳密性>がもし仮に独我論のような袋小路に私たちを導くしかないとするのなら、そんな厳密性などなくてもよい。私たちが本当に必要としているのは、論理的または哲学的な厳密性なるものよりも、ある美しさを備えた想念に対する、なかば直観的な歩み寄りの方なのかもしれないのだ。
 実際に関連法案が制定されるかもしれないという火急的状況にあって、単なる扇動的パンフレットではなく、単なる技術的議論でもない、ある豊かな広がりを感じさせてくれる本書のような本の出現を、心から喜び、著者の今後の一層の展開を期待したい。



9) 書評:「形態転写能としての知性のために」、『図書新聞』第2320号、1996年11月30日
フランソワ・ダゴニェ著『イメージの哲学』法政大学出版局、水野浩二訳
 現代フランス科学認識論の代表者の一人、ダゴニェの久々の翻訳である。どんな本でもそういえることだが、ダゴニェの場合には一層、ある個別な本の独立性の程度は低く、その背景にそれまでどんな問題設定が立てられていたのかを知らないと、読み落とす部分が多くなる。本書も、題名から推定して一種の絵画論や美学の話になるのかと思うとすれば、読者はむしろ面食らうだろう。というのもそこには地質学、医療機器論、選挙や身上調査などの社会技術論、都市論などが次々に通過していく、横断的風景があるからだ。絵画についての議論もあるとはいえ、それも実在の転写や転送と、転写されたものとの関係をめぐる、美学談義というよりは一種の情報論になっている。
 そして彼の仕事を読み慣れた目には、『形態の一般理論』『具象空間の認識論』『面・表面・界面』などで開陳されていた一種の外在主義的認識論がさらに敷衍されていることがすぐにわかるだろう。超越論的主体の特権性も弧絶性もなんら認めず、むしろ主体にはただ任意の空位を割り当てるだけの、滑走と転置の認識論。知性の本質は広義の形態把握のなかにあるということ、流動する対象に光をあてて射影し、図面に固定し、歪め捉えるその営為こそが、人が長らく知性と呼んできたものの正体だということを、多様な領域の横断の過程で漸次明らかにしていくその手法には、修辞的にみれば若干弱い部分もあるとはいえ、やはり冴えの涼しさがある。バシュラールのような先覚者がいるとはいえ、ダゴニェという姿は、フランスの知的風景のなかでやはり依然として独創性の高い影であり続けている。見方を変えれば、それはフランス実証主義の現代的展開ともいえ、同時代の科学知識への配慮は他の哲学者の追随を許さない。
 ただ、率直にいって既に三十五冊にもなろうとしている彼の著書群ではあるが、ここ十年くらいは早書きが目立つ。彼は自らの構想に追い立てられるとでもいうかのように知的空間を疾走してきたが、もっと若い頃の『理性と薬剤』や『化学の表と言語』『生命のカタログ』などの充実した著作を知る目には、最近のものには論述に若干の荒さと疲労感が目立つのが気にかかる。その意味では八〇年代中盤に仕上げられた本書はいまだ彼の長所がその輝きを失っていないほとんど最後の著作といってもいいのかもしれない。
 哲学的空間のなかで、彼とはまったく学問的背景を異にする人々の間からも、主体の自明性への異議申し立ての声があがっている。その一方で哲学は広義の自己告白であると考え、「意識による世界構成」という快い題目に目をしばたたかせる人たちも依然として数多い。だが何も生理学を引き合いにだすまでもなく、<意識>が自己理解する内容は、当の自分自身についてさえ決して完全なものではなく、歪みのないものでもないということがもはや疑いえない状況にあるなかで、なぜ<世界構成>の主軸にそれを据えようなどと思うことができるのか、私には理解できない。私が仮に「知性による転写」と述べたとしても、そこで意味される知性とは、経験的意識ないしは理論的に補正された超越論的意識が駆動するそれとしての知性ではなく、世界自体がもつ肌理がそのまま自らを指し示す際に否応なく現われてくる光と影を、比較的同型性の高い状態で顕にする何か以上のものではない。力点は主体の側には決してない。主体は、流動する目前の世界を何らかの形態として写し取ろうとするが、そのとき主体は、対象界がそのように促す何かに導かれて、そうせざるをえないからそうする。ダゴニェ的な<滑走>が、主体の技巧性を意味するものではなく、対象世界自体がもつ一種の価値の輝きを拾い上げようとするぎりぎりの営為だということが理解されるときに初めて、彼の仕事の真の射程が明確に浮かび上がることだろう。



10) 書評:「<隔絶した認識主体>の止揚に向けて」、『図書新聞』第2322号、1996年12月14日
『知識という環境』、森際康友編、名古屋大学出版会
 小気味のよい本がでた。名古屋近辺に住む中堅哲学者たちの手になる興味深い知識論の論集である。どうやら酒場も含めてしばしば居場所を共有しているらしい7人のグループは、互いの論文の後に批判とその反批判を載せて、なかなか読みごたえのある論戦を繰り広げる。
 私のようにヨーロッパ大陸系の学問に縛られた者にとっては、英米の分析系の議論は、些末な例外事象の探索や、問題を解明するよりは混迷させる方に役立つ三流SFまがいの思考実験がでてきたりなどして、読んでいてついつい「切れる」ことが多い。だが自らをそんな苦境に追い込まないためにはその種の議論は「読まない」ことこそが最良の防衛策だなどと、早急に結論を下して一人悦にいっていたりすると、こんな面白い動きが進行中だということさえ知らぬ侭にすぎてしまうことになる。
 もちろん論集である以上、それぞれの論者がすべて同一次元の、同一方向の議論をしているわけではない。彼らの議論を一口に「英米系」といってしまうことさえ、正確とはいえない。そもそもその種の学派の存在や差異を自明視すること自体が、間接的にこの論集自体によって批判されているようにも思える。
 いずれにしろ本書に掲載されている諸論文の基本的着想のなかには、編者の森際氏も自らまとめているように、周囲から弧絶しながらも真理の絶対的準拠点として自己設定できるような認識主体という、近代認識論の大前提をなんとか克服しようとする意図が共通して横たわっている。冒頭の大沢論文は知識の主体を個人とする「知識の個人主義」を真っ向から批判しようとする論文であり、森際氏の提題や要約を除けば本書全体の根本的霊感を最も直截に明らかにしている論文だといえる。そしてこの根本的霊感は、ある種の独我論などが妙に力をもってしまうやるせない思想界の風潮に、しっかりとした風穴をあけてくれる。それは主体の知識のあり方をめぐる議論であるだけでなく、知識の制度的あり方を問う議論でもある。それは知識の弧絶性ではなく文脈依存性を問い、それがもつ一種の行為性を問いかける。もちろん、より微細に見れば各論者に興味や教養の背景の違いがある以上、その霊感の上に築かれる建物の姿も一様ではない。物理主義的に志向性一般を還元しようとする論文もあれば、知識を信念にとっての賭け金のようなものとする一種プラグマティスム的な知識観もある。さらには進化論的認識論、状況意味論、知識社会学、社会認識論、認知科学的な意味での環境主義など、多様な学問領域のそれぞれの反響が見て取れる。彼らの知識論自体がその種の広義の知識論が織りなす知的状況のなかに文脈的に位置づけられるものである。
 そしてそこから見えてくる新たな胎動、それは一種の驚きを与える射程をもつ。知識の個人性が否定され、知の制度自体の自閉性や自明性に疑問符がふされるとき、伝統的に「諸学の覇者」としての自己定位をしようとしてきた<哲学>自体の制度的正当性・正統性さえもが、諸学のうねりのなかで解体することを余儀なくされるという予感。「職業的哲学者」であるはずの彼らとしてはあまりありがたくはないはずのこの事実が、にもかかわらず、そこでしっかりと見据えられている。もっともその<解体>は一方向のものではない。それは哲学の経験諸科学への発散を意味するだけのものではなく、社会科学や自然科学をも含めた既存の学問領域自身の、学的境界の自明性の崩壊という同時的現象をも含意するのだ。
 彼らの議論のなかには、かつての脱構築やポストモダン論議がそうであったような喧噪感はない。淡々としてどこか木訥なその論調のなかに、むしろ私は単なる空騒ぎではない力強さを感じている。この小集団がこの次はどんなゲリラ戦を展開するのか、いまから楽しみである。



