シンポジウム「自律神経系の制御最前線」

計測自動制御学会生物制御システム調査研究会 第3回例会開催のお知らせ

日時 平成20年6月12日(木)13時00分より
場所 東京大学本郷キャンパス赤門総合研究棟A200番教室
講演 13:00〜17:00
懇親会 17:30〜19:00
場所 教育学部1階ラウンジ
会費 2,500円
申し込み方法 懇親会参加の有無もあわせてメール(yamamoto@p.u-tokyo.ac.jp)にてご連絡下さい。

演題1(13:00〜14:20)

情動・行動に伴う自律制御のリセッティング

桑木共之(千葉大学大学院 医学研究院分子統合生理学)

循環や呼吸を調節する神経系は、外部環境の如何にかかわらず内部環 境を一定に保つというホメオスタシスの役割を、意識にのぼらず自動的 (自律的)に行うものとして理解されてきた。そしてこの一定の内部環 境の事を正常値(たとえば正常血圧などと)呼ぶ。しかし、これはあく まで仮想的な安静時にあてはまる値であり、睡眠・覚醒・運動・ストレ スなど、様々な状況においては安静時とは異なる「正常値」がリセット される。睡眠時に血圧が低下するのは正常であり、運動時に筋血流量の 増加が許容されなければ異常である。我々の日常生活は安静状態からは 程遠く、むしろ様々な動揺に満ちている。
 ホメオスタシスを維持する延髄内の神経回路については過去20年の間 に研究が飛躍的に進んだが、その基本回路を上位中枢から修飾・制御す る神経回路に関しては未だに不明の部分が多い。医学・医療の究極の目 的である「生活の質の向上」という観点からも、状況に応じた循環・呼 吸調節の修飾機構を解明する必要がある。
 本講演では、情動ストレスならびに睡眠・覚醒に伴う循環呼吸調節の 修飾機構に関し、視床下部に存在する神経ペプチドであるオレキシンが 果たす役割に関して報告する。オレキシンは1998年に発見された生体内 物質であるが、摂食・睡眠・内分泌・循環・呼吸・嗜癖・痛覚など、様 々な生理機能調節に関与していることが明らかになってきた。その一端 を紹介する。


演題2 (14:20〜15:40)

海馬体の空間認知・記憶機能およびそれに伴う自律神経反応

西条寿夫、堀悦郎、梅野克身、小野武年(富山大学大学院医学薬学研究部 システム情動科学、CREST, JST)

認知機能発現時には、必ず自律神経反応を伴うことが知られている。 海馬体は、すべての新皮質感覚連合野からの入力が収束している特殊な 脳領域の一つである。皮質感覚連合野からの情報は, 海馬傍回を介して 海馬体に送られる。また、逆に海馬体から新皮質感覚連合野へ逆方向性 の線維投射がある。これら解剖学的特徴は, 海馬体が各種情報を連合し、 記憶する過程に関与していることを示唆している。これまでの研究によ り、海馬体は内部に過去の記憶情報を保持しており、これら記憶情報と 入力情報とのミスマッチを検出するコンパレーターとして機能し、検出 された新しい情報を記憶していく過程に重要な役割を果たしていること が示唆されている。ニューロン活動を記録した神経生理学的研究による と、海馬体には、動物が特定の場所にいるときに活動が上昇する場所細 胞が存在する。われわれの研究により、これら場所細胞は、空間情報の みを符号化しているのではなく、多くの情報の組合せ(例えば、空間視 覚情報+報酬情報+歩行情報など)を符号化していることが明らかにされ つつある。すなわち、これら場所細胞は、動物が特定の場所にいるとき に受け取る様々な情報の組合せを符号化し、保持していると考えられる。
 一方、乗物酔いや宇宙酔いなどの動揺病(motion sickness)は、様々 な振動や空間画像刺激により顔面蒼白、悪心(吐き気)などの自律神経 症状を呈する疾患であるが、繰り返し刺激することにより慣れが生じる ことが特徴である。原因として、視覚、固有感覚(深部知覚情報: 筋肉 などからの入力)、前庭感覚(前庭器官からの入力)など多感覚間の不 一致(感覚ミスマッチ)により起こると言われているが、詳しい脳内機 序は不明である。われわれは、動揺病における海馬体の役割を明らかに するため、ラットを小型トレッドミルの上に載せ、トレッドミル自体を 後方へ移動させることにより感覚ミスマッチ(固有感覚は前進、視覚・ 前庭感覚は後進)を誘起して、海馬体の反応を解析している。その結果、 感覚ミスマッチにより海馬体の活動が上昇するが、繰り返し刺激するこ とにより次第に低下することが明らかになった。以上の結果は、海馬体 で感覚ミスマッチが検出され、海馬体が過剰に活動することにより動揺 病が起こることを示唆する。本講演では、海馬体ニューロンの記憶・認 知機能とこれら自律神経活動との関連性について考察したい。


演題3(15:40〜17:00)

循環制御系のモデリング

稲垣正司(国立循環器病センター研究所 循環動態機能部)

循環系は、心臓のポンプ作用と末梢循環特性を変化させて血液を各臓器 に適正に循環させることによって、外部環境の変化や個体の活動状態に 応じて生命活動を維持するに適した生体の内部環境を提供している。循 環系の基本的な機能は、極く単純化すれば、プールなどの還流型ろ過装 置の働きに似ている。しかしながら、一見単純に見える心臓のポンプ作 用も、無数の心筋細胞による電気的興奮の発生と伝播、電気的興奮に引 き続く心筋の力学的収縮が精妙に働き実現されており、心臓から拍出さ れる血液量は静脈系や動脈系との相互作用や自律神経系の活動などによ り影響を受けている。また、血管は無数に分岐し、その特性は各臓器や 組織によって様々であり、血液需要量によって時々刻々と変化する。す なわち、循環系は帰還や多重制御といった特徴をもつ複雑で大規模な非 線形時変分布定数システムといえる。従って、循環系の生理現象の解明 や循環器病の克服のためには、要素還元的研究だけでは不十分であり、 循環系の統合的機能やその要素統合の仕組みを研究することが不可欠で ある。このために循環系のモデリングが必要となるが、循環系をはじめ とする生体システムは構造に不明の部分が多く、ホワイトボックスモデ リングは非常に困難であり、システム同定によるモデリング(ブラック ボックスモデリング)が有用なことが多い。本講演では、血圧調節にお いて中心的な役割をはたす動脈圧反射系を例に、システム同定によるモ デリングとその臨床応用の結果を報告する。一方、近年、これまでの膨 大な要素知見をもとに生体のホワイトボックスモデリングを行おうとす る学問(フィジオーム)が発達しつつある。フィジオームには、モデリ ングに必要な情報が欠如している部分が多々あること以外にも、大規模 マルチスケール・マルチフィジックス問題としての計算科学上の困難さ など、多くの解決すべき問題がある。本公演では、私たちが現在行って いる心臓のフィジオームについても紹介したい。




※参加ご希望の方は懇親会参加の有無もあわせてメール(yamamoto@p.u-tokyo.ac.jp)にてご連絡下さい。