11) 科学時評:「専門知のスポークスマンから離れて」、『図書新聞』第2326号、1997年1月18日
 S・J・グールドの『八匹の子豚』(早川書房)を読んでみた。断続平衡説などの専門的領域での名声、『個体発生と系統発生』のような、生物発生原則に関する周到な歴史的調査などでお馴染みの彼が、ここ二十年以上も書きつないでいる一連のエッセイの最新作である。これまでにも、エディアカラ動物群への着目や、カンブリア紀多細胞生物の爆発的進化をめぐる考察などという彼本来の専門につながる題材を扱うときだけでなく、ミッキーマウスのデザインの<進化論>を論じてみたりなどという際に披露されるグールドの鮮やかな手並みに、一度も唸ったことのない読者は希だろう。
 もちろんそれには日常生活の断片から専門的問題へと移行する巧みな連想の妙味があるのは確かなのだが、それと同時に読者は、進化論が実に興味深い多様な側面からアプローチ可能な豊かさをそもそもその内部に秘めた題材なのだということを改めて思い知らされる。専門的には、例えば集団遺伝学で数式の一つも理解できないようでは安易に近づきがたい内容を秘めたものであるはずの進化論。だがそれは専門家が専門家相互で議論するときに要請する議論の仕方とはあまり関わりをもたないほどの多様な倍音を伴っているので、とても単なる生物学としての限定性には収まりきらないように見える。進化論は生物学者だけにはまかせておけない何かをもっているように、非専門家には映る。
 第一、少しでも進化論思想史を勉強したことがある人なら、進化論は生物進化を扱う題材であると共に、あるいはそれ以上に弱肉強食を声高に叫ぶ自由放任主義的社会理論でもあったし、優生学などを生み出す遠因にもなったということを知っている。つまり進化論はそもそもの初めから生物学を越えていた。
 では現時点で生物学者として同僚に認められているグールドが非生物学者である私たちに、生物学としての進化論を「噛み砕いて」教えてくれるということのもつ意味は何なのか。進化論は自らの歴史を隠蔽して、そもそも生物学でしかない学問として自己定位をし、まさにそのためにグールドのような外部に向けたスポークスマンを適当にあつらえて、非専門家の介入に対する緩衝としているのだろうか。グールドは背後の生物学者の戦略にのっているのか、それとも本当に「啓蒙的情熱」に従って非専門家に進化論の面白さを知らせようとしているのか。
 『八匹の子豚』は、『パンダの親指』や『がんばれカミナリ竜』ほど成功した著作ではない。だがそれには従来に見られない一つの特徴がある。グールド自身がどうやら自分の「単なるスポークスマン」としての位置づけを嫌い始めているようで、『子豚』では進化論を文字どおり突き抜けた単なる私的なエッセイを挿入し始めているのだ。それは成功したエッセイストの否応のないナルシシズムがなせる技なのか、それとも「科学の啓蒙的伝達」の準専門家としてあることに対する疲れと倦怠の印なのか。
 ここでグールドが『カミナリ竜』の冒頭で、専門知を一般向けに興味深く書き下すことはほぼ自動的に専門的同僚からの侮蔑の対象となると嘆いていることを思い出そう。専門家は同僚に解ることだけをしていればよく、その内容の大衆的伝播は非生産的準研究者に任せておけばそれでいいという、おそらくは依然として根強い科学者間の通念に、彼がいらだち、あえてスポークスマンとしての地位を危うくする可能性のある私的エッセイを書き始めているのだとすれば、私たちはグールドのこの行為を一種の快挙だと考えるべきなのだろう。専門知と非専門家との分断は、専門知の高水準の証ではなく、専門知の社会からの離脱と閉塞の証なのだ。専門知と大衆的知識。そのそう簡単には埋まりそうもない溝を、前もって自明の前提として話を進めるということ自体が問われ直されようとしているとき、グールドの冒険がもつ意味は小さくない。



12) 科学時評:「日本的科学論の再来?」、『図書新聞』第2330号、1997年2月15日
 岩波書店の現代日本文化論第13巻には、かつて十五年戦争時に盛んに喧伝された「日本的科学」論を連想させないでもない『日本人の科学』という題名がついている。十五年戦争時のそれは、議論それ自体としては、西洋の機械文明がもつある種の跛行性をより高次の精神性によって均衡のとれたものにするなどというような、間違いとはいえない主張も含んでいた。橋田邦彦の科学論や、『近代の超克』での科学批判などは、思いのほか現代の知識界にとっても吟味すべき材料を含んでいるということは、最近認識が進んでいる。だが当時の日本的科学論は、 結局のところ戦時体制下で戦争遂行のための道具になったというのは歴史が教える通りである
 では現時点での新たな日本的科学論の成立の余地はないのか。科学技術に対する分析に、ことさらに「日本的」という形容詞が付け加えられるとき、いったい何が失われ、何が生み出されるのか。いうまでもなく、今回この『日本人の科学』という論文集が公刊された背景には、科学技術基本法の成立を受け、新たな科学技術創造立国の実現に向けて起動を始めた一連の政策決定がある(はずである)。そこには、科学技術の継続的発展という規範的理念と、その直接的受益者としての日本国民とを結託させ、国民一丸となった理念の実現が目標として立てられるという議論仕立てが有無をいわさぬ堅固さで控えている。科学技術論が日本人論とつなげて議論されるとき、そこには、「透けて見える」というのさえ白々しいほどにあからさまな表われ方をしている、利益追求とその実現の手段としての科学技術という、科学技術論の一つの極限形態が開示されている。それは科学技術の水準の維持を鼓舞する科学技術論であり、その分メタ的な側面や批判的な突き放しは弱くなるが、それに固有の存在意義をもつというのはいうまでもない。
 そもそも科学技術と利益関心とが合体しているからといって、それが直ちに科学技術の「品の悪さ」を示すものということにはならない。この論集のなかで上記の政治的方針に最も近い方向を示す山根論文のなかでは、通常「文化」の構成部分とされることの少ない大橋の建設などにも、幾多の知見や技術が凝集されており、それは確かに一つの文化なのだという主張がなされているが、この考え方の地平と、科学技術の利益拘束性とを結びつけて議論することは、むしろこの論文の良さを壊してしまう。
 第一、普段直接間接の恩恵をこうむりながらも、自分だけはそれから離れているような顔をして、経済的背景の在処を突き止めてそれによって科学技術を批判しようとしても、そのこと自体は既に陳腐な手法にすぎない。その種の議論をしたいのであれば、あと一歩先をいくことが必須であり、より綿密にどのような経済圧のために、認識や施行が歪曲や進路変更をこうむっているのかを示す、複数のケーススタディを積み重ねていかなければならない。ただの一般的な批判論に生き残りの道は残されていない。
 ところでこの論集は、山根論文以外には受益性と国民国家とを一応つなげて議論するというものは見あたらず、その意味ではことさらに「日本的」という形容詞を念頭に入れて理解しようとする必要はないようだ。個別的には佐藤論文や中山論文など、秀逸な論考を含んでいるが、その二つは共に、国家の枠内での利益調整とは次元を異にする多くの分析を行なっている。かつての日本的科学論の再来か、と危惧感と一種奇妙な「好奇心」に駆られて本書を繙いてみても、肩すかしを食うだけだ。科学技術創造立国論が唱えられつつある現在、それに沿うにしろ反発するにしろ、もう少しその問題に踏み込んだ論考を集めてもよかったのではなかろうか。この論集にその意味での現在性を期待しても無駄である。



13) 科学時評:「躍動する生が住み着く概念」、『図書新聞』第2333号、1997年3月8日
 いまアフォーダンスが面白い。雑誌『現代思想』の今年2月の特集号は、同誌の94年11月の特集に続いてこの問題を取り上げているし、最近活躍の著しい佐々木正人氏が岩波書店の『アフォーダンス』など先行する著作群に続いて昨年末『知性はどこに生まれるか』を公刊した。『現代思想』2月号は94年のものに比べると、複雑系という若干異なる問題との重ね合わせを図っている分、焦点がぼやけているきらいはあるものの、アフォーダンスがもちうる射程の大きさは伝わってくる。また佐々木氏の最新巻は自らの知的土壌をダーウィンと交錯させた意欲作である。
 アフォーダンスとは、もともとはギブソンという学者が、自らの視覚心理学の執拗な探求の過程で練り上げてきた概念である。確かに「平面は歩くことをアフォードする」とか、「情報は光のなかにある」といった類の命題を、それが提示されている文脈抜きに、そしてとりわけそれが攻撃しようとしている認識論的背景の前提抜きに、ただちに評価することは難しいかもしれない。だがそれが否定しようとする認識論的伝統が、強力かつ広範なものだというまさにその事実が、アフォーダンス自体の潜在的可能性を大きなものにしている。
 アフォーダンスは弧絶した認識主体と、人間とはまったく関わらない事象そのものの総体としての客観世界とを背反的に析出する主観・客観主義の二分法にも、認知科学上の記号計算主義にも(ひいてはコネクショニズムにも)対立する。それはものが見えてあるということ、われわれがこの世界にあるということを、人間の眼底さらには視覚神経から出発し、関係する脳神経に至る一連の電気的・生化学的事態として捉えることを拒否する。他方でそれは、脳のなかに、外界の事象を何らかの変更を加えた表象として構成し直す構成的意識を見て取ることを拒否する。意味は脳内で構成されるのではなく、外界にそのまま溢れている。人間や動物たちは、自らの身体の動きのなかで、流動し角度を変えては後ろに退く斜面や平面を感じとる。光がその向きを変え、平面が自らに固有に見えたはずのその肌理を変えるとき、それを見る人間は、中立の思考空間にたたずみ一人世界を観察する傍観者なのではなく、自ら徘徊し、流動する光の波をかき分ける参加者なのだということを自覚する。世界は観察の静態的対象であることをやめ、人がそのなかで動き回ることで変幻自在に変わる意味の宝庫になる。意味や価値は潜在的には無数の揺れを伴いながら、そのままの形でわれわれの前にさらされている。この見方を取るとき、人はようやく気づく。弧絶状態の認識主体とは理論的虚構にすぎないことを。人が日々行なっていることは世界の断片そのものを味わうことなのであり、そこには主体も客体もないということを。物を認識するとは、網膜像や感覚受容体を介した媒介的作業ではなく、物と人間との直接的な意味生成なのだということを。
 これは言葉だけの解決なのだろうか。確かに下手をすればそうなる可能性はある。だがこれを凡庸な哲学論争に見られるような字義面の細部に拘泥する訓詁学におとしめてはならない。むしろ、この基本的には荒削りな理論を、いかに生動的に引き継ぐかが問題なのだ。そのとき人は、もはや純粋に概念的なだけの世界が相手なのではなく、日々いかにこの世界を感じ、いかに生きるかが問題なのだという自覚を新たにするだろう。理論は生そのものと合体する。
 行動主義に代表されるようなシニカルなモダニズムによって、統制と管理の技術に成り下がっていたはずの心理学のなかからでてきた、いわば反心理学的なこの理論を前にして、私は今一度、学的伝統がはらむある種の弁証法的逆転構造の機微に触れた思いがする。これが心理学者だけでなく、多くの人々に受容され、理解され、共生されていくことを切に期待する。



14) 科学時評:「曲折する境界たち」、『図書新聞』第2336号、1997年4月5日
 旅客機のような巨大システムを操縦するパイロットが、計器の正確さに比べて間違いを犯しやすいという、ある平凡な指摘があるとする。それを、パイロットの迂闊さを糾弾するためではなく、間違いを犯すということをまさに人間そのものの特性として捉え、間違いを犯しても破局的にならないようにシステムの方を調整するという姿勢の大切さを強調するために書かれているのが認知科学者D・ノーマンの『人を賢くする道具』である。曖昧で注意散漫な人間は、まさにそのゆえに機械設計の目標になる。機械は愚直なまでに正確無比だという古典的規定をすてて、人間に近づく。ノーマンはそれを、日常生活を彩る家具や家庭電化製品などの多様な事例を通して、一つひとつ検討していく。記述は若干だるい感じを与えるが、<実証主義的>態度を貫こうとすれば、記述はたいてい冗長になるものだ。
 ところで、人間に近づこうという<決心>をしているのは機械自身ではない。機械を人間に近づけようとしているのはあくまでも人間である。だがこのとき、人間はある重要な事実を忘れてしまう危険をもつ。つまり人間の内部には非機械的特性だけがあるわけではなく、実は機械とは人間の一部を外化したものに他ならないという事実である。機械的特性とは、実は人間の一部の表現に他ならない。だとすると、一度プログラムされた運動を厭きもせず正確に何時間も行ない続けるロボットは、非人間的なのではなく、人間の似姿を再現しているだけだということになる。ロボットは人間心理の習慣や惰性、自同性や執拗さを物化したものに他ならないということもできる。
 その眼からみると、ノーマンの本はいかにも素朴である。異なる領域のものである以上、同次元で比べるわけにはいかないとはいえ、それは議論の深みの点で例えば昨年公刊されたB・マズリッシュの『第四の境界』に遠く及ばない。ノーマンのソフトテクノロジーは、人の内部に潜むハードテクノロジーを見落としている。人は機械を人間に近づけようと思う前に、そもそも機械とは自分の内部に他ならないという自覚をもち、機械と人間との境界設定を暫定的またはイデオロギー的なものだと見なすべきだ。ラッダイトを行なった人たちは、機械にではなく、機械によって他人を操る少数の人間に腹をたてていたのである。サイバネティックスや人工生命などが、訂正や創発、創造や増殖を模造し始めている今日、人間性の核はどこにあるのかを、機械的世界との対比のなかで画定しようとする作業はますます困難になっている。
 境界は在るものではなく、区切るものである。それはなにも人間と機械の間だけに設定されているわけではない。生物学的知識を総動員して今世紀前半に練り上げられた哲学的人間学も一般に、生物学に依拠することでまさに人間を非動物化することに躍起になっていた。彼らにとって人間とは特殊な生物に他ならなかった。人間は機械とも、下等生物はいうに及ばず高等霊長類とも違う。ひいては白人は黒人とは違い、関西人は関東人とは違い、私はあなたとは違う云々。境界を引き出せば文字どおりきりがない。そして境界が浮き彫りにされる度に人間は愚かな悲喜劇を演じ続けてきた。
 ではいっそのこと、境界をすべて取り払えばそれでいいのか。性急にそう断定するのは理論理性くらいのものだろう。境界はそう簡単に払拭できないからこそ、境界たりえている。だから問題はそれを取り払うことなのではなく、それをいかに移動させるか、そしてその移動自体が決して本性的根拠に基づいたものではないのだという自覚をもつことにあるだろう。私のなかには機械も、動物も、異民族もいる。そして私のなかにはあなたも、私の回りのものもが住み着いている。混在する人間。区切りはただ一瞬の固定にすぎない。



15) 書評:「<科学>としての自己理解の吟味」、『週刊読書人』第2180号、1997年4月11日
ジャック・ブーヴレス『ウィトゲンシュタインからフロイトへ』中川雄一訳、国文社、1997年、2678円
 従来、英米系の分析哲学はフランス人には馴染まないと言われ続けてきた。だがさすがにここ数年フランス内部での理解も徐々に進み、この領域に関するいろいろな翻訳や研究書がでるに至っている。その中でもブーヴレスは既に一九七〇年代初頭から数多くのウィトゲンシュタイン研究を公刊してきた、この分野での重鎮の一人だ。ここ一、二年はコレージュ・ド・フランスに着任するなど、押しも押されもせぬ大家としての風貌を確固たるものにしている。
 彼の著書の翻訳は本書を含めてまだ二冊にすぎない。フランス哲学と分析哲学とを共に消化し、さらには今世紀初頭のオーストリア・ハンガリー帝国下の文化をも視野に組みいれた彼の世界を十分に理解できる人が、わが国にほとんどいないのは無理もないという気もする。本書はそのオーストリア文化の重要な一翼をなす精神分析の創始者フロイトに関する著作である。ただ特徴は、ウィトゲンシュタイン研究者としてのブーヴレスならではの手法で、フロイト自体を彼が直接に論じるという体裁を取らず、ウィトゲンシュタインがフロイトをどう読んだかという視座から論を組み立てているという点にある。ブーヴレスは両者をつなぐ狂言回しになる。
 精神分析は科学なのか。自らの言説構成の中で科学性の有無についてとりわけ敏感な学問とは、ひょっとすると自己と非科学との区別があまり截然としていない科学、自分が本当の科学であるのかどうか絶えず自問せざるをえない状態にある科学ということになるのかもしれない。あの心理学が、科学性を強く自己要請しながらも、いまだに外部からの完全な信頼を勝ち得ていないという事実をここで簡単に想起しておこう。そしてもちろん精神分析もそのご多分に漏れない。その神経生理学的出自にもかかわらず、またまさにその経歴の初期『科学的心理学草稿』などにおいて明白な生物物理学的動向への野心を見せたフロイトであるにもかかわらず、彼の精神分析の精神分析たる所以である一連のメタ心理学的考察が、古典的な科学性という規定とどの程度重なり合い、あるいは重ならないのかという問題は、フロイト個人を越えた文化的重みをもつ精神分析全体の位置づけを探る意味でもはなはだ興味深い論点だといえる。もちろん、個人の性的鬱屈や心的外傷を臨床的に軽減することこそが精神分析の本質なのであり、ちょうどインチキ療法でも治りさえすればそれが医学と呼ばれても大過ないというのと同じような意味で、精神分析がいわゆる科学であろうがなかろうが、そんなことはどうでもいいと考えることもできないではない。だから問題なのはむしろ、精神分析が科学なのか科学ではないのか、というそのこと自体の画定にあるというよりも、科学という自己理解をもつことによってかえって精神分析がどのような間違いを犯すのか、それを調べることの方にあると考えてもいい。そしてそれに対するウィトゲンシュタインの解答は基本的には明快なものである。彼にとって精神分析は科学ではない。それは一種独特な説得法を身につけた技巧的言説であり、過剰な一般化を行ないやすいという意味で最悪の哲学でもある。臨床と思弁、科学と哲学、科学と非科学――それら微妙な境界の上で揺れ動く精神分析という学問がもつ際どさを、ブーヴレスは細かい筆致で丁寧に跡づけていく。快著といってよかろう。



16) 科学時評:「表象と<事実>との綴れ織」、『図書新聞』第2340号、1997年5月3日
 世界を彩る過去のさまざまな出来事が「本当は」どうだったのかを探求する実在論的アプローチの重要性を完全に否定することは難しい。だが史的事実の実在論を、その完璧な実現が難しいからといってまさにそのゆえに神聖視してしまい、それから逃れる可能性のあるものに対する無視や蔑視を生み出すような知的土壌が育まれているとき、その関係領域の知的活性は死に近づいているということができる。そもそも「本当の事実」なるものは、同時代的状況においてさえ、自明なかたちでそこらにころがっているものではない。ましてやそれが、無数の内容を含む「歴史的事実」ということになれば、<事実>なるものの存在位相がとうてい透明なものとはいえないというのは、ほとんど当然のことになる。史実なるものは、人々の演出効果や政治判断、趣味や宗教的規範、思想的枠組みなどによっていかようにもそのレリーフを変えるものとして現われる。<事実>は多様な表象の彼方で、おそらくはその背後にあるのだろうが、ほとんどそのもの自体としては見えない何かとして現われる。
 史実への素朴な実在論的アプローチに対する以上のような留保にとって、また格好の援護材料が現われた。碩学サンダー・ギルマンの手になる『性の表象』、『病気と表象』、『健康と病』という三冊の邦訳は、無反省に実在論的史実観をとる医学史家の眼をさますものであり、それは医学史だけでなく文化史一般にとっても大きな収穫といえるだろう。
 そこにおいて私たちは、例えば狂気という現象が、実際に医学的にどのように同定されていたのか、という古典的問題設定の傍らで、狂人はどのように絵画や文学作品のなかで描かれていたのか、狂人という存在に対する一般人のイメージはどのようなものだったのかなどという膨大な問題系が眠っていることを、いやおうなく気づかされる。扱われている具体例は多様である。精神病患者自身が描いた絵画、十八世紀における自慰者に対する擬似医学的な批判、顔貌学や骨相学の判断に隠された人種差別や偏見、梅毒やエイズ患者への嫌悪が生起せしめる多様な差別表象、切り裂きジャックの真犯人推定における人種差別の介在などなど。総じてそれらの多様な具体例から浮かび上がってくることは、事実にかこつけた文学的、絵画的、社会的な表象が、多様な水準での差別や区別のありさまを間接的に表現していたという事実だ。癩病も梅毒もエイズも、結核も甲状腺機能亢進症も、単なる医学的事実なるものとは位相を異にする無数の倍音に彩られた<玉虫色>のものだということがわかる。まだ正体のわからぬ惨殺犯切り裂きジャックが東欧系のユダヤ人の風体をもって描かれるとき、人々はその惨殺犯を恐れていたのか、それとも何をするかわからないユダヤ人一般への恐れがジャックに仮託されただけなのだろうか。かなり進行した梅毒患者の哀れな出来物が女性の顔を覆い尽くすという絵が好んで描かれるとき、その画像は、純粋に医学的な資料というよりは、「表面的には」美しくても本当は醜い内部を隠す女性という存在に対する警戒心の現われだったのではなかろうか。それは医学的資料を訓戒や教訓と結びつけ、女性を今一度差別化するための資料だったのではなかろうか。チンパンジーが過剰性欲に苦しむ黒人たちと猿との混血児であるという判断は、人類学というよりは社会学的位相における問題提起をするものだということは、あまりに明らかではないのか。
 もちろん、だからといってこの種の医学史的資料のすべてを純粋に社会的に構成されたものだと考えるほど、ギルマンは単純ではない。病気にはやはりそれを支える生物学的根拠がある。だがその生物学的根拠を単一のものとして取り出してそれに特権性請求を許すことがいかに素朴な態度にすぎないのかということが、彼の膨大な記述からいやおうなく見えてくる。彼の仕事をいかに受け継ぐか、それが今後の私たちの課題となろう。



17) 科学時評:「金科玉条としての功利主義」、『図書新聞』第2342号、1997年5月24日
 それほど本気で批判する必要のない本というものはやはりある。だがその内容が一定の影響力をもつようにも見えてしまう社会的風景があるとき、そしてとりわけ何度か激しい批判を受けながらも、その批判に耳を傾け自分の立場に今一度反省の眼を向けようとする気持ちがそれほど認められないとき、やはりそれなりの批判を繰り返さざるをえないということになる。何も好き好んで批判をするわけではない。日高敏隆氏と竹内久美子氏の対談『もっとウソを!』は、そんないささか気の重い作業を私に強いる本のひとつだ。
 『浮気人類進化論』から最新刊の『BC!な話』に至るまで、その一連の著作によってその<才女>ぶりを披露している竹内氏だが、『もっとウソを!』はそれらに直接連なる作業というよりは、彼女の恩師日高氏との対談という形式を取りながら、それまでの自分の仕事をメタの水準から語るという体裁を基本的にはとっている。それは概略的には、動物行動学の最近の知見を念頭におきながら、生物の行動に潜む功利的要素、それもとりわけ批判者に遺伝子決定論と名づけられるような、個体が自らの遺伝子を保存し伝播する確率が高いような行動を常に選択していくという戦略の数々を、日常の卑近な事例にそくして面白おかしく描き出すという彼女の例の手法の解説、ひいては裏話の開陳という内容をもつ。軽妙な語り口なのでほんの二、三時間で読了できてしまう。かなり売れているところを見るとそれを「面白い」と感じる人も多いのだろう。だが「面白い」というだけなら、私が昨日犬の糞を踏んづけたという馬鹿らしい事実も面白いといえば面白いのだ。日高氏の言うことを受けながらという姿勢が強いせいもあろうが、彼女はここで恐らくは千載一遇のチャンスを見逃している。つまりこの本は、それまで何冊も書いてきた自分の仕事を恩師とそれについて語るというメタの作業を通して、竹内氏が、自分に対して向けられた批判と対峙し、それまでの作業がもっていた限界や一定の偏向について反省し、その欠点を超克しようとする少なくともその意図を見せようとする契機となってもよかったはずなのだ。ところがここには何が書かれているのだろうか。自分に向けられたせっかくの批判を彼女はただ「他人の足を引っ張りたがる人間」がたくさんいるが、自分の言っていることは「通じる人に通じればいい」というだけである。
 こうなるともう救いようがない。昔、孫悟空は、お釈迦様の手の上でそれから何とか逃れようと真剣に走り回ったものだ。だが孫悟空がついに逃げ切れなかったとしても、相手がお釈迦様なのだからそれも致し方ない。ところが竹内氏にとってのお釈迦様はエルヴェシウスなのだ。彼女はとっても深遠な思想を、生物学的知見から引き出しているつもりなのかもしれないが、それが一般化された思想として好んで主張されるに値すると思うことができるためには、思想史も経済学史もまったく知らず、ただ自分の持ちふだだけを金科玉条に拝み奉る、お世辞にも<科学的>とはいえない精神構造をもっていなければならないだろう。『BC!な話』も、超斜め読みをするのには適当だが、とてもまともに読める代物ではない。私はすんでのことで動物行動学一般に対する興味を失うところだった。だが竹内氏の信奉者でも、彼女に動物行動学を代表させる気にはならないだろう。
 ドーキンスやハミルトンの説がどの程度正鵠を射たものなのか、生物に関する直接的知見に欠ける私にそれを判断する資格はない。だが<先端的>知見がことさらにシニシズムを振りかざし、自己愛の普遍性を説こうとするとき、私にはローレンツがある種の懐かしさをもって思い出され、また最近の一般向けの『ゾウがすすり泣くとき』などの方が、よほど豊かな自然観を与えてくれるもののように思える。竹内氏はこれもまた<素人の戯言>と思うのだろうか。竹内さん。そんな調子で他人の言うことに耳をふさいだままでいると、いまに貴女の<遺伝子>が泣きますよ。



18) 科学時評:「癌細胞としての概念」、『図書新聞』第2347号、1997年6月28日
 ひとつの科学的な概念が一般世間に流通するに至るとき、それは専門家の閉鎖的環境のなかからその概念が解き放たれて、より多くの多様な関心をもつ人たちにまで使われるようになるのだから、その概念にとっては喜ぶべきことだと見なす考え方は当然ながら成り立つ。だがいうまでもなく、それが流通するということは、もともとの意味からはかなり外れた使い方をされる場合があるということでもある。D・ネルキンとS・リンディーの共著『DNA伝説』(紀伊国屋書店)は、そんな概念のなかでも特に遺伝子という概念が現在経験しつつある、ほとんど笑止な拡張現象を冷静かつ的確にあとづけ、その政治的含意にまで考察を深めた意欲作であるということができる。遺伝子という、もともとは科学的研究の内部で生誕し、今でも一定の科学的内実をもつ概念は、あたかも止めどもなく増殖することで宿主を殺してしまう癌細胞のように、社会に蔓延し、自らをほとんど無意味化するような乱用をこうむっている。もっともそれは単に素人だけの責任というわけではなく、流通させることで社会での知名度をあげ、ひいては経済的恩恵にもこうむろうとする科学者(くずれ?)の盛んな扇動にも起因するわけなのだが。
 植木屋がもって生まれた自分の園芸遺伝子を褒め称え、ドラマーの息子がドラムに興味を持つやいなや、それはドラマー遺伝子のなせる技だと規定される程度のことならば、一瞬の苦笑に値するだけのことだともいえる。仮にその植木屋がグアニンの分子式を書けないとしても、彼には自分の職業に対する自信や誇りがあるという、より大切な事実がその言葉の背景にある以上、その程度の乱用に目くじらをたてるのは大人げないというものだろう。カローラが「素敵なゲノムをもつ」と宣伝される傍らでは、その植木屋の言葉くらいは可愛いものなのだ。
 だからこれは単なる笑い話なのだろうか。どんな人間でも、若干でも知的な雰囲気を醸し出す言葉を使いこなしたような印象を自らもちうるときには、少しばかりの快感を感じるという事実がある以上、遺伝子という言葉で自分の酒好きが説明されるものならば、アルコール遺伝子を自分が父親から引き継いだと述べて澄まし顔を決め込むのは、実に爽快だという事態は常に起こりうるだろう。だからこれは、いつでも起こりうる、そして現実に起こっているお笑いぐさなのだが、それがあまりに常態的に起こるので、ひょっとするとそれは人間社会の<永遠の真理>なのではないのかと思えてくる。
 だがもしそれが、犯罪遺伝子や愚鈍遺伝子などという話になり、往年の優生学の現代的粉飾のような様相を呈するようになるとき、そう笑ってばかりもいられなくなる。遺伝子がらみの議論が優生学の論調とあまりに似ているのを見るとき、人はむしろ唖然とするだろう。「私は殺すためにこの世に生まれた。」テレビドラマや映画ではすでにお馴染みのこの種のせりふは、現実の政治的介入を許すだけの「科学性」を身につける可能性がある。さらには、さすがに優生学まではいかなくても、遺伝子中心主義は人から自由や自発性の価値を奪い、血の盟約や宿命論とたやすく合体することになる。それは教育や養子縁組問題にまで波及効果をもたらす。劣等生は必ずしも教育の責任にあらず、そして育ての親より生みの親というわけである。
 今年の初めにクローン羊が世間を騒がせたのは、記憶に新しい。生物学が工学的特性を担うに至った現在、癌細胞のようにうごめく生物学的概念が、社会の本当の癌のようにならないように気遣うことは、専門家ではなく、専門外の人間の義務となる。それは科学という正義と非科学というよた者を選別するという作業ではなく、科学自体がいかにして同時に怪物でもありうるかという冷徹な認識に根ざした作業でなければならないだろう。



19) 科学時評:「技術的制作過程のモデル化」、『図書新聞』第2351号、1997年7月26日
 人間を取り巻く環境はかつて常にそうであったように今もあり続けているわけではない。人間はかつての環境のなかで、通常の状態を多くの場面で不快と感じ、その不快さを乗り越えようと、周囲を自分にとって都合の良いように何度も変えてきた。その結果、環境はいつしか人間味を帯びた環境、人間の似姿だらけの環境になった。環境は神や天が与えたままの自然ではなく、無数の人間的刻印を残した人工物になったのである。
 しかもその人工性の度合いが、何人にも否定できないほどに明確なものになり、自然への準拠がもはや「不自然」なものと感じられるようになった現在にあって、その人工物一般の成り立ちについて、単に概念的にだけではなく、あくまでもその人工物の実際の実現に当たるエンジニアたちの目からみて、どういうアプローチが可能なのかを知ることは、精緻な工学的環境のなかで生活する私たちにとって重要な任務になるといえよう。そのような視点から見るとき、今年の4月から次々に公刊された『新工学知』全3巻(東京大学出版会)は重要な、しかも時宜にかなった業績である。なにぶんにも多くの論者たちからなる論文集なので、概括的要約は困難ではあるが、そのなかからいくつか、興味深い論点を抽出してみよう。
 まず、その多数の論考の背後に控える主要な視座のひとつ、それは監修者の吉川氏も自ら明言しておられるように、技術的制作過程自体への着目、つまり完成した技術的対象の存在ではなく、その生成自体に対する目配りであろう。だがそこでただちに二つの異なる霊感に根ざした目標があらわれる。つまりまず初めにはその制作過程の実際のありようを、先行概念を排してできる限り記述的に跡づける「技術的制作過程の現象学」という方向がありうる。そしてもうひとつは、その技術的制作過程が秘匿的な暗黙知や瞬時的霊感などに解消されることを拒否し、その過程をできる限り形式化しモデル化することで公開性を高めるという方向がある。後者の方向は、過去の無数の制作過程から優れた制作を起動しえた制作知を抽出しモデル化することで、近未来の未然の制作に役立てるという機能性により深く結びついている。
 さて、この二つの方向についての『新工学知』の寄与のありさまはどうなっているのだろうか。かなり驚くべきことながら、そこには明確な特徴があるように思える。つまりそれは、技術的制作過程の現象学がそこでは極めてマイナーでほぼ不在といってもいいのに比べると、制作過程のモデル化を目指す試みは数多く掲載されているという事実である。エンジニアたちは、メタ的位相における考察を進めるときでさえ、自らの機能遂行性に従順であったというべきだろうか。もちろんそこでの多くの論考を一言でまとめることなどできないが、工学に疎い素人目でみると、その種のモデル化はゼネラルナンセンスに肉薄するような内容をもつようにも見えてしまう。だがまさにそれは素人目なのであり、エンジニアたちはそこから個別的制作を駆動するのに十分役立つ資料を得ているのだろうか。
 もっとも幸か不幸か、この三巻にはモデル化という図式には当てはまらない多くの論考も収められている。人工物の存在論ということではいわば当然のことながら、最近の人工生命論に関連する論考もあるし、それ以外にも例えば、技術史の知見に根ざしながら技術的発見の社会的・文化的文脈を明らかにする論考、地球家政学やメタテクニカなどという、技術原論に近い原理的構想を提示する論考などがとりわけ目を引く。またあえてひとつだけ具体的論文名をあげさせていただくと「町工場のプロセス知」という忘れがたい論考もある。いずれにしろこの三巻は、体系説や適用説といったほぼ形骸化した問題構制とは異なる地点からの切り口を示した、今後の技術論にとっての絶好の基礎資料となることは間違いない。



20) 科学時評:「科学と反科学をめぐる戦争状態」、『図書新聞』第2355号、1997年8月30日
 もちろん単純な図式化は無理とはいえ、現代の科学論は、クーンやファイアーアベントらのいわゆる新科学哲学がもっていた相対主義的科学観を背景にしながら、科学理論が成立する際に、科学的知識を他の領域の知識との関係のなかで特権的なものとはみないという発想をひとつの基軸にしている。そして科学的知識が中立の聖なる認識空間に浮かぶものではなく、同時代や先行する時代の宗教的基盤や文化的傾向などに規定され、さらには政治的利害関心にまで影響されるものだということを、具体的事例に即して論じるというスタイルが多く採用されている。現代科学論はかつての二分法、そして現在でもなおフランス科学認識論などがある以上、完全に失効しているわけではないインターナル・エクスターナルアプローチという二分法をいくぶん素通りしながら、エクスターナルアプローチを一層綿密に細分化することで、学派相互の切磋琢磨を繰り返している。その具体例が例えば科学論における社会構成主義であり、STSである。それらはいずれもが、哲学的には自然界のありようをそのまま正確に映し出すことを認識の最終根拠としうるという意味での実在論を否定する、反実在論的な存在論をもっている。またそれらの研究のある種のものは、科学がもたらす政治的帰結のおぞましさや不正義性などにも踏み込む、告発的な調子の強い反科学論をつくる。その種の科学研究が、社会のなかである一定の影響力をもつに至ったということの間接的証明なのだろうか、その種の研究に対する、より伝統的科学観に基づく論者や職業的科学者自体の側からの反論も随時みられるようになっている。例えばいまだ邦訳はないがグロスとレヴィットの『高次の迷信』などは、その種の文献のなかでは有名なものだ。科学と反科学という話題をめぐる一種の戦争。そう、まさに専門研究者たちはそれを「科学の戦争」と呼んだものだ。
 最近公刊されたR・ダンバーの『科学がきらわれる理由』(青土社)はその「戦争」の枠内に定位できる文献であり、その立場はかなり明確な科学擁護の論調に与するものである。ダンバーはクーンなどの新科学哲学だけではなく、ポパーなどのより古典的な科学哲学的議論にも目配りをしながら、それらの議論と、実際の科学者たちの活動との間に存在するある種の乖離を強調する。そしてそれらに一応の理解を示しながらも、ポパーの反証可能性基準では厳しすぎるし、ファイアーアーベントのアナキズムでは緩すぎるなどとひとつひとつに彼なりの解答を与えていく。扱う材料はなかなか多様性にとむ。
 だが議論が進むにつれてほころびが目立ち始めるのは否めない。彼は経験科学的な仮説・検証の手続きが論理学的厳密さというよりは、生存の過酷さという原始事実に突き動かされた実践的なものに従うということを認めるが、その一方で科学が他の知識との地位を異にするのはその精密な数学化の手続きに基づくという主張もやめない。また子供や動物にまで潜む合理的思考の痕跡を明示することで科学を自然化するかと思えば、ニュートンの原始概念や議論の仕方がいかに日常の素朴な直感とはそぐわないものかを強調することによって科学を非自然化する。要するにダンバーの議論は論敵の論点を各個撃破することに夢中で、そのたびに自分の議論の整合性が崩れていくのにはかまっていられないという感じである。科学者には、文系知識人がもつ科学的センスに比べればはるかにましな文化的センスがある云々。科学を批判したいのなら、まずその当該科学についての十分な知識をえてからにするべきだ云々。この種の物言いは、なぜ現代の反科学論が多様な展開を見せているのか、その背景を全く無視した議論であり、反科学論に対する感情的な、いわば反科学的な反論を越えるものではない。その意味で本書の邦題はなかなか気が利いている。なぜならそれは現代の科学擁護論者たちがもつある種の凡庸さの徴表を指し示し、それはまさに「科学(者)がきらわれる理由」を自ら体現するものだからである。



21) 科学時評:「脳科学と日常生活とのリンクの難しさ」、『図書新聞』第2359号、1997年9月27日
 日常のごく普通の生活のなかで喜んだり悲しんだりを繰り返しながら生きている人間。その感情や思考の在処は脳のなかにある、と私たちの常識は教えてくれる。その常識を一歩進めて、例えば好きな人に出会えて喜んでいる自分の脳が、どういう状態になっているのかを「科学的」に調べてみようとすることは、確かにある文脈のなかでは興味深い仕事だといえる。茂木健一郎の『脳とクオリア』(日経サイエンス社)は、その種の、脳と心との関係をめぐる科学的アプローチを示した力作である。ここで茂木氏が「クオリア」と呼ぶものはいわば日常世界で誰もが経験する、言葉をも越えた経験の質感とでもいうようなものの総称である。例えばバラにはバラのクオリアがあり、愛犬の手触りもまた固有のクオリアをもつ。一時期はやった唯言論者の単純な物言いとは違い、賢明にも著者は、クオリアは本性的に記号や言語的表象ではそう簡単にはすくいとりがたい肌理を備えているという事実を見据えている。言語的記号の切り取り方で対象がどのようにでも変わってしまうように思うのは、その切り取り方が対象に対して完全に自由だと考えようとする古典的観念論の変装にすぎず、その種の意見に快感を感じることができたのは、言語的感覚に鋭い分だけ日常的経験からの汲み上げの程度が鈍い、ありがちな書斎人たちだけだった。黒砂糖の塊ひとつでさえ、それを描写しようと思えば無際限のヴァリエーションがあるが、それはなにも言語的表象自体がもつ豊かさのおかげではなく、その種の無際限の記号生成を惹起するほどに黒砂糖がいうにいわれぬ微妙な肌理を備えているからである。しかも著者の面白い視点のひとつは、その場合、私たちが使う言葉の「意味」なるものもまた、一種のクオリアとして捉えることができないだろうか、としている点である。
 さて、では現代の神経生理学の知見を盾に茂木氏が私たちに披露してくれる、クオリアと脳内状態とのリンクの手並みはどのようなものなのか。ある特定の経験と、脳内の神経細胞群の発火状態との関係を見極めようとする手順のなかで、茂木氏はかなり大胆な仮説の提唱をすることから始めている。つまり外界の事物とニューロン発火との関係という二項の独立性をあらかじめ認めるのではなく、認識が起こる場所は脳内なのだから、認識の様態を探ろうとする限りにおいては外界の事物に関する存在論的措定はする必要はない。ニューロン群がある特定のパターンで発火しさえすれば、その契機となった餅が本当の餅なのか、「絵に描いた餅」なのかはこの際どうでもよい。そう考えることによって認識作動の実質的空間を脳内劇場に限局する。その意味で「認識とは私の一部」になる。
 その基本線を引いた後で茂木氏はクオリアの肌理を求める脳科学の旅にでる。手法もデータも、おそらくは現状では最先端に近いものを背景として、上下二段組で三百頁を越えるこの大作の公刊は、その努力に対しては率直に畏敬の念を覚え、研究方向の設定に対しては基本的な共感を覚える。だがその旅からえられる成果はなにか。一言でいうなら、クオリアのもつ曰くいいがたさは相互作用連結的なニューロン群の発火パターンとして言い換えられる。バラにはバラの発火パターン群があり、トゲの痛さにはまた固有な発火パターン群があるというように。だがこの言い換えによっていったいなにがわかったというのか。本書は、脳と心との関係に対する科学的アプローチとして、現時点で、実は昔からわかっていたことをもう一度確認するために書かれたものだともいえる。つまりこの種の問題がいかに困難であるかということを、本書はいま一度私たちに思い知らせてくれる。それが現代神経生理学の知見に依拠しようが、現時点ではなんの足しにもならない。クオリアは依然として、私たちの手から、そして私たちの脳からも逃れていく。



22) 科学時評:「人工と自然の永遠の闘争」、『図書新聞』第2363号、1997年10月25日
 ヴァンダナ・シヴァの『緑の革命とその暴力』(日本経済評論社)は、インドのパンジャブ地方で一九五〇年代以降系統的に行われた農業改革、いわゆる「緑の革命」が、当初の楽観的な予想を大幅に外れた破局的な結果をその地域にもたらしたという冷厳な事実の、実証的な告発文書である。大量の化学肥料の投入によって支えられた高収量品種の米や麦の単一栽培は、当初の期待とは裏腹の多大なダメージを地域農民に与えた。それは新技術や多額の投機を必要とするので、農業の中央集権的な国家管理や、巨大資本を楯にした多国籍企業の支配をすすめた。化学肥料は土壌のバランスを不可逆的に破壊した。一方、単一種の偏った育成は遺伝的多様性を削減し、豆類などの多くの貴重な補助食物を壊滅させた。一時は予定通りの収穫をもたらした米や麦自体、病気に罹りやすいために徐々に収穫を減らし、投機分の利潤をえられない弱小農民の没落をもたらした。そして大量の水を必要とするそれらの種は水の奪い合いをもたらし、さらには宗教紛争がその社会的混乱に拍車をかけた。このような事実を告発する彼女の手際は実証的データに支えられた有無をいわせぬ厳しさをもつ。技術的介入が、政治的意図や目先の経済的利潤に振り回されるとき、そしてそれがもともと豊かな農業地帯への愚かしい介入でしかないとき、悠然とした自然のリズムにまかせた多様で土着的な伝統農法の方が、結局は理にかなったものなのだという結論が否応なくでてくるように思える。人間の小賢しい技術的介入は、伝統農法がもつ持続可能性にしょせんは及ばない。ガンジーが糸車という言葉で意味させようとしていたもののもつ意味は確かに重い。このケーススタディを見る限り、昔からある人間の英知、つまり「自然の流れにまかせていれば、すべてがうまくいくということはないまでも、少なくともこれまでよりも破局的に悪くなることはない」という判断に逆らうことは難しいように思える。だがそれでも人間は技術的介入をやめようとはしない。例えばこの事例の場合、緑の革命が失敗したにもかかわらず、それをより現代的なバイオテクノロジーで一層先鋭にしたペプシコ・プロジェクトによってさらにその方向を突き進もうとする人々。それが企業の利潤追求に突き動かされたものであるだけに、シヴァのような告発や監視が絶えず行われなければならないというのはいうまでもない。
 だがそれは、より本質的な事実に触れるものであるようにも思える。つまり人間は、最終的な英知を自然の懐に委ねたまま、自らは自然が与えた稜線や区画に即した生活をするという生き方をとり続けることはできないらしいのだ。人間には、自然をより一層自分にとって快適なものに変えたいと考える、技術志向的なものが本性的に備わっているらしい。人間は目的合理的な介入を外部世界に断行し続ける。しかも現在、その介入は、外部から内部へとその目標地点を変える可能性を手に入れつつある。近い将来ゲノム地図を手に入れれば、人間はちょうど数万年もかけて猪を豚に変えてきたように、人間自体を目的合理的に変えようとし始めるかもしれない。はじめは遺伝病の克服や老化メカニズムの発見に向けて、そしてやがてはより美しい容貌や肉体、より高い知性を手に入れようとして、人間は自分の設計図に手を入れるようになるだろう。そのとき人間は、工学的設計に基づいて仕立て上げられた人工的環境がいつのまにか自然の風景そのもののように思えるのと同様に、姿や知能が変わってしまった新種のような自分たちを、実に自然なものとして感じるようになるだろう。いかにそれがおぞましいもののように思われようとも、人間は、技術的介入を決定的に阻止する思想をもつことは多分ないだろう。なぜなら技術的で目的合理的な介入は、人間存在の本質のひとつだからである。



23) 科学時評:「知識生産のモード論に向けて」、『図書新聞』第2367号、1997年11月22日
 現代科学論のある種の到達点を示す待望の翻訳がでた。マイケル・ギボンズ編著の『現代社会と知の創造』(丸善)は、科学技術活動のモード論をめぐる議論であり、現代科学論の重要な一画をなすSTS論の現代的成果のひとつを示す重要な著作である。これは、一九九五年末に科学技術基本法を制定し、現在新たな科学技術振興政策を推進しつつある我が国にとっても有意義な論点を提示するものだといえる。本書は従来の科学的知識の生産様式をモード1と名づけ、それとの違いを露わにするための新しい知識生産様式をモード2と命名する。それはなにもモード1の消滅を断言するものではない。むしろ依然として支配的な知識観に依拠するモード1と並行して、それでは捉えきれない現代的現象としてモード2が該当する知識群が出現しつつある、という現状認識がなされている。そして本書はそのモード2がもつ重要性が今後ますます大きくなるだろうと予測する宣言の書でもある。モード1とモード2との違いは、一言でいうなら、科学的で専門的な知識を問題にしたとき、その知識が生産される作用空間と、それ以外の社会空間との間の関係をどのように捉えるかという点にある。モード1が、伝統的な意味での専門領域に沈潜しながら、客観的な真理探求に勤しむ科学者というイメージに駆動されるのに対し、モード2はいわゆる「科学者」よりも、より一般的な「実践家」という人々が活躍する枠組みを提供するものである。実践家は、客観的な真理探求をするというよりも、社会のニーズに対応し、市民の期待に応える研究テーマを選ぶ。そして彼はその研究を遂行し、成果を社会に還元する。その際彼の仕事はどの段階においても一般市民への公開性をもたねばならない。実践家は、自分の専門的研究主題を一般市民にもできる限り接近できるような形で表現する能力をもたねばならない。知識はアカウンタビリティをもたねばならない。そのとき、純粋な学術的関心に駆動され、当面実利的応用は考えなくてもいいという基礎科学的な主題設定は、応用科学に対する従来の原理的で一次的な地位を喪失する。基礎科学は応用科学となし崩し的に合流し、純粋に基礎科学的なものという学問構想自体がむしろ疑問視されるようになる。知識の一次的な形姿は、応用や実用の際にそれが与える成果そのものになる。また研究の担い手は、純粋学理的な駆動に縛られる必要がないために、単に大学の研究者だけでなく、一般企業やシンクタンクの研究者などによって構成されることになる。研究は本性的にトランスディシプリナリなものになる。そして知識の創造性は、孤独な天才よりも、共通目標に多様な視点から邁進して所期の成果をあげるものとしての集団自体がもつ特性になる。研究内容も、純粋学理の規範から離れ、ある時点で社会が何を一番解決したがっているのかを敏感に察知する知識集団によって引っ張られていくことになる。研究は単独研究者の好奇心によって駆動されるというよりも、社会の目的設定に即したミッション志向型のものに変わっていく。知識生産の適切な目標設定やその生産物の社会内部での適正配分などが、従来以上に重要なものになる。知識生産は、必然的に知識政治学と連携し、それと融合する。こうしてモード2は、より社会化された科学的知識のあり方を次々に特性づけていくのである。
 この種の宣言がなされる背景には、現代のバイオテクノロジーなどのあり方が、従来の古典的科学観ではとても収まりきらないものだという厳然とした認識がある。もちろん、反論や疑問を提示することは可能である。例えばそれは、ある程度は専門的知識もあり、同僚との政治的取引に優れ、何が現在注目を集めた領域であるのか、さらにはどれが資金調達をしやすい領域であるのかへの感覚の優れた人間、まさにintelligentというよりはcleverな人間の礼賛というような功利的側面ももちうる。ともあれ、単純な迎合を避けた綿密な検討がなされれば、本書が扱う内容は一層豊かな知識論として結実していくだろう。